超絶戦車映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』感想文

《推定睡眠時間:0分》

原題は直球の『T-34』で邦題は『レジェンド・オブ・ウォー』の副題が付いているがパンフレットの監督インタビューを読むとまさしく戦争の伝説を描いた映画だったらしい。

映画は次のような戦時中の伝説を土台にしています。それは、ソ連軍がドイツの戦車演習場を占領した時に、ドイツ軍が演習の際にソ連の戦車兵を生きた標的として利用していた証拠が発見された、という伝説です。この話に関しては戯曲『ひばり』にも描かれています。『ひばり』は映画化もされて、私はとても影響を受けました。

映画版の『ひばり』というのは1964年の邦題『鬼戦車 T-34』のことだそうで、見たことがなかったのでどんな映画なのか検索すると「実話」と銘打たれている。伝説なのか実話なのかどっちなんだと思うが監督があえて伝説と言っているので(原語ではどう言っているか知りませんが)たぶん実話云々はソ連時代のプロパガンダなんだろう。

同じインタビューでこの監督アレクセイ・シドロフは続けて次のようにも語っており、映画自体はわくわく戦車アクションでいっぱいの夢のような娯楽編だったが、そこからは現プーチン体制へのほのかな面従腹背も感じ取れ(製作はニキータ・ミハルコフだったりする)、なかなか政治的な味わいが深い。

おそらくそのときから、私は歴史の真実を蘇らせたいと思うようになったのでしょう。ただ、戦争映画は必ずしも重苦しく悲劇的なトーンでなければならないとは、私は思いません。もちろん戦争は残酷であり、人は死んでいきます。多くの人々が家族を失ったことも事実です。しかし我々は最終的にこの戦争に勝利した。それもまた大事なことだと考えました。

再びパンフレットから引けばなんでもこの映画、ロシア映画史上最高のオープニング成績を記録したメガヒット作だそうで、「ソ連崩壊は残念」ロシアの3人に2人 現政権に不満?という報道もあるからそこには経済的にも社会的にも不安定な中で、かつて地獄の独ソ戦を戦い抜いて祖国の安定を築き上げた英雄たちに思いを馳せ…という反動的ナショナリズムもあるのかもしれない。

こういう映画を『ガルパン』と同列に並べて素朴に流行の応援上映をやる(→https://tjoy.jp/shinjuku_wald9/theater_news/detail/2293)とかモラル的にどうなのよと思わなくもないが、でもまぁおもしろい映画だからそれで盛り上がって動員増と劇場増に繋がったらよいですね。ロシアン戦車隊が町で食料を略奪するシーンで盗っちまえーとかぶっ壊せーとか声が上がったら最高。そんな物騒な応援上映にはならないだろ。

それにしても戦勝国は当該戦争をテーマにした明るいノリの戦争アクション映画が作れてうらやましいなぁ。敗戦国の傷というのは案外こういうところに残り続けるのではないかとか思ってしまう。仮に太平洋戦争が残したすべての傷を社会的に乗り越えたとしても、『スカイ・クロラ』とか『空母いぶき』みたいなのがせいぜいで、この映画みたいな痛快戦争アクションを日本で作ることは不可能だろう。戦争が殺すのは文化なのであった。

…いやそんなことを書こうとしたんじゃない。最高にアガる戦車映画だったので超たのしい超やべぇって書くつもりだった。パンフ買っちゃったぐらいだから見た直後は脳内がアクション的幸福感でいっぱい。でもそのパンフに載ってる上坂すみれのレビューとか読んで応援上映の告知とかツイッターで見てそれはちょっと無邪気すぎないか…となってしまったのでこれも敗戦国民の惨めな心性だ。なんでも敗戦のせいにするんじゃない(『ビッグ・リボウスキ』の名台詞っぽく)

面倒くさいことはひとまずダンボールに入れて押し入れにしまっておくとして、映画の話に軌道修正すると、いやぁすごいなぁ戦車が全開。もう冒頭からすごいですよ炊飯車が雪原走ってたらドイツ軍の戦車が来る。どうしよう死ぬ。絶対に死ぬ、と思ったその瞬間! 炊飯車に二人乗ってる内の偉そうな人(この人が主人公)が全力で戦車への突撃を運転手に指示! 大丈夫だかわせる! 突っ切れ!

そしてその通り炊飯車は戦車の鼻先を突破、戦車の方は追撃にかかるのだったが主人公は正確に砲撃のタイミングを読んで一撃も食らわずに逃げ切るのだった。無事逃げ切ったところで二人は自己紹介。名前も知らずに君らお互いに自分の命を預けていたのか。か、かっこいい…。

その後すぐさま迫るドイツ軍の戦車隊をたった一両のT-34-76という戦車(ぼくは兵器とかよくしらないので詳しくは軍事研究家の大久保義信と上坂すみれによるダブル戦車解説の載ったパンフレットを買って読もう)が歩兵の一個小隊とかいう心許ないにも程がある支援で迎撃するクライマックス展開に。戦車長に任命されたのはもちろんさっきの炊飯車の人・ニコライだ。

さぁどう戦うか。このⅢ型だかⅣ型だかのドイツ軍の戦車というのはスペック的には小ぶりでもその能力を最大限発揮できるよう設計されていて連携力も高いので部隊で襲いかかってくると超強いらしい。一方、ソ連軍のT-34-76というのは大砲巨艦主義的なというか攻撃力も防御力も機動力も高いので単体でも超強いがそのために搭乗員に過度な負担を強いるところがあり、また初期不良も多かったので能力の理論値と実測値に大きな開きがあった。

