ひたむき最高映画『野球少女』感想文

《推定睡眠時間:0分》

観てちょっと意外に思ったのは韓国映画なのに演出がケレン味に乏しく画作りは透明でやや平板、シナリオは起伏がゆるいし意表を突くところもない、アート的なわけでもなくメッセージ性が前面に出ているわけでもなく、いやそりゃまぁそういう韓国映画も本国にはたくさんあるんだろうけれども普段そういう種類の韓国映画をあまり観ないっていうかたぶん話題性の観点から日本に輸入されにくいので、こういう韓国映画もあるんだな~というのが第一印象。

で、第二印象は日本の部活系学園映画とかヒューマンドラマ寄りのキラキラ映画と空気感がよく似ていると思った。映画的に誇張されているところは当然あるとはいえ日常と共感を大事にする感じというか。俺それで結構我が意を得たりなんですよ。日本のキラキラ映画ってシナリオは単純なんですけどそれを彩る映像表現って実はかなり実験的だったり過剰にポップだったりして、きわめてローカルなジャンルなのにその単純さと映像の装飾性はむしろ逆にどこの国でも通じるようなグローバル性を持っていたりする。まぁきゃりーぱみゅぱみゅが欧米でウケるのと同じようなことかもしれない。

そういうわけで世界に通じる日本映画というのがあるとしたらそれはたぶん黒沢清とか河瀬直美の映画じゃなくて(だってそんなのインテリとシネフィルしか観ないもん)キラキラ映画なんじゃないかと思っていたので、この『野球少女』は別にキラキラ映画の影響を受けたわけではないだろうけれども、なんかそこで国境を超えた繋がりっていうか、なんすかねぇ、若い人の共通感覚みたいなのを感じたりしてそこにグっと来ちゃった。

あえて言えばって感じですけど最初に書いたみたいに大した映画じゃないんですよ『野球少女』。でもその大したことのなさって共感性の高さとも言い換えることもできるわけで。これはあくまで韓国のあまり目立たない高校の野球部に属する一人の女子部員の話なのでその独自性を忘れるべきではないけれども、描かれる事柄よりももっと下のレベルでこんな自分も経験あるなーって感じる人は多いんじゃないすかね。

それはなにも女の人に限らなくて、野球やってる人にも限らなくて、こういう感じの挫折体験って高校ぐらいの時にはあるよなっていう…まぁスポーツ映画なんてだいたいそうですけどね。『ロッキー』とかも1作目はやっぱそんな感じだもんな。誰にでもとは言わずとも『ロッキー』刺さるじゃないですか、ロッキーほどのファイティングスピリットもタフネスもない我々凡人にも。この『野球少女』もそんな感じだと思いますよ。『ロッキー』も元気になるがこれもとても元気になる。よっしゃ一丁やったろかという気になるんですよ、なんとなく。

ところでシナリオが起伏に乏しいみたいなこと書きましたけどその分っていうのもあれですが設定がこれは非常に良い。主人公スイン(イ・ジュヨン)は韓国唯一の高校女子野球部員(女子野球部、ではなく女子の野球部員)で女子なのに投球で130キロ出せるA級素材としてメディアが取材をしたがる有名な人。なんだ勝ち組じゃんって思うよね。でも本人的にはチクショウって感じなんです。すげぇすげぇと言われたところでそれはしょせん高校女子枠としてということで、志望はもちろんプロだが制度的には女子でもプロになれるとしても、頑張って頑張って130キロの球速が限界の投手なら獲得したがる球団はいない。

プロになれる見込みはまったくないがそれでもスインはプロ入りを諦めきれない。女子でも活躍できるソフトボール(ハンドボールだったかもしれない)に鞍替えしてはどうかというそう悪くない学校側からの提案も野球一筋のスインにとっては屈辱でしかない。留年も視野に入れるがしかしそうは家庭の事情が許さない。金がまったくないわけではないがスイン家は中の下くらいの家庭ってわけでスインの父親が何年もかけて宅建を取ろうとしていることもあって経済的には余裕なし。う~ん袋小路! とはいえそれを別段感傷的に描くわけではなく、高校生のありふれた挫折経験として慈しむように捉えるのがこの映画の特徴である。

で、そんな諦めきれないスインを見ているうちに周囲の大人たちもちょっとだけ変わっていく。静かな映画だがその核は『ロッキー』ばりに熱い。いくら自主トレで投げても130キロから動かない、よしんば動いたとしても131キロで止まってしまうスピードガンの数値に落胆しては投げ、落胆しては投げ、血豆が潰れて白球を血痕で汚してもまだ投げ続ける。そりゃそんな姿を見てりゃ大人も放ってはおけんよね。諸々諦めてきた自分がちょっと情けなくなったりもしてくるし、失った夢をスインに託してみようじゃねーのって気にも少しだけなってくる。

繋がってるわけですよ、なんていうか。スインが単独でプロを目指すのは無理だろうけど周囲の大人のサポートがあったらもしかしたら行けるかもしれない。一方周囲の大人とあと男子の方もスインのガチっぷりを見て諸々諦めかけてた人生に活を入れられるんだよね。活だ活! かーつ! 字が違うがとにかく活が入るわけで、ゆるい感じでお互いに支え合う(日本のキラキラ映画にもよく出てくるがこのゆるい支え合いっていうのがたまらなくイイんだよな)関係にあるわけですよ、スインとその周辺は。爽やかな映画ダナー。

野球帽のツバから覗く眼光の鋭さ、終始崩さない仏頂面とそこに見え隠れする葛藤と闘志、カッコよかったなイ・ジュヨン。静かなトーンだからこそトライアウトのシーンは緊張が漲り高揚も帯びる。あるいは能力の限界が痛切に響く。そして目標に向かってひたむきにトレーニングを続けるスインの姿に心も打たれるというもの。泣かせ映画じゃないからいいんだ。泣かせ要素のない平凡な人生をそれでもこんなに必死になって生きる人がいるんだっていうそこが、泣かせるんだよ(最初はナメてた男子たちがスインの奮闘に思わず拍手しちゃうとことかな)。

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キラキラ映画と似ていると言ってもあくまで空気感の話で恋愛がメインになるキラキラ映画だと題材的な類似作はちょっと思い浮かばない。とはいえこれなんかは比較的近いものがあるんじゃないだろうか。地味にジェンダー表現とかが最先端(先端とかあるのか知らないが)の『野球少女』に比べればだいぶ保守的で面白味に欠くかもしれないが。

↓日本のキラキラ周辺映画だと類例ないとか書いてしまいましたがあったわ


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