ゆるハードボイルド映画『アムステルダム』感想文

《推定睡眠時間:0分》

クリスチャン・ベイル、マーゴット・ロビー、ジョン・デヴィッド・ワシントン、クリス・ロック、アニャ・テイラー=ジョイ、ゾーイ・サルダナ、マイク・マイヤーズ、マイケル・シャノン、アンドレア・ライズボロー、ラミ・マレック、ロバート・デ・ニーロ、そしてテイラー・スウィフトと一人でハリウッド映画の主演を張れるスタアが何人も集まったすごいキャストの理由はラスト直前に待つ俺言うところの説教シーンから察することができる。

説教といっても怒鳴りつけて怒るわけではない。ただこういうことは良くないねと噛んで含めるようにモノローグと説明的光景で教えてくれるのである。ラスト直前にして事の真相にド直球で絡むシーンゆえその内容にここで踏み込むわけにはいかない…が、具体的に書く必要もないだろう。みんな仲良くしようね! これである。もうこれに尽きる。白人も黒人も男も女もみんな仲良くしようね、お互いをリスペクトして認め合おうね、気に入らないことがあっても暴力に訴えるのはやめようね!

それはそうだろとしか言いようがないコモンセンス。しかしそのコモンセンスはトランプ政権下で徐々に蝕まれ2020年大統領選の結果を認めないトランプ支持者たちによる議会襲撃および選挙不正陰謀論の拡散によって脆くも崩れ去った(と、少なくともアメリカのリベラルは考えている)。アメリカにコモンセンスを再建しなければならない。さもなくばこの国がナチス・ドイツのようになってしまう。おそらく監督デヴィッド・O・ラッセルほか制作陣のその強い思いがあの説教シーンを生み出したのだろうし、その点に共鳴して絢爛豪華なキャストが大集結したんじゃああるまいか…と考えればなかなか感動的な映画であろう。

それはわかったがわかった上で書くんですが俺あの説教シーン半端なく蛇足だったと思うわ。説教シーンがなくても別に物語としては成立するし、むしろ説教シーンを抜いてその前後に位置するクライマックスとエピローグを直に繋げた方が全然自然でカッコイイ流れだと思う。それにこういうことはそれを言っちