映画『がっこうぐらし!』がラストアイドル・オブ・アスだった感想

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映画部で学園ゾンビ映画を撮っていた『桐島、部活やめるってよ』の前田くんが見たらほぞを噛むだろうなと前になにか別の映画の感想でも書いたような気がするが、重複してもそう書きたくなってしまう堂々たる学園ゾンビ映画っぷり。

いやもうすごいよ。もし『アイ・アム・ア・ヒーロー』の実写版がなかったら遂に邦画劇場用ゾンビ映画でもこの水準のゾンビ映画が! みたいな興奮かつ誇張気味の連ツイをしていたな。『アイ・アム・ア・ヒーロー』が売れたからこの映画の企画も通ったのかもしれないと思えば逆の関係は成り立たないのですが。

いや予算はないよ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』みたいなのは望めないよ。『ウォーキング・デッド』なんて遠い遠い。でもこれぐらいゾンビ映画として出来上がってたら充分じゃないですか! むしろこれ以上何を望むんすか! と俺の中の前田くんが言っている。

正直に言えば望むものはたくさんあるが(あるが)、でもそれよりも映画館でこういう本格ゾンビ映画が観られることの喜びの方が勝ってしまうな。
これはゾンビ氷河期世代特有の感慨だろうから次の世代は感じずに済むよう、今後は当たり前のように映画館でこんなゾンビ邦画をやってもらいたい。ゾンビ貧困の連鎖を止めろ!

『がっこうぐらし!』のストーリー。理由などわからないがある日突然ゾンビ禍発生。くるみ(阿部菜々実)ら三人の女子生徒は保健室のめぐねえ先生(おのののか)の助けを得てなんとか校舎内に安全地帯を確保することに成功するが、食料は乏しく先の見通しはゼロ。

そんな絶望生活から目を逸らすべく彼女たちは「学園生活部」を旗揚げ。屋上菜園でキャベツとか作ったり(※ツイッター等でキャベツが出荷品www手抜きwww的な画像が拡散しておりますが、ちゃんと出荷前のキャベツでした!!!)毎日いろんな部活動をして絶望生活をエンジョイしてしまおうとするのであった。

だがそんな場当たり的な対処は何一つ問題を解決しない。たのしい学園生活を続けているうちに状況はますます悪化、学園生活部のメンバーの一人・ゆき(長月翠)なんか『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のバーバラみたいな感じになってしまう。

果たして学園生活部の面々はどうなってしまうのであろうか。そして地獄の学園生活に終わりはあるのであろうか。どうせ邦画の低予算映画だからキャベツとかそこらで調達してんだろ的な低予算ジャンル映画の現場で日夜ゲリラ戦を強いられている邦画現場スタッフの仕事っぷりを舐めきった偏見の眼差しがリスペクトに変わる日は来るのだろうか…来いよ! でも来ないんだろうな!

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キャベツの話が出たので触れておきたいがいやマジふざけんなよって感じですよ。逆逆! 全然逆!
あの風説にはラストアイドル主演の低予算アイドル企画ものジャンル映画だから美術周りとか適当なんでしょ的な蔑視と嘲弄が見え隠れするが、適当どころかそこは水準以上に作り込まれていたのだ、この映画は。

レイティングの関係かもしれないしアイドル映画であるから事務所的な都合かもしれないが、ゾンビ映画のくせに血も内蔵も出ない。
代わりに凝ったのがゾンビ禍で荒廃した校舎のビジュアルで、壁から窓からきっちり汚す、壊す。

CGの恩恵は相当あるんだろうな。とにかくその基礎の部分がしっかりしてるんで、アイドル映画の軽さというものがない、ちゃんと終末系のゾンビ映画として見れる。
ティーン映画名物の豊かな山々を背にした地方高校でのロケというのもこの際好都合だ。長閑な風景は殺伐とした現実と好対照を成していて面白いし、学校内に生徒たちが取り残された状況に説得力も出る。

現代ゾンビ映画が直面するスマホで救助呼べばいいじゃん的なツッコミも基地局が遠いから災害時に携帯が繋がらないんだろうなぁって感じで見事回避だ。
こういうのは文字にするとなんのことないように見えるかもしれないが、これぐらいの予算スケールのジャンル邦画で終末の光景にリアリティを持たせてんですからすごいことですよ、これは。

