さらば平成純愛映画映画『糸』感想文

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《推定睡眠時間:15分》

北海道・美瑛が主要舞台なので観光振興映画的側面もあるわけですが観光振興と言っても名所名跡イベント遊び場などは基本的に出てこない、代わりに出てくるのが乳製品加工工場と菅田将暉のチーズ作りであった。中島みゆきの「糸」をテーマ曲にした最近はやりの名曲映画化企画という時点で想定観客層がある程度高めに設定されているであろうことは容易に想像できるが、この地域特性チョイスからガキに見せる気はまったくねぇということが確定してしまう。

大人の観光とくれば一にも二にも食である。キラキラ映画に代表されるティーン向け観光振興映画はイルミネーションや遊園地などその地域でしか見られない「風景」を推すが、大人はそんなものでは旅行に行きたくならないし旅行先であちこち回る体力がないので、畢竟、大人向け観光振興映画は「食」推しになるのだ。その「食」をチーズみたいに臭くない形でシナリオに組み込んでいたので見事な『糸』である。

食といえば劇中、シンガポールを訪れた自らも食材のような名前の小松菜奈が安い日本食屋でカツ丼を食う場面があるが、その食いっぷりに面食らってしまった。カツ丼をどう食べるか。俺はまず左端の切れを半分に噛み切って白米と一緒に口に運び、左端の一切れ二分割が終わるとその隣の多少長い切れに移り、以降左から右へと順番に食べていくわけだが、両端の極端に短い切れを除いて三分割で白米と共に食べる。

丼というからには載せ物と米を同時に食すことが推奨されるはずである。切れを三分割して一個一個食べるということは口内に白米を詰める余裕ができるということだからその点で理に適っているし、細かく割って食べれば咀嚼数が多くなるので消化にも良い、更には満腹中枢を刺激するので丼一杯でお腹がいっぱいになる。俺はこれこそ丼のスタンダード食作法だと思っていた。

ところが小松菜奈は違ったのである。左端の切れから食べ始めるのは俺と同じだったが小松菜奈、なんと切れを分割することなくそのまま口に入れてしまうのだ。そして切れをある程度飲み下しつつもまだ咀嚼が終わっていない段階でガッツリ白米を頬張る! 「マズ…」と感想を漏らす小松菜奈だったがそれはお前の食べ方にもそこそこ理由はあるんじゃないかと思わないこともないのだが、それにしてもなんという自暴自棄な丼食いだろう。

もちろん個人差はあろうから小松菜奈と同じような丼食いを日常的に行っている人もいておかしくはないのだが、「食」がサブテーマの映画であるからこうした些細な場面が目立つ。別に悪い意味で言っているのではない。食い方一つで心境を表現していてすごいなと思ったのだ。それをじっくりカメラに収めるところも含めてさすが大人の映画である。キラキラ映画なんか喫茶店行ってでけぇパフェとか頼んでも一口しか食わねぇからなあいつら。大人は出されたご飯をちゃんと食べます。

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と、どうでもいいところから書き始めていますが素直にとてもよい映画でした。いやぁ平成の映画でしたなぁ。主人公の菅田将暉と小松菜奈は劇中設定で平成元年生まれの設定、その二人の近づいたり離れたりを縦糸に、二人それぞれの人生に絡んでくる様々な事情を抱えた人間たちを横糸にして紡ぐ監督・瀬々敬久お得意の平成30年間クロニクルというわけで、なにせ瀬々敬久がピンク映画で監督デビューを果たしたのも平成元年なものだからそれはもう気合い入ってます。

イイんですよ、平成邦画っぽいな~って感じのベタが山盛りで。ゼロ年代を席巻した難病・純愛映画要素はあるしさ、特に意味はないがなんとなくゴージャス感とスケール感が増すためテレビ局映画がやりがちだった海外ロケもあるし、ねちっこいすれ違いシチュエーションとか花火大会での出会いとか安っぽくも素朴で美しい平成ロマンティズムも爆発。決して汚いわけではないが綺麗と言うにはくすんでいる…という田舎風景も、ややもすれば理想郷か掃き溜めかの両極端に描かれがちな平成後期のそれとは違ったリアルな田舎観というか、90年代~00年代らしさがあった。

シナリオ面でも登場人物の人生に影を落す社会背景として9.11とか3.11とかリーマン・ショック等々の平成大事件が描かれるが、そんな大事件もただ単にその時に起こった出来事として流されていくのが瀬々クロニクル。大胆な時系列の省略も相まって場面単位ではドライな印象さえ受けるのだが、そうした出来事を経て「これぞ」な平成純愛映画的ラストに辿り着くや、すべて引っくるめてこれが平成だったんだなぁとしみじみしてしまう。ある意味薄っぺらい映画だからこそ、薄っぺらい時代だった平成が平成でしかあり得ないエモを帯びるのだ。

