燃えている映画『空母いぶき』を消火する感想(ネタバレ基本なし)

《推定睡眠時間:3分》

「《はつゆき》が…燃えている…」とは本田翼演じるネットニュース記者が敵潜水艦からの魚雷を食らって炎上した護衛艦を見たときの台詞でしたが《いぶき》は航海前いや公開前から燃えてました。
出火原因は色々あるがかわぐちかいじの原作漫画では中国だった日本に戦争を吹っかける敵国が東亜連邦という架空の国家に変更された点は間違いなく導火線、パンフレットの対談で企画参加の福井晴敏も語っている。

まあ漫画の実写化で設定を変えると、今は絶対に読者に怒られるじゃないですか。ライオンの檻に餌を投げ込むようなものなので、当初すごく身構えていたんですが、いざ発表したら、そこはあまり大きな問題ではなかったようで(笑)

《いぶき》が炎上したのは主演・佐藤浩市インタビューを含む『空母いぶき』特集の組まれた映画公開直前のビックコミック2019年5月25日号発売後なので惜しくも公開まで無傷とはいかなかったが、ライオンを視認しておきながら攻撃を受けるまでは決して動かないまさに劇中の《はつゆき》を地で行く専守防衛的行動、その存在自体が不測の事態に対する備えの必要性と共に自衛のなんたるかを日本人に叩き込む『空母いぶき』であった(立派である)

ところで問題の東亜連邦。実は映画を見ても今ひとつどこらへんにあるどんな成り立ちの国なのかわからなかったのでパンフレットに書いてあるかなと思ったが、残念ながら書いてない。映画が元にしている漫画版1~3巻では中国人民解放軍が尖閣諸島・南小島上陸を皮切りに先島諸島の全島占領まで突き進むのでまぁ普通に考えてそのまんま映画化無理ってことで代替案としての架空の国であることを作り手も隠すつもりが一切ないんだろう。大人なんだからそれぐらい分かってね、という感じである(南小島は初島と名を変えられているが、長谷川康夫と共同脚本の伊藤和典はリアル初島を擁する熱海在住。ちょっとした遊び心か)

劇中で少しだけ出てくる地図を見ると沖縄の南、台湾の東のフィリピン海のあたりに東亜連邦の文字がある。パンフレットに載ってるかわぐちかいじ×伊藤和典の対談によれば『空母いぶき』として企画が正式スタートする前、かわぐちの方から沖縄が独立する話にしてはどうかとのアイディアが出たらしいのでその名残かもしれない。
しれっと書いてしまったがそれはそれですごくないか。むしろ中国が侵略してくるより衝撃的で面白いのでそこもっと膨らまして欲しかったという気もするが…まぁそれも難しいか。別の話になっちゃうし。

ちなみにこの中国→東亜連邦の変更、存在のリアリティはともかく過程のリアリティは増していたんじゃないかと思うので個人的には意外や映画版の原作アップデートポイントだった。
リアリティも様々だが俺が『空母いぶき』を観ながら考えていたのは存在のリアリティと過程のリアリティと情況のリアリティで、それぞれシナリオ上の設定・プロット・シーンに相当する(俺の中では)。映画にリアリティなんかいらねぇよ派ではあるが現代戦映画ならある程度のリアリティは必要だ、

原作の連載開始は2014年。その頃は尖閣諸島の領有権を巡って日中の緊張がずいぶん高まっていたと記憶するが、中国が今でも多数の領土問題を抱えているとしても表面的にはずいぶん落ち着いてきているし、そうなってくると領土拡大のための大規模な軍事作戦というのは戦闘シミュレーションとしての情況のリアリティはあるとしても、そこに至る過程はちょっとリアルには想像しにくい。

一応は空母の運用を計画する日本側と東シナ海のプレゼンスを確立したい中国側のコンフリクトとエスカレーションがその下地にあるわけですが、ともあれ国家間バトルの主戦場が経済に移行しつつある中ではそれもどこか遠い話に聞こえてしまうし、経済的な優位を武器に血を流さずしてじわじわとヘゲモニーを行使・拡大していくのが目下のところのリアルだろう。時代が変わればリアリティも変わる、というようなことは例の対談でかわぐちかいじも言っていた。

