革命映画『ブラック校則』感想文(テレビ版未見)

《推定睡眠時間:0分》

タイトルはダブルミーニングで一つはブラック企業とかブラックバイトと同じ意味でのブラックな校則、もう一つはブラック校則の語が広がるきっかけになった黒髪や直毛以外の髪色・髪質の生徒に黒髪直毛にしない場合「地毛証明書」を提出させる校則で、この地毛証明書をハーフで茶髪の高校生・町田さん(モトーラ世理奈)が提出せず、授業の出席を拒否されたことから物語は転がり始める。

着想源は言うまでもなく…と思ったが俺は全然ジャニ系映画だと知らずに観に行って後からツイッターで感想を検索したらとにかく主演のジャニメンふたりの話題しか出てこなかったので(ふたりの演技すばらしかったのでそれは別にいいんですが)一応確認しておきたいが、この映画一年前ぐらいかと思ったら二年前のことだった高校の「地毛証明書」提出問題から想を得ているらしく、それが物語の縦軸になっていた(→都立高の6割で「地毛証明書」提出させる…弁護士「不合理な差別を助長している」

この地毛証明書は↑の記事タイトルにもあるようにそもそも茶髪とかパーマであることが具体的にどう風紀紊乱になり得るのかわからないので全然合理的でなくなおかつ肌の色や髪色の異なる外国人差別にもなってしまうという理不尽の極みだったので、報道が出た当時は些細なことでもうるさくツッコむリベラル知識人が日本の教育というか日本全体の後進性の半ば象徴として積極的に言及していた記憶があるが、映画の方もその流れを汲んでいるようで、そんな映画とは思わなかったがなんとも啓蒙的な社会派映画なのだった。

まるでここ一二年でリベラル陣営が取り上げてきた人権系トピックのカタログ。町田さんが根城にしてるスクラップ処理場で働いてる日本語ラップ外国人集団(これがダダ滑りしていた)がラップの中でサラッと在日外国人の扱いの不平等を訴えたり、吃音に悩む生徒が吃音を笑うな的なことを言ってみたり、ヒロインポジの町田さんがそばかす全開で遠目に見るとだいぶ冴えない(近くで見ると独特の浮遊感があってさすがモデルさんだなぁってなる)というのはルッキズムへの抵抗だろうし、でんでん演じる冷血校長が全校生徒に向かって「わたしたちはあなたたちに何かを教える気はありません! それは家庭でやってください!」的なことを言い放ったりするのもたいへんリベラル的である。

一般論としてリベラルは知識習得のためのものとして、保守は規律と協調性を学ぶためのものとして中等教育を捉える傾向があるので、保守界隈で流行の「親学」も含めてそうした保守の学校観に対する当てつけがでんでん校長の前述の台詞なんだろう。
教師が生徒をぶん殴るところを別の生徒が隠し撮りしていて…というのは今年1月に報道された例の暴力動画が元ネタと考えてほぼ間違いないんじゃないだろうか。キーパーソンの名前が町田さんなわけだし(→町田・男子高生への体罰動画、流出騒ぎの真相)。

とにかく、あぁあったあったの連続である。俺これ全部TBSラジオで荻上チキとかが話してるの聴いてる。

まぁ差別とかはよくない。学校側が教育を放棄して家庭に投げるのもよくない。よくないことはよくないのではあるが、こう露骨にリベラル色を出されるとさすがに辟易してしまうし教育テレビを観ているようで白ける。とくにクライマックスの鬱憤爆発シーンはシチュエーションとしては盛り上がるものの勧善懲悪かつ予定調和なのでどうにも迫力がない。こういうのは啓蒙ドラマの本当につまらないところだと俺は思う。『ヘザース/ベロニカの熱い日』ぐらいやってくれたらいいのに(途中までちょっとそれを期待していた)

しかし、だが、とはいえ。ガン泣き。ガン泣きでしたよその予定調和に。面倒くさい校則とかギスギスした人間関係で抑圧された高校生どもがですね、横並びと同質性を尊ぶ日本の空気を読んで自分を押し殺してきた高校生どもがですね、俺は俺なんだよって一気に個を爆発させるんです。ほんでそれを取り巻く教師たちもガキ騒乱を受けて決断を迫られるわけですよ、今この状況で一人の人間としてどうすべきかみたいな。でその中で教師の方も学校の秩序を維持するためにメンタルをすり減らしていて、ブラック校則に関しても生徒と同じように本心ではおかしいと思っているかもしれないけれども、いちいち疑問を感じていたら仕事にならないから個を殺してハンナ・アーレントの言う「凡庸な悪」にならざるを得なかった、というような事情が明らかになってきたりもする。

シナリオ的にざっくりしたところはざっくりとはしている。ぬるいところはかなりぬるい。白けるところはめっちゃ白ける。でもお話の本筋の部分はブレがない。与えられた環境に適度に適応してのんべんだらりと高校生活を送りつつもその実うまく形にならないわだかまりを抱えていた町田さんのクラスメート・小野田くん(佐藤勝利)は理不尽な校則を突っぱねる町田さんに自分のわだかまりを投影して好きになる、町田さんに学校に来てもらうために地毛証明書をどうにかしようと奔走する小野田くんに友人の月岡くん(高橋海人)は内に秘めたある種の破壊衝動を投影して彼を突き動かして…っていう風に個々人の抱える不満を次々に明らかにしながらドミノ的に物事が進んでいって、それが校内革命に結実するというわけで、その瞬間の高揚感は素晴らしかった。

