シン・自己啓発映画『マトリックス レザレクションズ』感想文

《推定睡眠時間:40分》

中国の検閲を無事通過したと聞いた時には(革命の映画なのに…?)とその知名度に反して全然話題にならないこともあってよほど穏便なストーリーになっているんじゃないかと不安にさせられたこの『マトリックス レザレクションズ』だったがその不安は杞憂に過ぎずちゃんと革命アクションでした。そうだよね、革命アクションといっても資本主義に対する革命だしね。あと主な敵は権力とかじゃなくて情報に踊らされてばかりで自分というものがない無知蒙昧な大衆だしね。レッドピルで知るのは真実の世界じゃない。真実の自分だ! 真実の自分に目覚めてみんなで世界を変革していこう! 愛と共に!

そんなもんだろうよ。まぁそんなもんだろうよ。ブルーピルの映画にはなってなくて良かったけどでもそんなもんだろうよレッドピルの映画だとしても。俺はそもそも『マトリックス』をまったく大した映画だとは思っておらずそりゃアクションは面白いし映像もカッコイイしそういうところは凄いと思いますけどストーリーなんかあんなもんあれでしょマルクスの虚偽意識でしょ? 虚偽意識から目覚めて闘争を開始せよっていう手垢がつきすぎていやそれ大丈夫か一回洗った方が良くないか洗って汚れ落ちないならどうせユニクロで買った安いやつだし捨てちゃえば? ぐらいなものをポストモダンとかコンピューターサイエンスのそれっぽいワードでゴテゴテとガワだけ装飾しつつその核にあるのは超越的な自己変革と「思考は現実化する」思い込みにより理性ではなく感情で世界の形を変えようとするニューエイジ・スピリットっていう程度のやつでしょ。

ニューエイジなんだよな『マトリックス』って。本屋に行けば精神世界=ニューエイジ=スピリチュアルのコーナーがない本屋が存在しないばかりかむしろそこが出版業界の生命線と言えるほどのニューエイジ大国ジャパンなのに不思議なほどに『マトリックス』がニューエイジ映画として認知されておらず専門用語の権威に弱い国民性なのかその台詞や設定を一言一句覚えて機械的な「考察」とやらを吐き出すインターネットの没個性連中により大層な映画に祭り上げられている『マトリックス』ですけど、単にニューエイジだよこんなもん。スピリチュアル本にこういうのやれば幸せになる癒やされる自信が出るみたいなの書いてあるもん。自分がどうしたら幸せになるかっていうそれだけの話。

だから俺はニューエイジ映画として『マトリックス レザレクションズ』を観た。うーん正しい映画だ。正しいでしょこれはニューエイジとして。今回トリニティがフィーチャーされますけどニューエイジといえば女性活躍の領域ですからね。『マトリックス レボリューションズ』でユング心理学的な男性原理と女性原理の融和の図が描かれた後の『レザレクションズ』においてその男性原理と女性原理っていう二項対立はどうなの的にトリニティ解放の図を描くのは監督ラナ・ウォシャウスキーの性転換体験を経ての必然、まぁ、そうでしょうね!

ウォシャウスキーの関心がどこにあったかということを考えればこの内容も了解できようものだ。狭い。すごくもう、これまでのシリーズ作に比べて圧倒的に世界が狭い。SF異世界にワクワクする感じがねぇ…致命的だろこれ! たしかにこれは『マトリックス』のリブート的新作であってお馴染みの世界とお馴染みの面々が少しだけ形を変えて再登場・再演される。にも関わらずその映像世界がまったく魅力的に見えないのはウォシャウスキーが『マトリックス』というコンセプトが持つニューエイジ的自己覚醒・自己解放のイメージに拘泥していて、コンセプトから広がる世界を構築する気なんかまるでなかったからじゃないかと思う。

たぶんそういうのは妹の得意とする領域で、今回はラナ単独監督でかつ脚本にも妹リリーは関わっていない。なんか伊藤和典の抜けた押井守の実写映画っぽい感じだ。長台詞がやたら多いところも押井守と似ているが、その台詞で作品世界が広がるならともかく…しかも、押井の場合は長台詞も含蓄があって面白いけどこっちの長台詞は基本的に状況説明と設定説明だからつらい。マトリックスの現況まで台詞説明頼りはダメだろう。それは映像で見せてよ映像で。っていうか全体的に映像をもっと見せてよ『マトリックス』世界の映像を!

なんかさ、レッドピルって一時期オルトライトのネットミームになったじゃないですか。今でも英語圏の陰謀論者なんかはわりと使ってるんじゃないかな。レッドピルを飲んで真実を知れ! っていう。でそれに対してウォシャウスキーは平和な人だからご立腹らしく、レッドピルの意味は誤解されてるってなんかのインタビュー記事で言ってた。それで『レザレクションズ』を観ればウォシャウスキーがレッドピルに込めた真意がわかるっていうことだったんですけど、それってのはどうやら「世界の真実」じゃなくて「自分の真実」(=言いたくても言えないこと、やりたくてもできないこと)を解放するのがレッドピルなんだっていうことだったみたいで…そこ分けてそんなに意味ある? って俺としては思いますけど、ウォシャウスキーは底の浅い人だからそれでレッドピルのミームをオルトライトとか陰謀論者から奪取できたと思ったらしい(少なくとも映画を観る限りは)

そんなどうでもいい細かいことに拘ってたらそりゃストーリーのテンポは悪くなるし説明台詞も多くなるしなにより広大で魅力的なはずの世界も描けなくなる。自分のニューエイジ思想が決して暴力や妄想を誘発するものではなく政治的に正しいものであることをあの手この手で証明しようとするあまり描ける世界は狭くなりニューエイジ思想の持つ解放の力まで失ってしまった感じでその結末も幼稚園児向けの啓発絵本みたいだ。オールドニューエイジの言い訳のためにまさしくニューエイジな新キャラたちの活躍の場まで制限してしまうんだからいやまったく言葉の上だが本末転倒もいいとこです。

人間爆弾のどんどんどーん! のところとかは面白かったですけどね。ビデオアート的な画面構成とかエフェクトはショボイしセンスもないけどまぁでも面白くないこともなかった。でもやっぱ盛り上がんないんだよ本当にこれ。あと序盤のメタフィクショナルなパートはたぶん絶対『ブラックミラー:バンダースナッチ』の影響。観てるんだ、そういうの。観てるんならもうちょっと頑張って作れよ若手に負けないように。勝ち負けの競争には乗りませんよみたいな意識があるっぽいのはエンドロール後の映像を観ればわかるけどさぁ…みんな違ってみんな良いけどさぁ…さぁ!

【ママー!これ買ってー!】


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なんでかみんなのインターネットでは評判がよろしくないようなのですが『リローデッド』おもしろいと思うけどな~。これが『マトリックス』の世界か~広いな~っていう感じで…色んな味キャラもすごいアクションも出てくるし。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2021年12月18日 8:59 AM

マトリックス1作目と二作目のアーキテクトとの対話ぐらいしか記憶に残ってない状態でも楽しめますか?