ズレズレ映画感想文『ニトラム/NITRAM』

《推定睡眠時間:0分》

昔コンビニ夜勤をやってた時にそこは看護師さんの寮が近くにあるとかなんとかで看護師さんがよく来ててその中にクール系っていうかS系っていうかなにか冷たくあしらってくれそうな人がいた。完全に俺のタイプだったのでこれはなんとかお友達になれないかと考えレジで袋詰めをしながら俺は言う。「看護師さんとか安月給で大変っすね~w」その人、ハッ? ていう顔で俺を軽く睨んで「いや、別に安月給じゃないですけど」。

来なくなったね。その日からその人は店に来なくなりましたいや違うんだって~絶対それは絶対それは確実に誤解があるんだってば~俺が言いたかったのは「看護師さんは仕事量は多いし職責も重く勤務時間も当直とかあるから不規則でそれなのに高給取りってわけじゃないんだから大変ですよね」っていうことなんだってば~それが頭の中で編集されて「看護師さんとか安月給で大変っすね」になりそれだけだと辛気くさくなってしまうから親しみに加えて「がんばってくださいね」的なニュアンスを言葉に与えるために「w」がついちゃっただけでバカにする意図とか毛頭ないですしキモイのはまぁ仕方が無いと諦めますけれどもそれは弁解と謝罪が機会が欲しかったわ~確かに冷たくあしらってもらえたから俺の人間観察眼は正確だったけどね~そういう問題じゃないよ!

ていうね、ズレ。俺は本当にこういう舌禍事件が多くてやはり同じコンビニ時代のことなのだが仕事帰りに店に立ち寄るタクシードライバーのオッサンとちょっと仲良くなって仕事をサボって一緒にタバコを吸ったりしてたんですけどある日「まぁこの業界いろんな事情がある人が入ってくるからねぇ」とオッサンが言うものだから俺がすかさず「おじさんは何か事情があるんすか?」と言うとオッサン口ごもりその人もまた店に来なくなってしまった。悪気はねぇんだって本当に。ただズレてるだけなんだよ。

こういう会話の流れではこういうワードは禁句とかこういう言葉が喜ばれるとかそういうコードってあるでしょ。あるんですよ俺と違って普通社会に馴染めてる人は気付かないうちに身につけてるだろうけど。でそのコードはコードがそうと意識されないレベルで実際に使われている場に常時身を置いておかないと身につかない、ズレてしまう。だからあるコードを学ぶ時には最初誰もがズレから始まる。大人になるとツラいことの一つはそのズレを許容する人が周囲にいなくなって自分もまた他人のズレを許容できなくなってしまうことだ。ズレた人はずっとズレたままで、ズレた人にイラつく人もずっとイラつくしかない。

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ズレた主人公二トラムくんはそんな環境の中で暴発してしまう。俺には俺と二トラムくんの間に大した違いがあるようには思えない。もっとも、俺は二トラムくんよりも頭がよかったので世の中のコード体系とそこからのズレの弁証法というべきものが人間社会の基本的な挙動であることに気付いたしそれで自分のズレを単なる現象として捉えることができた。意識的に(コード化されていない)子供メンタルを維持することでズレに対する拒否反応を封じ込めてコードに囚われない生き方もある程度はできているだろうとおもう。要するに俺は逃げ道を見つけたのだ。

わかるかな~。わかんねぇだろうな~。俺が二トラムくんと大した違いがないように、世の中の大半は二トラムくんと同程度の脳みそしか持ってない。支配的コードの中にいるか外にいるか。二トラムくんと世間の大多数を分かつものはそれだけだ。そして支配的コードの中にいるバカどもはそこにコードがあることさえ気付かない。そう考えればアホの二トラムくんの方がまだ人間社会を理解していたとさえ言える。これは別に大量殺人鬼を擁護してるんじゃないよ。殺人鬼に世の中が見えているかいないかと、犯した罪の重さはまったく関係がない話。だいたいこれは実話に想を得たフィクションですから。この映画の中の二トラムくんと実際の大量殺人鬼マーティン・ブライアントもまた関係がない。

映画はポート・アーサー銃乱射事件そのものではなく二トラムくんが犯行に至るまでの日々を描くものでこの二トラムくん、かなりアホで危なっかしいがケイレブ・ランドリー・ジョーンズの好演のおかげで愛嬌があって憎めない。どうかこのまま事件起こさないでくれ~幸せな道を見つけてくれ~あ~でも無理なんだよな~事件起こすんだよな~というやるせなさ成分を浴びる映画で近所の小学生と花火で遊んでいたら元同級生の教師からテメェなにやってんだとガチギレされるなど(お前は俺かっ!)と心の中で叫ばずにはいられない切な…え、ならない?! そうか、世の中の大半の人は遊び相手がいなくて近所の小学生と花火をやることはないんだな…かく言う俺もそんな経験も願望もないわけだが…。

まとにかくそういうテイストの映画で俺にとってはグッとくる場面多数だが人によっては変なキモイ人がキモめのことをダラダラとやってるだけの映画と映るかもしれない。手垢のついた言葉だが殺人鬼なんてそんなもんなのでしょう。二トラムくんの心理描写は表面的で実際のところ彼が何を考えているのかはよくわからない。わかるのは(あくまでも映画の中の)二トラムくんが周囲の人間とのズレに悩まされ周囲の人間も自分たちからズレた二トラムくんに大いに悩まされているということだ。二トラムくんの愛車はボルボだがそんなお金があるならゲーム屋に置いてあるゲーム全部買ってきて引きこもれば良かったのにね。そしたらズレ起因の衝突なんか生じなかったのに!

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映画の中の二トラムは恋愛とかセックスにあんまり興味がない点を除けば宅間守とよく似ている。幼少期の暴力的なエピソードとか後先考えない衝動的な言動とか変な場面で強烈に発揮される行動力とか、あと周囲の人間に合わせられないところとか。

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