不条理サスペンス『未来を乗り換えた男』感想文

《推定睡眠時間:0分》

たいへん奇妙な映画でカフカの『アメリカ』と『城』あたりから着想を得たんじゃないかと思ったぐらいだがちゃんとした(と言うと語弊がありますが)原作があるらしい。
亡命作家アンナ・ゼーガースが1942年に執筆した『トランジット』、亡命者の一時滞在を題材にした…と知ったように書いてますが当然読んだことはない。

ということで検索してみると読んだ人の感想でカフカかベケットのような、とある(→https://www.cafebleu.net/book/seghers/transit.html)。
原作はナチから逃れたゼーガース自身の経験を元に書かれたらしいので時代設定は第二次世界大戦前、映画の方は時代を現代に移しつつも大まかな筋はそのまま使ってるっぽいから寓話度高し、原作からカフカ的な不条理を抽出した感じになってるんだろう。

とにかく冒頭から不思議不可思議。ドイツ軍が迫ってるぞ、ファシズムの魔の手が伸びてきているぞと台詞で一応説明されるがその中枢が具体的に名指されることはないし、さしあたりの脅威として不法滞在者を狩る警察がその代理となるわけですが、それだけ見てもどういう社会状況なのかよくわからん。

ヒトラーが現代に蘇る(文字通り)『帰ってきたヒトラー』という映画もあったがナチ的な政党がドイツで再び政権取ったんだろうか。
現代が舞台なんだからテレビなりスマホなり新聞なり情報を得る手段はいくらでもありそうな気もするが、そういうのは基本的に出てこないから背景不明。
時代背景の詳述は原作だったらとくに必要がなかったと思われるが、現代で同じ手法を取るとなにやら抽象的になる。

現代現代と言っているが現代性の部分的欠落、国家と国家に根を下ろした側と国家を持たず国家を通過点とする側の非対称性というのもまた奇妙な印象を与えるもので…警察は最新装備だし通りを行き交う一般車両は最新型、でもトランジット=通過査証を得ようとする亡命者たちやー、亡命者相手の商売をしている人々の姿だけ見ていると大戦前夜にタイムスリップ。主人公がなりすますことになる作家なんてタイプライターで小説を書いている。

その含意を真面目に読み取ろうとすれば世の中が変わっても亡命者や難民の置かれた立場は戦前と少しも変わらん的な風刺も見えてこないでもないが、しかし明確な答えを提示するような映画ではないし、その現代性のアンバランスが物語の中で問題視されることもない。
ようするに、変な映画だなぁの思いばかりが募るのだった。そこらへんは好きに解釈してくれってことでしょね、きっと。

ユダヤ青年ゲオルケがナチ(的な)の魔の手を逃れてパリ→マルセイユへ。その過程で通過査証の取れる著名な作家になりすましたゲオルケはマルセイユ経由でとりあえずメキシコ渡ろっかなぁ…でもそっからどこ行こうかなぁ…とか考えながら優柔不断にフラフラしていたが、そうこうしているうちにどんどん周囲の人が死んだり消えたりしていく。

以上おおまかな筋が既に不条理しているが、たぶんこれは原作にはない仕掛けだと思うのですが、映画は一種の入れ子構造になっていたから不条理と前衛感マシマシ。
その作家の書いた小説を主人公のゲオルケさん、マルセイユに向かう列車の中で読む。するとそこから第三者による三人称の状況説明ナレーションが入ってくる。

さてこれは一体誰の語りなんだろう…というとその正体はわりと中盤らへんであっさり判明するのだが、そこからまた一捻りあって、どうもこの語りと語られた映像が部分部分一致しない。
ゲオルケさんが存在を騙るようにナレーションが語ることも信用できないらしいのだ。じゃあ今、俺が観ている三人称のこの映像はなんなんだろう。

ゲオルケさんが列車の中で手紙を読みながら、その状況をナレーションが語ると同時に、イメージ映像的に抽象化された真上からの線路の画が入ってくる。
カメラは一定速度で横に動いているから列車からの視点という感じになるが、その抽象化された線路のいくつもの分岐点をカメラは越えていく。
これまた暗示的。分岐、なにかifについての映像にも思える。人生のifかもしれないし、警鐘を込めた歴史のifかもしれないし、語られた物語のifかもしれないが、意味するところはやはり判然としない。

とにかくわからないことだらけだ。聞いてもいないのに身の上話を語り出す怪しい人々、その語りを過去形の語りで覆い隠してしまうナレーション、頻出する嘘と錯誤、少しも聞こえてこない軍靴の足音、いかにも現実感がない舞台劇的なエキストラ、原作準拠だろうとは思うがそもそもゲオルケさんが何をしたい人なのかわからない。

その宙ぶらりんの奇妙な映像体験は現代の難民の置かれた状況の疑似体験なのかもしれないと思えば、たぶんその目論みは成功してるんだろう。
そのへん社会派っぽいが倦怠と突発的な死の共存する行先不明の醒めたサスペンスに乗せられて一睡も出来ずに最後まで観てしまったから説教臭いお勉強映画というわけではない。
何も知らずに普通の映画のつもりで観に行ったが、これはかなり尖った前衛映画だったんじゃないだろうか。いやおもしろかったなぁ。

【ママー!これ買ってー!】


アメリカ (角川文庫)

『アメリカ』から着想を得たんじゃないかと書きつつ無責任にも読んだことがなかったので読みます。

↓手法が似ているといえば似ている


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