開始10分にして既にクライマックスなこの戦闘はそのあたりの兵器特性と独ソの思想の違いをうまく取り入れてまさに戦車戦という面白さに満ちていたが、おもしれーおもしれーと思って見ていると直列に並んだ平屋を挟んで二本の通りを並走しながらドイツ軍のⅢ型だかⅣ型とソ連軍のT-34-76が! 砲弾を撃ち合うという普通は『フェイス・オフ』みたいな映画で人間がやる壁越しの銃撃戦をなんと戦車でやってしまう。

その後もT-34-85(これは改良型だそうで、↑の開幕クライマックス戦闘は1941年、映画のメインは1944年なので以降T-34-85が活躍することになる)の片輪走行、ドリフト走行が出てきたり、背中越しに対面してしまったT-34-85とⅤ型パンター戦車がお互いに主砲をジリジリジリと方向転換して相手に狙いを定めようとするとか、同時に撃った徹甲弾が空中で衝突して着弾点が逸れるとか、榴弾を車体の下に撃ち込んで戦車を腹から破壊するとか、極めつけは石橋の両端に陣取ったT-34-85とパンターが片や猪突猛進、片や蛇行しながら相手に突撃していったりする、とか、戦車ドリームシチュエーションの連続。野戦も市街戦も簡易要塞戦もある。

戦車知らないからリアルがどうとか言えないのですが、このリアルとケレンを両立しているように見える(見えるというのが重要である)戦車アクションの数々、ティムール・ベクマンベトフ以降の傾向なのかロシアンアクションでやたら目にするバレットタイム演出も砲撃時にくどいくらいに多用して、迫力満点サプライズ満点で素晴らしかったなぁ。とくに偶然背中合わせになっちゃったT-34-85とパンターのあれね。あのシーンの緊張感と高揚感は最高でした。

基本これこれの超絶戦車アクションを見せるための映画だったように思うので、捕虜収容所でのソ連兵の受難とか(ここも豪雨の中で泥のように輸送列車から吐き出されるソ連兵たちの姿とか凄絶なのですが)過酷な状況下で芽生える恋とか兵士のプライドとかドラマも色々あるのですが、そのへんはわりとアッサリ済ませる。

カラーグレーディング全開の劇的な色彩の中で繰り広げられるドリーム戦車戦が映画のすべて。というかその戦車戦こそがドラマなのであるということで、ここまでちゃんと書いていなかったがこの映画は第12SS装甲師団(ヒトラーユーゲント)の戦車訓練を任されたドイツ軍人イェーガー大佐が捕虜となった主人公ニコライを動く的として抜擢、ガントレットの如し圧倒的多勢に無勢状況でニコライと彼の戦車に乗り込んだ同志たちがどう戦うかどう逃げるか、というストーリーなのだが、直接のやりとりは決して多くないイェーガーとニコライのドラマはその戦いの中にガッツリ刻印されていた。

映画の中ではヒトラーユーゲント隊員が直接出てくることはないが、そもそもヒトラーユーゲントは未成年のナチス党組織なので実戦経験がない。そのままのこのこ戦場に出て行けば無駄死にするだけなので戦況悪化を受けての苦肉の策もいいところで、最初ガントレット訓練の参加を拒絶したニコライは「もう部下を死なせたくない」とイェーガーに告げるが、イェーガーがわざわざニコライら戦車兵の捕虜を使った残忍なガントレット訓練を実施するのもこうした背景、現場の悲惨さなんか知らんヒムラー等々の党上層部の決定に面従腹背で従いつつも、少しでも年若い部下の無駄死にを減らそうとする意志(その実効性はともかくとして)がおそらくあったんである。

そもそも炊飯車に乗ってたニコライが戦車長に任命されたのも他の戦車乗りがみんな死んじゃったからとかいうむちゃくちゃな理由であった。お上の無策で無理難題を押しつけられた哀しき職業軍人の間に言葉はいらぬというわけで、激烈戦車戦の中でニコライとイェーガーは殺し合いながらも不思議なシンパシーを感じるようになっていく。ニコライの戦略が案外イェーガーに読まれてしまい的確な迎撃態勢で苦戦を強いられるのは、イェーガーの悪魔性によるものではなく彼が戦車乗りとしてニコライと通ずるものがあったからなんである。

そうと思えばイェーガーが最後に取った不可解な行動の意味も、どちらかと言えば反戦寄りで体制批判的な映画を撮ってきたニキータ・ミハルコフが製作を務めたことの意味も了解されるんじゃなかろうか。
シンプルな映画なので穿った見方をする必要もないのかもしれないがあえて穿った見方をすると、あのラストにはそこはかとないロシアンエレジーと反骨精神が感じられなくもない。きっとこれはナチスからの逃亡ではなく戦争からの逃亡の映画だったんである。おもしろうてやがてかなしきええ映画だ。実にええ戦争映画だった。

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観てないので今度TSUTAYAで借りてきて観る。

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Hajita
Hajita
2021年11月21日 9:18 PM

最高に盛り上がる戦車アクション映画ですよね(≧∀≦)
砲弾のスローモーション演出がカッコよすぎる!!
戦車内で男たちがガタンゴトン仲良く揺られてるのがなんか笑えました^_^