他方、存在のリアリティが皆無な東亜連邦の侵略行為には一定のリアリティと動機がある。詳しいことは描かれないからよくわからないが3年前に建国を宣言したばかりで国際的にはたぶん未承認、日本と国交もない。ということでどうもここは勢いに乗って電撃戦的なことをやっている。失うものがない分、軍事作戦に経済リスクが載るので慎重にならざるを得ない中国よりも侵略の過程にリアリティがあるわけだ。

失うものがないと言いつつ東亜連邦は潜水艦とか持ってるし空母だって持っている。どっから来たんだよそれ! 存在のリアリティを度外視するにも程があるだろ! と言いたい気持ちはあるが、某大国(さてどこだろう)がバックに付いているっぽいことがちょっとだけ台詞で仄めかされていたので100パーの荒唐無稽ではない。そこは脚本家として譲れないリアリティラインだったんだろうきっと。

意図したことかどうかは微妙な線だが(意図したと思ってますが)そのことで原作には無かった陰謀臭が漂って、なんじゃその絵空事、みたいな表面的なハッピーエンドに渋い陰影を付けてもいたので俺やっぱ東亜連邦設定、良かったと思います。このへんは改良とか改悪とかじゃなくて原作と映画で相補的な関係にあったな。

前置きがめちゃくちゃ長くなりましたが映画の内容の感想。おもしろかった。うんおもしろかったですよ。ショボいところも白けるところも沢山ありますけど戦国の世に逃げるわけでもなく自衛隊の現代戦ものっていうリスキーかつほぼほぼ未踏破なジャンルに果敢に挑んでこの結果なら悪くは言えない。言ってもいいけどその回り回った結果として映画製作者が萎縮しちゃって現代戦もの映画が作られなくなったら損をするのはこっちなので言わない。ぼくこういう映画いっぱい観たいんですよ、自衛隊が出てくるやつとか。

という配慮を抜きにしても面白いところはちゃんと面白い。俳優とか良かったですねぇ。いぶき艦長の秋津、何を考えているかよくわからない大胆不敵な一匹狼を西島秀俊が好演だ。独断専行型の秋津にブレーキをかける副艦長・新波が佐々木蔵之介、関西的情緒を纏った人情家キャラが西島秀俊とは好対照を成していてこれも良い。

それぞれ航空自衛隊出身と海上自衛隊出身。所属が違えば防衛に対する考え方も組織にかける思いも違う。戦況の激化と呼応するように狭い潜水艦の中でぶつかり合う水と油なオッサン二人は(やや食い足りないが)胸熱だ。そこに東の感性と西の感性の弁証法を嗅ぎつければ、単なるオッサン萌えを超えて隣国との関係の理想的ミニチュアが見出せるかもしれない。

あと市原隼人です。戦闘機パイロットの市原隼人、出番はそんなに多くないんですけどイイんすよね、なんかガチっぽくて。武闘派右翼感があるっつーか。街宣右翼と自衛官を一緒にするなよとは自分でも思うが市原隼人は『極道大戦争』の若手ヤクザも意外なほどハマってましたからね。自衛官とヤクザを同列に語るなよとは自分でも思うがなんかそういう人のオーラがあるんですよ、戦闘に向かう人のキレたオーラが。

で、こういう自衛隊の面々はみんな良かったんですが(「いてまえ!」の人とか)、どうかと思ったのはいぶきに同乗したネットニュース記者の本田翼。これは厳しかったな。演技的にも厳しいし、そもそも映画オリジナルのキャラ、シナリオ的にも厳しかった。
シナリオの話が出たので書いてしまうと映画オリジナルのパート、本田翼と小倉久寛の記者パートと中井貴一が店長を務めるコンビニのパートは全部切れよとさえ思ってしまった。2時間超えの上映時間だがそれでもかなり原作のストーリーを切り詰めているので(東亜連邦設定も相手国との交渉パートを省略するための節約術の側面がある)、そんな余計なって感じだ。

