ニオイはなんでも知っている映画『ファイブ・デビルズ』感想文

《推定睡眠時間:10分》

これはなんだか不思議な映画で幕が開けると燃えさかる炎を前に主人公ほかの女の人たちが合唱なのか祈祷なのかそれとも嘆きの叫びなのかなんだかよくわからない声を挙げているシーン、その意味が説明されぬまま次のシーンに行くと今度は主人公の水泳教師がおばさんズ生徒相手に水中エクササイズのようなものを教えている、その隣で主人公の真似をしているのは小学校低学年ぐらいの少女、エクスプロージョンなヘアスタイルと野性的な眼差しが愛らしいこの少女は主人公の一人娘らしい。水泳教師を主人公と書いてしまったが便宜的なものでこの少女も物語の中で大きな役割を果たすから仮に子ども主人公としておこう。名前で書けや。

壁面にでかでかと五月女ケイ子みたいなヘタウマ絵が描いてある水泳教室を後にすると主人公冬の湖へ。どうやらそこで娘が見守るなか寒中水泳をしているらしく音楽も和やかだし平和っぽいシーンなのだがなんだかよくわからない。湖畔の我が家に帰ってもやはり幸せムード、消防士の夫もやさしい人間で不吉なところはどこにもない、のだがなにかこの平和はイビツなところがある。最初にそのイビツが炸裂するのはいつものように寒中水泳に行った帰り、主人公が娘の尋常ならざる嗅覚に気が付くシーンであった。

普通、そんなことに気付いてもわぁすごいねぇぐらいで済ませるのではないかと思う。しかしこの主人公は違った。娘の異常嗅覚を知るや表情を凍らせ、娘に目隠しをして森の中でお母さん探しゲームをさせるのである。10メートルぐらい離れた木の後ろに隠れる主人公。ゾンビ歩きでそこに近づいていく娘。娘の手が主人公に触れそうになったところで、主人公、コソコソと怯えるように逃げ回る。え、わぁ見つかっちゃったー! とかじゃないのそこ…。

自分の子どもに目隠しをして木々の生い茂る森の中を一人で歩かせるというのも考えてみればおかしなことだ。だが主人公は娘の心配をしている余裕などないらしい。ついにはニオイを消すために窪みに身を横たえその上から落ち葉をかけて特殊部隊みたいに隠れてしまった。だが、娘いや子ども主人公は迷うことなくお母さんを発見してしまう。お母さんの顔に喜びはない。表情はずっと凍りついたままだ。

この不可思議なシーンの含意はやがて明らかになる。自分がどこにいても見つけ出してしまう娘を主人公は恐れたのだ。なぜなら娘から逃げられないと感じたから。今にもこの家庭から逃げ出したくて仕方がない自分の心情を見透かされているように感じたから。主人公が家庭を捨てようとする理由はその過去にあった。そして娘は、ニオイから主人公の過去に遡行していく…。

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ニオイで時間を遡るといえば『時をかける少女』だが、ああいう無邪気なファンタジー性は『ファイブ・デビルズ』にはぜんぜんない。子ども主人公の夢とも現実ともつかない時間旅行は『ドグラ・マグラ』の有名な巻頭歌「胎児よ胎児よ何故躍る 母親の 心がわかっておそろしいのか」が谺する生臭いものであり、母親にはむかし父親とは別に好きな人がいたらしいと知った子ども主人公は、その好きな人を極悪なニオイを放つ魔女魔女スープで呪い殺してしまおうとさえするのである。なぜなら母親が好きな人を選べば自分は捨てられてしまうから。もし過去の時点で父親ではない人を選んでいたら、自分は生まれることができないから。

あるいはこの不思議な物語は主人公の罪悪感が生み出した空想なのかもしれない。自分が娘を心から愛せないことを娘はきっと知っている。自分が家族を捨ててでも選ぶべき人がいると感じていることを娘はきっと知っている。自分の忘れたい過去だって不思議な力で知っているに違いない…この魔女のような娘は! まぁどう捉えるかは人によって様々でしょうな。見方によってはファンタジーのようでもホラーのようでもラブストーリーのようでもサイコロジカルなサスペンスのようでもある。

多彩なメタファーを駆使して独特の寓話世界を演出したのは『パリ13区』でセリーヌ・シアマと共同脚本のレア・ミシウスという人。シアマの最新作『秘密の森の、その向こう』もまた母親と娘が時間を超えて遭遇する物語であったことはなにやら興味深い共時性だが、それはともかくここでは情炎に身を焦がす主人公(たち)を冷まそうとするのが消防士の夫、大鍋での毒薬の調合や火あぶりなど魔女的なモチーフ、エクスプロージョンなヘアスタイルの子ども主人公をその見た目によって迫害する村のマジョリティ子供たちから浮かび上がる村の閉鎖性とマイノリティとしての母親=娘=母親の恋人の同質性、その同質性が孕む親密な、親密であるからこそおぞましくも感じられる愛憎入り交じる緊張関係、などが幾重にも折り重なって語られ、その浮遊感を持ちつつも奇妙に重厚な物語のおもしろさはなかなかのもの。

ただシアマ作品と同じで「女は愛する生き物」みたいなノリは率直に言ってついていけないので個人的にはそんなに好きになれる映画ではなかったりする。フェミニズムと一口に言っても国によって支配的な傾向はかなり違うらしく、女が男と同じではなくあくまでも女として生きることや感じることを肯定するのがフランス式のフェミニズムっぽいので(ふにゃふにゃした文章)、昨今のフェミニズム・ブームを少なからず反映する内容であるにも関わらずたとえばアメリカのそれとは印象が大いに異なる点は、好きになれるかどうかはともかく興味深いところかもしれない。

ちなみにタイトルの『ファイブ・デビルズ』がいったい何を意味するものかは最後までわかんなかった。わかる人おしえて?

【ママー!これ買ってー!】


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タイトルにファイブがつく映画といえば『ファイブ・バンボーレ』。トロピカルなラウンジ・ミュージック、シュールな死体アート、倦怠感あふれる展開など、パイン入りの酢豚みたいな好きな人と嫌いな人がハッキリ分かれる珍怪作である(当然大好物だから推してる)

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