革命に至るまでの展開が押しつけがましくないのもいい。町田くんと月岡くんのゆるゆる放課後トークであるとか、町田ママ(坂井真紀)のラスタな雰囲気であるとか、校内SNSと化していく校舎裏の落書きウォールなんかの鮮烈なイメージを交えながら緩急つけて丁寧にやっているので、リアルではないけれども現代高校生の感覚的なリアリティはあるというか。物の分かったリベラル大人の作ったお説教映画だけれども上から目線の説教だけではないっていうか。

小野田くんと月岡くんを筆頭に今の高校生っぽいムードを俳優がちゃんと出していて、で演出もそれをおろそかにしないので地毛証明書っていうどうでもいいといえばどうでもいいことに突っかかる姿に迫真性があったし、そういうどうでもいい小さな理不尽ルールには空気を読まずに大声でおかしいって言わないと同調圧力の強い日本でなんも良い方向に変わったりしねぇよっていうメッセージがすげぇ伝わってきましたよ。

良い革命映画でしたね。ギャグがだいたい滑っているところを除けばとてもよいかったとおもう。

追記:
以下、個人的に好きなところ列挙。弾けないギターを諦めてフリーの疑似ギターアプリでそれっぽい音を出しながら山田かまちの如しティーンポエムを叫ぶ小野田くんの情けなさとあるある感。なにに挑戦してもすぐに挫折してしまう芯のなさを朝っぱらから数分にも及ぶマシンガン小言で妹に叩かれるも叩かれ慣れているのでとくに気にもせず朝飯を食べ続ける小野田くんの逆鋼のメンタル感。全校生徒を前にマイクを手に朝礼台に上がるも何を言って良いのかわからないので焦って小学生の頃は算数が好きだったのに数学で本格的な方程式と記号が出てきちゃって一気に嫌いになったエピソードを披露してしまう小野田くんの追い込まれたキツネはジャッカルよりもネタが豊富感。小野田くん大好きです。

あとでかい声出してなんでも解決しようとする暴言教師を演じた星田英利ね、元ほっしゃん。星田英利よかったわぁ。いたよなぁああいう奴なぁ。小学校にも中学校にもああいう体育教師いたよ。あの嫌な感じリアルだったわぁ。さすが暴言社長を擁する吉本で鍛えられてるだけあるわぁ。やめろよそういうことを言うのは!

それはともかく、バイオレンス星田が実は校則には書かれていない地毛証明書提出の根拠を小野田くんに問い質された時の気のない表情と返答、印象的でしたね。本当はそんなものどうでもいいって感じで、ただそれを守らせているのは守らなければいけないものだからっていうのが態度から透けて見える。ナシにしたって構わないけれども自分は生徒より偉い立場にある教師だから生徒の要望でナシにはできない。でその立場を維持するためにバイオレンス星田も実は疲れ切っちゃってんですよね。だから最後、あぁなってバイオレンス星田ちょっと救われたんじゃないかって思ったし、そう思わせる含みのある良い演技をしていたように思う。

それから壁。校舎裏の落書きウォール。これもよかった。なんというか、ある意見が書かれて、でそれに対する反対意見とか揶揄とかが書かれて、そしたらそれとは全然関係ないネタ落書きが書かれたりして、誰かの悪口とか秘密が書かれたりもして、最初は単なる失恋の捌け口としての落書きが一個あっただけなのにどんどん落書きウォールが汚れて治安が悪くなっていく。でも治安が悪いだけで不毛と思われた落書きウォールから次第に感覚の共有が出てきたり、生産的な意見が生まれたりする。ド直球で民主主義の理想を図式化しているわけで、こう直球でやられるとやはり響く。

よくSNSとかで何かを巡って意見の対立が先鋭化していくと意見の対立そのものが悪いように言う人が出てきたりするものですが、こういう崩壊の危険を孕んだ対立がないと何かしらの変化や合意もまた生まれない。最終的に落書きウォールがどうなったかというオチの付け方も見事でここ、本当すばらしかったです。

あとそうだそれから、学園映画の見所といえばクラスメートのモブ。モブが良い学園映画は全体の出来も良いの個人法則があるのですが、この映画は小野田くんの後ろの席のメガネ男子がよいかった。なんという役者の人か存じませんがこの人がもう面白くて。バイオレンス星田が教室に入ってくるとお前殺人鬼にチェーンソー突きつけられてんのかよってくらいのものすごい表情で怯えるし、町田さんが予期せぬ登校を果たすといやそんな驚かなくたっていいだろって顔で大げさに驚く。吃音の生徒を囃し立てる時には全力で猿のように笑いまくるくせに色々あってからは吃音生徒を大拍手で迎え全力リスペクト。骨がないなお前! 骨がなさすぎてよかったよーこの人はー。キャラ立ってたよー。なんていう役者の人が知らないですけど頑張ってください応援してますー。

もう、これぐらいでいいだろうと思うが最後に二つだけ、陰湿生徒のミチロウを演じた田中樹、鬱屈教師を演じた成海璃子、二人とも陰性の色気を強烈に発散していて出番的にはそれほど多くないが存在感大。よかったですね。
それに月岡くんのオフビート会話も…いやそんなことを書いていたらいつまでも終わらない。とにかく、よかったです。

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