【ネッフリ】ノルウェー連続テロ映画『7月22日』の感想

《推定ながら見時間:50分》

犠牲者の大半が無防備な子どもということもあってスプリーキラー事件史上でも最悪クラスに凶悪な2011年のノルウェー連続テロ事件の映画ですがその最悪に凶悪な犯人のアンネシュ・ベーリング・ブレイビクがかっこいい。
アンデルシュ・ダニエルセン・リーという人が演じているが容姿は実にこうシュっとしており眼差しには迷いがない、確信に満ちた落ち着いた口ぶりからは只者じゃねぇ感がビシビシと伝わってくる。

そこで思い出した映画がふたつあった。一つは渡瀬恒彦演じる狂気ギャンギャンな自衛官が渥美清と山本圭の乗った新幹線(すごい客層だ)をジャックしてクーデターを起こそうとする『皇帝のいない八月』で、もう、とにかく、渡瀬恒彦の気迫たるや凄まじい。
三島由紀夫の亡霊が憑依したような渡瀬1等陸尉のソウルフル演説を聞いているとついうっかり極右になってしまいそうである。これが『7月22日』のブレイビクと重なった(まぁどっちも暴力で世直しをしようとしてるので)

思い出したもうひとつは映画ドラえもんの『のび太のアニマル惑星』です。ふざけて言っているのではないあのブレイビクを見ながら「あ! アニマル惑星だ!」って思ったんだ俺は。
どこにってあそこです独自の文明を築いて平和に暮らす進化アニマルたちの星にニムゲというヒト型宇宙人というか人間なのですが、核戦争で荒廃したアニマル惑星の衛星で地獄生活を送っていたこの人たちが超理想環境なアニマル惑星を我がものとすべく侵攻してくる。

ニムゲの住む衛星は環境ぶっ壊れてるからこいつらみんな防護服とガスマスクを着用して素顔が見えない。
実はニムゲも一枚岩ではなくアニマル惑星の侵略を企てたのは極右の過激派グループ、ってんでニムゲの大攻勢の前に為す術がない進化アニマル&ドラえもんたちをすんでのところで衛星の復興を目指すニムゲ連合が救うのですが、そこで、捕縛された過激派ニムゲのリーダーがマスクを取ってくれと懇願する。

原作の大長編ではこのリーダーは野獣のような風体のいかにも悪いやつ。でも映画版は違って、マスクの下から現れたリーダーのご尊顔は端正な王子様フェイス。
「良い空気だ…」その端正な素顔と、過激派としてではない一人の戦争犠牲者としての素の言葉に俺は大いに動揺した。
アニマル惑星、それは先の衛星核戦争の際に破局を予期した一人の科学者がせめて動物だけでも救おうと、超テクノロジーを駆使して進化させた上で送り込んだ亡命星であった。

今も衛星に住むニムゲたちは見捨てられた人々だったのだ。だから過激派のリーダーは侵略なんて言葉は使わない。失われたものを取り戻すために闘おうと呼びかけるのだ。これでわかったでしょブレイビク見てて思い出したというのがさ…。

上のふたつの映画の良さは何もそれに尽きるものではないとおもいますが、『皇帝のいない八月』も『のび太のアニマル惑星』も俺が特に好きなのはその、悪いけどカッコイイ、悪いけど妙に腑に落ちるところがある、というところで。
理性ではその行為が間違っていることが分かっているのに感情はその逆に引っ張られるみたいな葛藤を覚えるわけですよこいつら見てると。

で、その葛藤を『7月22日』は結構意識的に仕掛けていたと思った。ていうのは感情とか感覚の誘惑に理性はどのようにして立ち向かえるかというのが期せずしてブレイビクが叩きつけた現代民主主義世界の一大課題だったからで、だから映画の中のブレイビクもさながらアンチヒーローとして過度に美化されたんじゃないかと俺は思う。

監督がリアルアクション派のポール・グリーングラスとくれば凄絶なバイオレンスアクションを想像するが、凄絶には違いないが映画はブレイビクの大量虐殺をせいぜい20分ぐらいでさっさと終わらせてしまう。
ランタイム約2時間20分。残り2時間はすべてメンタルとフィジカル両面の後遺症に苦しむ被害者とか、ブレイビクの弁護を引き受けた弁護士の葛藤とか、警備体制やテロ捜査の検証とか、それからブレイビクの言動がどう変わっていくか、という事件の余波のドラマに費やす。

