ポストパンク野蛮派映画『アウェイデイズ』感想文

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こういうのみんなどんな感じで観てるんだろうってちょっと気になったのでフィルマークスで何個か感想見てみたんですがなんか映画に出てきてたらしいファッションブランドとか出して感想言ってる。ファッションの映画だったのか! それは完全に盲点だった。

そうだよなぁ。UK、不良、ロック。三つ揃ったらやっぱファッションでしょ。やっぱとか言って全然わかってない。服とかユニクロかしまむらでしか買わないし。でもそういう視点で見たことはなかったけれども『トレインスポッティング』だって日本では渋谷がブームの震源地なわけですからファッションの映画っていう側面もあるわけじゃないすか。いや、逆に今までそう観てなかったの!? って思うシャレオツな人もいるかもしれませんが全くそうは観てませんでした。汚いジャンキーが勝手に破滅していくたのしい映画としか観てませんでした。世界は広いね。

コロナ禍で宣伝もままならない東京のミニシアター単館上映のこの映画をUKファッションに詳しいシャレオ~ツ(全然関係ないんですけど俺が「おおつむぎ」だと思ってた物質、「オーツ麦」であることが最近発覚しました)な人たちがそれなりに観ているということはファッション誌の映画欄とかに載ったりしてるんだろう。俺の方はといえばポスターとか予告編に出てた「ポストパンク」、もうこの一語に尽きます。内容とか知らんがポストパンクの映画なら間違いなかろうと思って観に行った。

だが。映画自体は面白く観たものの俺がポストパンクの語から想像した映像世界や音世界、ほぼこの中になかった。ま~広いすからね~ポストパンクと言ってもね~。パンクだけでも広いのに頭にポスト付いちゃった! それならもうなんでもありじゃんってもんでデッド・カン・ダンスもポストパンクならフライング・リザーズだってポストパンクなわけでしょ。スロッビング・グリッスルとか。いや~すごいですねポストパンクは。オモシロ実験音楽いっぱい。

デッド・カン・ダンスはポストパンクじゃねぇよ! はいはい出た出たジャンル論的反論。分かりましたよじゃあデッド・カン・ダンス抜いて代わりにスージー・アンド・ザ・バンシーズ入れるわ。それでいいんでしょどうせ同じようなものだけどジャンル的に違うって言うんなら従うよ。同じようなものじゃないしどっちに対しても失礼なことを言うんじゃない。すいません愛してますデッド・カン・ダンス。俺はちゃんと再結成後の来日ライブも行ったんですよ!

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そのつまり何が言いたいかというとそっち方向じゃなかったわけです。いや、なんか、必ずしもゴス的っていう意味じゃなくて…ポストパンクって秘教的だったり思弁的だったり実験的だったりもするじゃないですか。ポストパンクバンドの音楽性と思想の分布を平面座標にしたらそういう象限あるじゃないですか。俺わりとその狭い範囲の前衛ポストパンクが好きなポストパンク室内派なんですけど世間的にポストパンクと言ったらジョイ・ディヴィジョンとかザ・キュアーとかそういうロックロックしいライブでちゃんと盛り上がる方向らしくてあ、そうなんやねーっていうですね、っていうですね…まぁ、そういうことなんだよ!

やっぱ出自が違うもんな。ジョイ・ディヴィジョンとかザ・キュアーはポストパンクの「パンク」を追求してポストパンクになった感じじゃないすか。スロッビング・グリッスルとか違うもん。アートスクールの目立ちたがり屋のチビがヌードモデルとか連れてきてなんか叫びながらノイズ鳴らしてるだけなんだもん。「ポスト」をやってたらパンクがついてきたって感じですよねこっちは。いやグリッスルはインダストリアルであってポストパンクではなくてとの反論も聞こえるようだがザ・ポップ・グループもディス・ヒートもポストパンクに入れといてグリッスルを別枠にするのはおかしいだろ。そんなんギター使ってるか使ってないかぐらいしかないよ差! あるけど!

いいんだよそんな話は! いつまで一曲もサントラに使われてないスロッビング・グリッスルの話をしているんだ! でもね! でも言い訳すると! う~んそうだなう~ん微妙にネタバレになりそうなところではあるけれども俺これそういう映画だったんじゃないかと思うんです! やれジョイ・ディヴィジョンだザ・キュアーだとかみんな言って盛り上がるじゃないですか! いいよねジョイ・ディヴィジョン! ザ・キュアー! でもその肉体的で刹那的でパンク的な…まぁザ・キュアーがパンク的か否かはまたジャンル論的疑義もあろうが…のとは別の方向でやれることも色々あったんじゃないかな? みたいな。

アートスクール出身の主人公は退屈な毎日からの逃げ道をフーリガン的なやつ(カジュアルズというらしい)に求めてそこでジョイ・ディヴィジョンに憧れ部屋に首吊りロープを飾ってる(糞だせぇ!)変なヤツと意気投合、一緒にサッカー観戦よりもむしろ遠征しての地元フーリガンとの喧嘩が本番な日々を送るわけですが、外はもとより仲間内でも過剰な男らしさでマウントを取り合う関係性に二人ともぶっちゃけ疲れていた。

そんなんじゃないんだよ本当は。頭の中には刺激的なアイディアがいっぱいあるし、俺だってジェネPとかフライング・リザーズぐらいのことはやれるんだ、この猿山から抜け出すことが出来さえすれば…とは別に言わないが、ジョイ・ディヴィジョンが好きな方はジョイ・ディヴィジョンが好きなので(そして当然デヴィッド・ボウイも好きだった)やたらベルリンに行きたいベルリンに行きたい言ってるし、主人公の方はパンク/喧嘩よりもアートで何かがしたかったはずの男、本当にやりたいことはこんな糞みたいな地元で両手を血と精液に濡らしながら雄をアピールすることではなかったはずである。どうせ血と精液を使うんならジェネPみたいにパフォーマンスとして使いたい(そうか?)

『トレインスポッティング』以前も以後も作られ続ける野蛮で不毛で貧乏でアジテーショナルでかつ感傷的にスタイリッシュに捻くれた英国不良映画のザ・王道というような恥ずかし度高めな映画ですが場当たり的で安っぽいポストパンクなサントラ構成(曲が安っぽいという意味ではない)が主人公と親友の抱える不良仲間との距離を浮き立たせているようで、全然まったく趣味ではないポストパンク映画だったんですが、だから逆に、なんか沁みた気がしましたよ。俺は一人も友達のいない高校の頃ずっとジェネPになりたいって思ってたからな…だからジャネPは関係ないんだって!

※十代中心の不良連中のボス猿ポジションに収まってるのが6人の子持ちの既婚者アラサー労働者とかいうのが泣ける。地方のリアルだ。

【ママー!これ買ってー!】


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描かれる時代には多少ズレるが内容的には地続きというか。

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