チャイニーズ・アドベンチャー映画『トムとジェリー 時をこえる魔法の羅針盤』

《推定睡眠時間:0分》

とくにそんなつもりはなかったのだが上映時間を調べるために映画.comかなんかの作品ページを開いたらユーザレビュー平均点数が5点満点中2.1になってるのが目に入って何事かと驚いてしまった。トムジェリほどの人気の安定した長寿シリーズの映画で2.1というのは……あり得るのか? たしかにポスターとかを見てふぅん『世界の中心で愛をさけぶ』みたいな映画かななんて思ってトムジェリ映画を観ることになった異常人間であればネコとネズミが殴り合いながら追いかけっこしてるだけじゃねぇかとブチ切れる可能性はあるだろうが、現実にはそんな異常人間はほぼ存在しないであろうから、この低点数は不可解である。ちなみに作品の詳細データを調べるためにIMDbの作品ページを開いたら10点満点中の3.4ともっと低い。トムジェリの母国でありカートゥーンといえばトムジェリくらいな人気と知名度を誇るアメリカの映画サイトIMDbでここまでガスガスに叩かれるとは……いったいこの映画に何が起こったのか?

映画が始まると最初に飛び込んできたのは国家電影局(中国)の検閲通過証画面であった。つまりこの映画は中国映画。なるほど。予告編にはトムジェリシリーズ初かもしれない古代中国の風景が映っていて今度の舞台は古代中国かーやっぱ中国の映画市場はデケェからハリウッドも中国市場でウケそうなネタを作るわな、とか思っていたが中国でウケそうどころか中国映画そのものであり、制作はオリジン・アニメーションという中国のスタジオで監督以下スタッフやキャストも中国本土の映画人である。一応アメリカ資本も入っているとはいえ国家電影局の検閲通過証がマスターに入っているということは中国の映画会社が作品の世界配給権を保有しているので、実質的にはトムジェリの使用権を売っただけで作品の内容にトムジェリ権利元のワーナーはほとんど何の関与もしていないだろう。

内容についての記述がここまでのところ古代中国を舞台にしているということだけなのに早くもなぜここまで観客評価が低いのか99%ぐらい明らかになってしまった。たぶんだが「こんなのトムジェリじゃないだろ!」と多くのお客さんは思ったんだろう。なるほど、たしかに主人公はトムジェリではなく不死鳥仙人という人だし、ストーリーは不死鳥仙人とラット魔王との戦いが中心だし、クライマックスは巨大化した不死鳥仙人とラット魔王の怪獣対決でトムジェリはそこに出てこない。しかしタイトルは『トムとジェリー 時をこえる魔法の羅針盤』なのだし、これはあくまでもトムジェリ権利元のワーナーが許可を出した正式なトムジェリ映画である。たとえ中華アニメ7トムジェリ3、終盤は中華アニメ9トムジェリ1の要素配分だとしても「こんなのトムジェリじゃないだろ!」は通用しな……いや、トムジェリじゃないんじゃないかな!?

予告編を見てトムジェリが古代中国にタイムスリップする中国カルチャー満載の映画だということを知っていた俺でさえさすがにここまでトムジェリ色が薄いとは予想してなかったよね。そりゃトムジェリっぽい殴り合いスラップスティックやりますよ一応。でもストーリーが完全にトムジェリ無視してんだよな。なんかいろいろあって天界を追放されたので天界に戻るために羅針盤が必要だという不死鳥仙人がおる。そこに未来のニューヨークから羅針盤を持ってタイムスリップしたトムジェリがやってくる。すると世界征服のために羅針盤がほしいラット魔王が襲ってくる。ということで不死鳥仙人とラット魔王の戦いが始まるわけだがこの時点で既にトムジェリ用済みである。せめて不死鳥仙人とラット魔王の戦いに混ざっていろいろ引っかき回してくれれば良かったが不死鳥仙人には不死鳥仙人何人衆みたいな味方がいてみんな妖怪なのでトムジェリの立つ瀬が無い。やることがないので巨大化した不死鳥仙人とラット魔王が戦っているその最中、トムジェリはもはやケンカもせず「何のために来たんだろう……」としか読み取れない表情でただただ都の端っこの方に座っていた……。

一応そのあとは援軍としてトムジェリも参戦してくれるとはいえ、考えてみれば不死鳥仙人とラット魔王の巨大化バトルとかかなりトムジェリの世界観というかトムジェリを好んで見る人がトムジェリに求めるものからダイナミックに外れている気がするので、トムジェリがストーリーにほとんど絡んでいない上にド派手な異能バトルとか怪獣バトルとか明らかに別のジャンルに突き進んでいるとなれば、かなり好意的にこの映画を観られる人でも「なんなの?」ぐらいは思わずにいられないだろう。これはアレだねトムジェリの映画っていうか『羅小黒戦記』とか『ナタ 魔童の大暴れ』とか『兵馬俑の城』とかと同じお茶目な妖怪がたくさん出てくる中華ファンタジー・バトルアクション・コメディのアニメだよね。『ナタ 魔童の大暴れ』なんか中国で超絶ヒットしたというから今の中国観客はこういうのを観たがるだろうなってことでトムジェリが古代中国バトルアクション・コメディに魔改造されたんじゃないだろうか。

で、そういう映画として観ればこれは『羅小黒戦記』とか『ナタ 魔童の大暴れ』にあったようなぎこちなさやアマチュアっぽさがない洗練された作りになっていて面白かった。中華アニメにありがちな一つのシークエンスにゴチャゴチャとキャラなり台詞なりショットなりを詰め込みすぎで何が起こってるのかよくわからんという難点はあるが、中華アニメが好きな人ならそのゴチャゴチャしたお祭り感も楽しめるんじゃないだろうか。古代中国の風俗がいろいろ見られるし(現代中華アニメにありがち)、ネコの京劇スタアは可愛いしな。

もったいないなぁ。『羅小黒戦記』なんか日本にも熱狂的なファンがいるんだからもっとはっきり中華ファンタジー・バトルアクション・コメディの新作ですよと宣伝してその層を劇場に呼び込めばよかったのに。まぁでもそうすると今度はトムジェリを観たい人がこれ違うだろって思ってきてくれなくなるかもしれないから映画の宣伝って難しいですよね。せめて折衷案的にタイトルを『トムとジェリー チャイニーズ・アドベンチャー』みたいな感じすれば良かったんじゃないかとか素人としては思うわけだが、したところでどうなると言われればあんまどうもならないかもしれない。なんとも扱いにくいシロモノである。

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