金を出す側にも平成という時代を描くならばの気概(とヤマっ気)があったのか俳優陣は新旧まぜこぜ超豪華オールスターキャスト、セリフ棒読みの片寄涼太が使い捨てられていたりワンシーンのみのほぼカメオ出演で最上もがが出ていたりするのでキャストと役名を確認するためだけにでもパンフレットを買おうかと思ってしまった。

とにかく多すぎる豪華キャストの中で菅田将暉・小松菜奈・榮倉奈々・成田凌ら演技のうまぁい主要キャストを抑えて個人的最注目だったのはこれも出演時間せいぜい5分の美保純で、よく考えてみればいやよく考えなくても、これ平成テーマの映画ですけど中島みゆきは昭和の人なわけだから企画コンセプトと成果物にわりとズレがあると思うのだが(そこは作り手の誠実さとしてむしろ好感を抱くところだが)、その意味で美保純は中島みゆき的な昭和の情念を漂わせていたので良かったよね。そこだけ臭いが変わりますよやっぱ。

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まぁこういう時代があった、というにはカバーできていない部分もかなりあるとはぶっちゃけ思うが(90年代の社会現象や血まみれ事件がほぼほぼスルーされるというのが逆に新鮮)、土台2時間程度の映画ですべてをカバーするのは無理なのだし、絢爛たる俳優陣のお芝居を眺めながら某世界の中心で叫ぶ映画とか某冷静と情熱の間で悩む映画とかをあーあったあったと思い出しつつ平成純愛邦画のエモと空気を存分に浴びる、浴びてそして見切りをつける、たぶんきっとそんな映画なんだろう。

思えば平成純愛映画とは出会いの映画である以上に別れについての映画であったし、どのように幸福に別れるかを探す映画であった。とすれば劇中の難病患者とは平成に人格を与えたものだったのかもしれない。見事な平成純愛映画のレクイエムであった(と、イイ話的に済ませたいので邦画メジャーはこれ以降安易な難病メロドラマで金を稼ごうとしないように)

※あと『糸』って言いつつ「時代」と「ファイト!」も平成の折々で使われてました。糸! 時代! ファイト!! 曲名を並べるだけでも強いな。メッセージも強いし圧も強い。

※※菅田将暉と小松菜奈がひたすらすれ違う平成30余年であったが数あるすれ違いシチュエーションの中でも都庁前の高低差…なんかあるじゃないですか、新宿駅直結のトンネルに続く通りと京王ホテルとか建ってる通りの交差してるところ。あそこの地形を利用したすれ違いは素晴らしかったな~。省略が多い分、一枚絵が力強い。

※※※エンディング曲は『糸』の菅田将暉&石崎ひゅーいデュエット・カバーという映画版『火花』形式だったわけですが、菅田将暉が演技力のある人というのは諸手を挙げて賛同するところですが、歌が上手いとは一度も思ったことはないですし、そもそも菅田将暉が歌うんだったら相手は小松菜奈か榮倉奈々であれよって思うので、なんでこういうデュエットになったのか知りませんが少し萎えた。

※※※※ちなみにシンガポール・ロケはただいま世間様では絶賛公開中の『コンフィデンスマンJP プリンセス編』でも敢行しているため、ハシゴ鑑賞なんかすると「またかよ!」とここでも少し萎えます。お前らなんでそんなシンガポール行きたいんだよ。

2020/8/22 追記:思えば食というのは日常の象徴なのかもしれず、ヤング時代の小松菜奈(の役)はネグレクトを食らって飯が食えなかったので近所のおばちゃんに食わせてもらっていた…というエピソードが映画の最初の方に出てくるのだが、小松菜奈にとっての平成三十年間とは当たり前に飯が食える日常に還るためにかかった時間であった。90年代後半に「終わりなき日常を生きろ」とアジっていた宮台真司は3.11後に「終わりなき非日常を生きろ」へとスローガンを変えたものだが、この飯推しっぷりには食える時代から食えない時代へと傾いていった平成を超えて、これからはちゃんと安心して飯が食える時代にしようよ…という日常回帰の願望が込められているのではないだろうか。それはそれとして小松菜奈の子供時代を演じた子役、すごく小松菜奈の子供時代っぽくてかわいかったです。目つきの悪さとか。

【ママー!これ買ってー!】


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こちらも平成クロニクル映画ということで着想が被っているばかりでなく成田凌の出演も被っているし更にはエンディング曲が坂本九の「見上げてごらん夜の星を」の成田凌&波瑠カバーという音楽演出まで被っているのですこしだけお前らなぁ…という気にはなるが面白いよくできた映画です。

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