《推定睡眠時間:40分》
宇宙のどこかにある魔法文明惑星で生まれた主人公ヒーマンの軽口状況説明ナレーションで幕を開けたのでなんかこういうのヒーロー系の映画で多くない? とか思っていたらその惑星が悪の軍団に侵略されてヒーマンは地球へと脱出ポータルで逃がされてしまい、これも見たことが何度もある。公開中の『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』にもそういう展開があるし『ソニック・ザ・ムービー』も異星にいたソニックが敵のナックルズ族に追われて脱出ポータルで地球にやってきたという導入(ちなみにこの映画もソニックの軽口状況説明ナレーションで始まる)、原点はおそらく『スーパーマン』だろうから、最新版の『スーパーマン』でもスーパーマンは妹のスーパーガールと共に敵に追われて地球へと避難してきたのだった。
なんとまぁ折り目正しく最近売れてる感じのハリウッド製ヒーロー(系)映画の展開をなぞっているのだろう。元々はマテル社の玩具でその後アニメ化されたというヒーマンを俺はドルフ・ラングレンがヒーマンを演じた『マスターズ 超空の覇者』でしか知らないのだが、『マスターズ』は映画開始時点で既にヒーマンが完成形、ドルフ・ラングレン絶頂期のビューティフル筋肉ヒーローだったから話の展開も早かったが、こちら『マスターズ・オブ・ユニバース』はヒーマン幼少期の回想から始まりこの人が地球で筋肉なんか全然ない普通の人間として生きているところをかれこれ30分ぐらいかけてやるので『超空の覇者』と比べて展開が遅いったらない。ヒーマンが力の剣を手にして力こそパワーの筋肉ヒーローになるのはたぶん映画が始まってから50分を過ぎたぐらいのことだ。繰り返すがドルフの『超空の覇者』では開始時点で既にヒーマンは筋肉ムキムキのヒーローだったんである。
140分という少しお長めのランタイムは第一にこのシナリオのためだろう。これは最近のハリウッド製ヒーロー映画のトレンドといえるがヒーローがホントに最初からヒーローとして出てこない、いかにして普通の人間がヒーローとなったか……みたいな過程を大変な時間をかけて描くものだから、ストーリーが本格的に立ち上がるのがたとえばティム・バートン版の『バットマン』やドルフ・ラングレン版の『パニッシャー』、おっと忘れてはいけないベン・スティラーの傑作『ミステリー・メン』みたいな20世紀のヒーロー映画に比べて明らかに遅い。そのただでさえ遅いストーリー展開を更に遅くするのがこれも昨今のヒーロー映画の(悪しき)トレンドだが1シーンに最低1つのギャグは絶対に入れる作劇である。台詞でも行動でもキャラの見た目でもなんでもいいらしいが、とにかく何かしら笑えるものを入れないと脚本家がギロチンに送られて処刑でもされてしまうのか、テンポなどお構いなしで空気を読まずギャグをやるのだ。
ギャグ満載でアクション満載、面白いキャラも満載ということで、ランタイムの無駄な長さを見なかったことにすれば楽しいヒーロー映画だとは思う。ドルフも特別出演で嬉しかったですしね。けれどもこの長さを見なかったことにするのは至難の業だ。いや、映画は90分じゃないとダメなんだーとか言いたいわけではないのよ。そうではなくて、なんでランタイムが長いかって上に書いた理由で長くなってるんですけど、その結果、とても『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の亜流作っぽくなってしまっている。ヒーマンがクセの強い仲間たちを集めてボケ倒しながら桃太郎ごっこをする後半は『ガーギャラ』と同じジェームズ・ガン監督の『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』だ。そりゃもう『ザ・スーサイド・スクワッド』に出てたイドリス・エルバが出ててますからね。あとザじゃない方の『スーサイド・スクワッド』でジョーカーを演じて『モービウス』というソニーのヒーロー映画でも主演だったジャレッド・レトもずっと顔隠してるからわかんないけど悪の親玉役で出演。つまりこの映画の無駄な長さというのは、どうも5年くらい前に流行ってたヒーロー映画を模倣するために必要とされた長さのようなのだ。
これには萎えた。製作はAmazonなので要はこういうことでしょう、Amazonは自前のフランチャイズを持ってないので数年前に流行ってたあれこれのヒーロー映画を模倣して自社のヒーローユニバースを作ろうとしたんでしょう。フランチャイズは美味しい。なぜなら最初の1本を見た人はその後に作られる9本の映画も観てくれるからだ。だからハリウッドメジャーはどこもフランチャイズを持ってるし、Amazonもフランチャイズが欲しくて『007』のドラマシリーズ製作を発表したが、フランチャイズの中でもユニバース作品の場合はそれぞれの作品を単体で作りながら後続作品に繋げていくので作品毎に新規客がついてユニバース全体のファンが雪だるま式に膨れ上がっていく(※経営陣の希望的観測)わけで、ヒーロー映画のユニバースなんてのは映画会社としてはぜひとも商売上欲しいわけである。
最近のヒーロー映画では『レッド・ソニア 反逆の剣』がB級映画として面白かったのでお気に入りなのだが、無駄なシーンとかギャグとかキャラとかを潔く削って100分台の単体作品として完成させた『レッド・ソニア』と比べると、同じ筋肉ムキムキヒーロー映画といっても『マスターズ・オブ・ユニバース』の方は1本の映画としての面白さよりもユニバース作品の1本目を作って下さいという会社側の要求を優先しているようにしか見えず、そうなるとせっかくの面白い映画も台無しとまでは言わなくても、まぁ観てるこっちが冷めるのは間違いない。なんでAmazonの経営方針のために俺が140分という長さを我慢しないといけないんだろう。しかもその140分のほとんどは主にジェームズ・ガンのアメコミ映画で観たやつなのだ。せめて新しいアイデアなりキャストなりで勝負するのが筋ではないのか?
筋肉ムキムキヒーローをそんなの今の時代に合わないですよと茶化しつつラストは結局マチズモと筋肉ムキムキヒーローを正当化するえらく薄っぺらい現代の観客へのおもねりにも呆れるし。現代の観客に合わせてマッチョを否定するなら最初から最後まで一貫して否定していただきたいものだが、このへんの薄っぺらさもまぁだからお金儲けのためには今の観客の価値観に合わせないとねみたいな拝金主義の賜物なんじゃないすかね。と文句ばかり言っているが、『コマンドー』のオマージュにはまんまと笑わされてしまったし、おそらく80年代テイストってやつなんだろうな、やけに登場人物が背景から浮いた安っぽい合成もチープな味わいがあって良かったですよ。だから悪い映画ってわけでは決してないと思う。悪い映画じゃないけど、ただあまりにもAmazonという巨大資本の会社都合が露骨に画面から香ってくるので、そういう映画は観ていて気持ちよくないんだよ、どんなに面白かったとしてもさ。