基本的には諸々の制約の中での自衛隊の戦闘やそこに置かれた自衛官の葛藤なんかを見せることに主眼が置かれていて、ややもすればそれ以外のドラマの部分を回すキャラクターはその情況を作り出すための駒に見えたりもする、要するに生気を欠いたところのある原作を映画化するにあたって、もう少し一般寄りの視点を導入して血の通ったものにしようとした結果が本田翼と中井貴一の一般人パートだと思うのですが、戦闘の合間合間にいちいち入ってくるのでぶっちゃけ邪魔、ストーリーのテンポと戦闘の緊張感をめっちゃ削ぐ。

中井貴一はともかく本田翼のキャラに関して言えば原作では政府が素直に出してきた交戦情報(映画では例の燃える《はつゆき》)を民間の側から国民に知らしめる役割を担っていて、これは東京本社で本田翼から送られてきた情報を元に記事を書いてる斉藤由貴・片桐仁のナイスコンビっぷりもあり、政府とメディアのゆるくも明確な対立と役割分担が準戦争状況に厚みを付けると同時に展開にダイナミズムをもたらしていたように思うんですが、とにかく出演シーンが無駄に多すぎる。事務所がどうとかスポンサーがどうとかあるんでしょうがもうちょっとピンポイントで起用してほしかった…。

映像面ではやっぱ《いぶき》を旗艦とする護衛隊群の戦闘が見物なわけですが、劇伴を極力使わず引きの絵を多用した淡泊な戦闘シーンはリアルとも言えるしケレンがないとも言える。
個人的にはもうちょっと派手にやってくれてもよかったんじゃないかと思わなくもないものの、沖合で人知れず繰り広げられる淡泊な戦闘はリアルでありつつ奇妙に現実感を欠いて、独特のシュールな雰囲気を醸し出していたのは面白いところ。

これはたぶんあまり狙ったものではなくて単に演出力の不足だと思うんですが、中井貴一のコンビニ奮闘記の顛末や戦場に降る初雪の描写と合わせて『機動警察パトレイバー2 the Movie』感があったというか。
なんにせよ、どこまでが許される攻撃かと現場も政府も常に煩悶しながらのじれったい海戦はあまり類例がないもので(あえて言えば『アイ・イン・ザ・スカイ』とか『未知への飛行』が近い)、溜めて溜めて溜めて…からの空戦の流れは中々のカタルシス、トータルではユニークで面白い戦闘になっていたと俺は思う。

まぁ、当たり前なんですが、良いところも悪いところもあります。俳優にもシナリオにも映像にも良いところも悪いところもある。あとCGにも。
おもしろかったですよ『空母いぶき』。良い意味でも悪い意味でもなんか色々考えさせられたしね。そういう映画はでも、何も考えないで観る映画より大抵おもしろいんです。

ちなみに可燃性取扱注意の首相大好き人間たちを激怒させた()佐藤浩市の例の設定は言われないで観たらわからないし言われて観てもわからないのであれは役者の役作りの話であって、キャラがどうとかシナリオがどうとか映画がどうとかそんなレベルの話ではないです。
そもそも例の設定の何がわるいのか少しも理解するつもりはありませんが。

2019/5/26 多少加筆

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本田翼に『皇帝のいない八月』の山本圭を感じ取り、小倉久寛に『皇帝のいない八月』の渥美清を感じ取り、そして『皇帝のいない八月』の渡瀬恒彦に匹敵する強キャラは『空母いぶき』にはいない。やっぱ『皇帝のいない八月』は最強です。

↓原作


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空母赤城
空母赤城
2019年6月10日 6:32 AM

つまらない映画のつまらないレビューですな。

匿名さん
Reply to  空母赤城
2019年6月16日 10:19 PM

>つまらない映画のつまらないレビューですな。
このレビューでつまらないというのであれば、どのレビューなら面白いというのか、後学のために是非教えてもらいたいものです。