《推定睡眠時間:20分》
結構つまらない映画でそれも単につまらないんじゃなくてムカつく寄りにつまらない映画だったので監督が最近のアメリカン・ホラーとしてはかなりレベルの高い方だったと思う『ロングレッグス』とブラックユーモア満載の楽しいスプラッター『ザ・モンキー』を撮ったオズグッド・パーキンスと知ってなんで急にこんなダメになったのかと不思議に思い、まぁあれだねこれは脚本がすごい薄かったから脚本が悪いんだろうな、いったい誰だこの脚本家は、と思って検索するとこれまた捻った設定と限定空間を上手く活用した攻防が面白かったシリアルキラー映画の佳作『デンジャラス・アニマルズ 絶望海域』を書いたばかりのニック・レパード。ホラー分野で活躍する若手の才人と才人がタッグを組んだら怖さや面白さが倍になるどころかどっちのフィルモグラフィーでもたぶん一番下かその近辺という怖くも面白くない映画になってしまった。なぜなのか。映画って不思議ですね!
何がつまらないかっていくらなんでももったいぶりすぎ。ちょっと神経質なところのある画家が恋人に連れられ山奥の山荘にやってきた、するとそこには何かの気配があり……とそこまではいい。よくある話だし安っぽい気がするがこれよりベタで安いホラーなんて腐るほど世の中にはあるのだから全然問題ナシ。ところがその「何か」がまるで画面に出てきてくれない……。『ロングレッグス』は『CURE』と似ているところがあったのでおそらくオズグッド・パーキンスはJホラー的なものが好きなのではないかと思うが、この映画のホラー演出はアメリカン・ホラー的なジャンプスケアを多用してバーン! みたいなやつじゃなくてじわじわと不気味な空気感で怖がらせていくタイプ。それがちょっとやりすぎである。主人公と恋人の会話であるとか視線のやりとりに過剰なまでに間を作ってその間によって何気ない日常風景を不穏なものと見せようとしているのだが、とにかくそればかりで怖い「何か」はいつまで経っても姿を現さず、代わりにカメラが何度も天井隅の暗がりを撮ってあそこに何かがいるのかも……? と仄めかすわけだ。
アメリカン・ホラーにおいてこうした手法を取った近年の(といっても既に10年以上前)映画といえばマイク・フラナガンの出世作となった『人喰いトンネル』である。この映画でも怪物はその姿を現さず尋常ではない恐怖体験によって人が変わったようになってしまった恋人の姿を通して存在が仄めかされるのだが、『人喰いトンネル』は『キーパー』よりもずっと低予算の自主映画に近いような作品なので、凝った映像などは出てこない。その低予算ゆえの無造作な感じがJホラーのなんとも言えない気味悪さの理由だったということは『ほんとにあった怖い話』やビデオ版の『呪怨』に震え上がった人ならよくわかっていることだろう。だから『人喰いトンネル』はまぁ面白いか面白くないかで言ったらあんまり面白くはないのだがちゃんと怖いホラーではあったのだ。
けれども『KEEPER/キーパー』は画面を作り込んでしまう。元々パーキンスは整った構図を好む監督なのでこの映画でもなんでもないようなショット一つ一つをアート的に完成させようとするのだが、そのために怖さが薄れてしまっているし、まぁ要はそれにムカついたよね。ずっと整ったショットで思わせぶりなシーンを作って肝心の怖い何かはよほどストーリーが進まないと顔すら出さない。どういうつもりなのか。『シャイニング』でも撮っているつもりなのか。ていうか俺は『シャイニング』もムカつくとまでは思わないが無駄に思わせぶりなだけで原作にあったストーリーの面白さがかなり損なわれているために好きな映画ではないのだから、なんかよく知らん若手のホラー監督が『シャイニング』もどきをやっていたらそれはムカつくに決まっている。
映画も折り返し地点ぐらいに来たところでようやく背景にピントの合わないろくろ首のオバケが映ったのでやっとオバケが来てくれるのかと思いきや映画はそこで方向転換、具体的にどうとかは言わないがまぁなんていうかあれだよ、よく言うでしょう、「オバケよりも人間の方が怖い」って。なんかそういう感じの方向になってオバケ再び物語から姿を消してしまう。ラスト直前のシーンになってついにオバケの見せ場、そのシーンは色んな異形が一堂に会すので『ヘルレイザー』とか『バーニング・ムーン』みたいで楽しかったが、これまでの展開でパーキンスがオバケにとくに愛着は持っておらずオバケをちゃんと観客に見せるつもりがないことは分かってしまっているので、『呪怨』の伽椰子オマージュと思われる枯れた声を出す這いずりオバケも出てくるにもかかわらず、こちらの気持ちは結構冷めてる。あんたが本当にやりたいのは俺ってこんなに上手く映画を撮れるんだぜってことであって観客を怖がらせたり楽しませたりすることじゃないじゃろう。そういうスカした姿勢がこの映画のオバケ軽視からは透けて見えるのだ。しかもちょっと社会派風(?)っぽいの気取ってる。気取ってるだけでそのモチーフと真面目に向き合った形跡はない。
映画というのは面白くなくても別にいいと思ってる。たとえ面白くなくても作り手の「これを撮りたい!」という強い意志が見えて、それが実際にフィルムに記録されていれば良い映画なんじゃないだろうか。撮りたいものは自然風景かもしれないし人間模様かもしれないし社会問題かもしれないしオバケかもしれない。そうした撮りたいものが見えない映画は俺にとってつまらない映画だし、撮りたいものが無いにも関わらず撮影の技巧だけでなんとなくちゃんとした映画のように見せようとする映画というのは、つまらない上にムカつく。なんかそういう映画でしたよ『KEEPER/キーパー』。