メロクロ映画『弥生、三月 -君を愛した30年-』感想文

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《推定睡眠時間:15分》

なんとなく前に予告編で見たような気はしたもののその程度の印象しか残らなかったということはたぶんその程度の映画なんだろう、タイトルに「三月」と「君」が入ってるから難病系のキラキラ映画だろうか、でも成田凌は全然キラキラしてないよな…などと期待値ゼロ+キラキラで観に行ったところこれが予想外の良さでギャップ加点30点ぐらい付いてしまった。期待して観に行ってたら加点もなくこんなものかで終わっていた可能性もあるので映画を観るときにはできる限り期待を捨てることが大事だ。昨日観た『ハーレイ・クイン』はわりと逆パターンだった。

お話の内容としてはド王道のすれ違いメロドラマということになろうか。出会いは1986年の3月のこと。血液製剤感染でエイズを発症した女子高生・サクラ(杉咲花)の親友で曲がったことが許せない生一本少女の弥生(波瑠)は、余命の限られたサクラのために彼女が恋するサッカー部のおちゃらけ爽やかバカ男子・太郎(成田凌)をなんとか彼女に近づけようとする。

それまではとくに弥生と絡むことも意識することもなかった太郎だったがエイズだからとサクラの差別&イジメにはげむ無知蒙昧陰湿野蛮クラスメート相手に単身啖呵を切り、エイズがどんな病気か啓蒙しつつサクラの尊厳も守るためにその場で彼女とキスまでしてみせる弥生の熱血っぷりにちょっと惹かれるようになってしまう。だが勇気が出せず一歩先へは進めない。

やがて、卒業。二人はそれぞれ別の道を行くが、それから人生の折々で出会いと別れを繰り返し、お互いに助けたり助けられたり、勇気づけたり勇気づけられたり、あるいは逃げ場になったりなられたりする。挫折もあった。妥協もあった。喜劇もあれば悲劇もあった。そうこうしているうちに三十年。さてサクラが取り持った二人の縁は実を結ぶのだろうか。

勘のいい人なら察していると思いますが1986年からの三十年ということで、東日本大震災要素あり。まあ今年は形ばかりの復興五輪もやりますし(やりますか?)映画界でも東日本大震災ものが多く公開されてますが、この映画の東日本大震災の取り入れ方、よかったですね。あくまで人生の一ページとしての被災体験。それ以上でも以下でもなく拍子抜けなくらいサラリと描いてしまう。

その軽さには賛否もあろうが、人生なにがあろうととりあえずは生きていくしかないんだし、生きていく限りは一つ困難を乗り越えたと思ってもまたすぐ別の困難にぶち当たって、主観的にはそこに重いも軽いもない。なんか、そういう生活者目線がよかったんですよ。

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しかし三十年とは二時間の映画で描くにはずいぶん長い。よくこの手の映画だと最初に少年時代編やってそれから一気に時間を飛ばして現代編をやったりしますが、この映画はそういうことはしない。クロニクル形式で弥生と太郎の三十年間に起きた重大イベントを二人交互に点描していく。場面転換には紙をめくるような特徴的なワイプが使われていてまさに人生の一ページの集積、個々のイベントをもっぱらこんなこともあったね式に描いて観客が感情移入できるような感情的な重しを付けない、という抑制された作劇はどちらかといえば娯楽性よりも作家性が強く、感情移入を是とする今の邦画メジャー恋愛映画でこんなことができたのかとちょっと驚く。

音楽でガーッと盛り上げるとか下品なこともしないしね。エンディングテーマなんて『見上げてごらん夜の星を』ですよ。そのセンスはどうなのって思いはしますけどその曲を持ってきたのはすごいよね。監督の遊川和彦って人、テレビドラマで売れた脚本家だから融通効いたんだろうな。普通こういうのってタイアップ曲流して泣ける感じに終わらすもん。ヌードこそないもののベッドシーンがちゃんと大人のエロスで撮られてるっていうのもおおっ! って思った。薄闇の中できちんと濃厚接触しているラブストーリーは信頼できますよ。それが主題ではない映画なら尚のこと。

ちなみにその濃厚接触のシーンにはなかなか唸らされる映像的な仕掛けがあるのだが、全体的に記号的なというか機械的なというか、いかにも脚本家が考えた映画の観で、すべてのシーンがそれぞれを参照して差異化されつつ腕時計のメカニックのようにぴったり噛み合って無駄がない。こういうタイプの映画はややもすれば脚本ありき展開ありきの味気ない印象を与えてしまうものですが、そのへん成田凌のふにゃふにゃした存在感と波瑠の凜とした佇まいや声の有機的な絡み合いがフォローしていて、ちゃんと地に足の付いた映画になっているというのは素晴らしいところ。

個人的に好きな場面。高校時代の弥生がバスを追って全力ダッシュする場面から映画は始まるのですが、それが三十年後にまた出てくる。その時の弥生の足の遅さ、もう非常にグッときたね。三十年も経てば足腰だって弱ってくる。疲れだって染みついて抜けなくなる。そこに三十年の時が凝縮されていた気がしたな、あのダッシュは。あと太郎と息子のサッカーね。あそこもいい場面だった。

そこだけ切り取ればなんでもない小さな行動や仕草や風景のひとつひとつも長い人生の積み重ねの上に置かれると独特の意味や情緒を帯びてくる。そのときはわからなかったことも後から振り返ればわかることだってある。そうした人生の機微をちょっとしたミステリーとして捉えて謎解きの面白さをスパイスにしつつ、そのなんでもない出来事のかけがえのなさを慎ましく拾い上げていった滋味深い映画だと思ったな、『弥生、三月 君を愛した30年』。イイ映画でしたよ、素直に。

※太郎が通学バスの中で隣のおっさんが読んでるスポーツ新聞のおそらく風俗欄を覗いている冒頭の場面、この新聞の一面に弥生賞の文字があり、日付とタイトルと太郎の性格を一画面で説明していてここでも思わず唸る。

【ママー!これ買ってー!】


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でも同じ監督の前作『恋妻家宮本』は全然面白くなかったんですよ。なにがあったんすかね。

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