お話の見せ方も良かったなぁ。ポイントはカーテンの使い方っすね。色んなところにカーテンが出てくる映画で、保健室のカーテンというのもそうだし、物理的にも精神的にもゾンビを遮蔽するバリケード代わりのカーテンというのもある。
この映画のゾンビは純ロメロ型だからノロノロ系、走ったりはしないしあまり積極的に襲ってきたりしない。だから重ねた机にカーテンを張っただけのなんちゃってバリケードでも案外防げるんですが、同時にそれで学園生活部はゾンビに囲まれた辛い現実を見ないようにしてる。

従ってお話の面での最終的な課題は学園生活部がどう現実と向き合うか、ということになる。これは近代ゾンビの父ジョージ・A・ロメロが繰り返し描いてきたことですよね。
で、映画はそこに思春期少女の成長を重ねる。『ビューティフル・ドリーマー』だったらいつまでも終わらないが、いつか終わることがわかっている高校生活をゾンビ籠城に置き換えて、ついでに少女たちがアイドルに成るメタ的な視点も導入しているわけだ。

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いやぁ、よくできているなぁ。考えれば考えるほどよくできているなぁ。あくまで低予算のアイドルゾンビ映画であるということを思わず忘れそうになる。
あまり記憶の中で美化するのは映画のためにならないのでそこは忘れないようにしておきたいが…とはいえ直球すぎて恥ずかしいロメロオマージュ(『ゾンビ』からの「生きていた頃の記憶が残っているんだよ」の台詞とか)すら青春の儚さ演出にトランスフォームしたりするから巧みな映画には違いない。諸々の制約に映画的言い訳を付けるのがものすごく上手な映画ともいえる。

ゾンビ映画的な「それが見たかった!」がいっぱい、オマージュもいっぱい。教室に閉じ込められたゾンビ群のバリケードから突き出した手はロメロの『死霊のえじき』でありつつゲームの方の『バイオハザード2』でありつつだ。音でゾンビを誘導するのは『ゾンビ』でありつつこれもゲームの方の『SIREN』でありつつだ。視力の弱い聴力寄りゾンビは『ハイスクール・オブ・ザ・デッド』風でもある。

率直に言って出演アイドルたちのフェミニンな存在感とかグループアイドル的な関係性に俺は全然乗れなかったが、そこに乗れない人でもゾンビ映画でも乗れてしまったのだからまこと、立派なゾンビ映画であった。
これはもうラストアイドルの映画じゃないですね。ラストアイドル・オブ・アスです。

※補足
邦画ゾンビ映画は美少女やアイドル的なものと親和性が高い。ある意味和製ゾンビ映画の象徴みたいな『ステーシー』の友松直之は一貫してゾンビと可愛い女優の二本柱でゾンビ映画を撮り続けたりしているが、寿司ゾンビと松崎しげるがシャウトする『デッド寿司』なんかも主演・武田梨奈のアクション面よりもアイドル面を押す。

AVを卒業したか並行してVシネ界に入ってきてセクシー女優がだいたい通る登竜門もゾンビ映画である。範田紗々の『女子競泳反乱軍』とか蒼井そらの『巨乳ドラゴン』とか。
桜樹ルイの映画デビュー作『ダイハード・エンジェルス 危険に抱かれた女たち』だって名著『ゾンビ映画大事典』にもちゃんと載っているれっきとしたゾンビ映画なのだ(ゾンビっぽいの僅かしか出てこないが)

『がっこうぐらし!』はこれら女優ものサブカル系ゾンビ邦画と直接繋がりがあるわけではないが、その文脈の上に置くと感慨もひとしお。
和製ゾンビ映画は売り出し女優×ゾンビのスタイルで育まれてきたと言っても過言ではないが、その作品群の西洋ゾンビ映画の邦画受容における歌謡曲的貢献が正当に評価される機会は今まであまりなかったように思うから。

こうした邦画独特のゾンビ映画のスタイルとロメロに代表される西洋ゾンビ映画のスタイルを折衷するものとして、『がっこうぐらし!』のマイルストーン的な価値は存外大きいのかもしれない。

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ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』『ゾンビ』『死霊のえじき』の3部作からは均等にネタ採取&オマージュ贈呈しているが、状況の救いの無さでは『死霊のえじき』が近かった(絵面は『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』)

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