重厚な群像劇だったが俺が興味があるのはブレイビクだからブレイビクについてだけ感想書く。かっこいいブレイビクは事件後の法廷闘争の中でどう変わっていったか。全然かっこよくなくなっていった。

そいつに認められたくて事件を起こした面もあった極右団体の扇動者に俺は関係ないと裏切られ(よくある光景)、初出廷でナチ式敬礼をしたり、自分から指名した弁護士に自分の息子も(子どたちが虐殺された)ウトヤ島の労働党キャンプに参加したことがあると告げられると「ぜひ殺したかった」、とやりたい放題に挑発するが空回り。

事件直後こそ同志による更なるテロを臭わせて捜査当局を撹乱したものの、結局は単なる妄想屋のローン・ウルフで同志などいなかったこともバレてしまった。
バレたというか本人的には極右のネットコミュニティに入り浸っているうちに本気でそう信じるに至ったのかもしれないが、実際に賛同して立ち上がるやつはいなかったのだ。これはかっこわるい。

最初から情けないやつ醜いやつとしてブレイビクが描かれていたならこうはならなかっただろうな。かっこよく見えるからこそ全然かっこよくなくなったときのダメージは大きい、その行為をヒロイスティックなナショナリズムと錯覚させるからこそ単なる承認欲求の発露と分かったときの下らなさが強く迫ってくる。
結局ブレイビクは英雄でも悪魔でもない凡庸で未熟で身勝手なだけのやつだったんである、という点にこの映画のメッセージが集約されるように思う。そんなやつに騙されたらいけないし、そんなやつのことをいちいち気にして生きる必要もないのだ。

リアルブレイビクはその後、刑務所内でオスロ大学に入学して政治学を学んだり珍名に改名したりしているらしく、こういう人は反省しないというか反省できないので大方自分を獄中系の政治思想家とか作家とでも考えているんだと思われる。
珍名変化は本の出版とか獄中政治活動を視野に入れた宣伝だろうか。それとも単に目立ちたいだけだろうか。

だがそんなことはどうでもいいというのは大学入学に先立つ2014年、ハンガーストライキをチラつかせたブレイビクの以下の待遇改善要求からよくわかる。

他の受刑者には大人向けゲームの利用が許されているが、自身には3歳児を対象とした「Rayman Revolution」というゲームなど面白さに劣る子供向けのゲームしか許されていないことに不満を表明し、自身の服役態度は「模範的」なので、厳しく隔離されていることの埋め合わせとして、他の受刑者より多くの選択肢が提供されてしかるべきだと主張している。
http://www.afpbb.com/articles/-/3008556?page=2

許しがたい。俺は比較的冷静にブレイビクを見ているつもりだったがこの一文を目にしたときにはさすがに心中穏やかではなかった。
『レイマン レボリューション』を面白さの劣るゲームと評するとか完全に根性が腐っている。全年齢対象ソフトを3歳児対象と事実を歪曲しているのも屑の所業である。お前だいたい全要素コンプしてから言ってんのかそれ!

むしろニンテンドー64に格下げされて名作『バンジョーとカズーイの大冒険2』でもやっていろと思うが、ようするにブレイビクという稀代のスプリーキラーで自称愛国殉教者はこういう程度のやつなんである。

あと映画の内容なんですがラスト近くの判決場面で禁錮21年(適当な理由付けて実質無期になるんでしょうが)が曖昧にボカされていたので、事実を基にしてるとはいえかなり創作入ってるんだろうなぁという感じ。
ブレイビクの超絶美化からしてリアルの再現に重きを置くつもりはなかったんだろうたぶん。再現よりもアクチュアリティ、煽動屋の一挙手一投足に右往左往の民主主義世界への挑発的メッセージだ。

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これも実際の極右系テロ事件(人種差別に基づく)に材を取った遺族の人の苦しみ映画ですが着地点が全然違う。メッセージ性の高さと挑発具合はわりと近い。

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