1000年先にはナポリの街も過去の遺跡映画『ポンペイ、雲の下に生きる』感想文

《推定睡眠時間:80分》

なんなんだかよくわからない。そもそもポンペイというのがどこなのか、もうその時点で怪しいことこの上なく、なんかすごい火山噴火で壊滅したすごい昔の街というアホみたいな知識しかないのであるが、このジャンフランコ・ロージという監督の作品は『国境の夜想曲』を観たことがあり、ドキュメンタリーなのだが表現は詩的で説明的なところがない。そのようなわけでかつてポンペイであった現ナポリの街のいろんなお仕事現場、たしか110番のオペレーション室、それから日本人の考古学調査隊、あとなんか、を群像劇的に捉えていくわけだが、なんなんだがよくわからないのであった。

なんなんだかよくわからないということがなんなんだかよくわからないかもしれない。クルディスタン(複数国家にまたがるクルド人居住地域)を舞台とする『国境の夜想曲』と違ってこちら『ポンペイ、雲の下に生きる』はナポリの街が舞台なのでだいぶ身近な気がするが、フレデリック・ワイズマンの街ものドキュメンタリーなどと違ってどうもこちらは被写体からナポリの街とその下に眠るポンペイの幻影が見えてこない。こういう映画の作り手なら現代の街の姿から垣間見えるポンペイ在りし日々……みたいなものを描きたがりがちな気がするが、考古学調査隊はともかく110番オペレーション室がポンペイとどう繋がるというのか?

もしかするとそのへん、考古学というすごい古いものを対象とするお仕事と110番オペレーションという完全に現代の人を対象とするお仕事(等)を対比させることでナポリ今昔を立体的に捉えようとしているのかもしれないが、そうだとしてもよくわからないのが日本人考古学調査隊の1人が発するたしか「これは想像を絶することよ」みたいな台詞が台本を読んでるようにしか聞こえない。別にドキュメンタリー映画の中にフィクションのパートや演出の入ったパートがあっても何ら問題はないと思うが、この映画は説明を排しているので、急に演出っぽい台詞が出てきたりするとなかなか「んー?」となるのだ。それが本当に演出なのかどうかも結局よくわかんないし。

そんなわけでよくわからない映画、まぁ映像は美しめだが……という感じで俺の他にもグースカ眠る人複数、途中退席者まで出るという具合で、たぶん俺だけではなく他の人にとってもよくわからなかったんだろう。映像は美しいといっても『国境の夜想曲』のような決定的に胸に迫ってくるショットのようなものは(俺が起きていた短いタイムの中では)見受けられず、お仕事ドキュメンタリーというほどお仕事現場を仔細に活写してはいない。こういうふわふわした捉えどころのないドキュメンタリー映画は好きなので面白い映画ではあったが、ただ、なんだったのかよくわからない、そんな『ポンペイ、雲の下に生きる』なのであった。

なんだろうか、ナポリの今も1000年後には考古学調査の対象となって、その頃には今のナポリにとってポンペイがロマンを帯びた遠い過去であるように、21世紀のナポリも「ほぉ、かつてのこの街の人々はこんな暮らしをしていたのか」と好奇と一抹の憧れの眼差しで眺められるようになるだろう、とかそんなことを言いたい映画だったんだろうか?

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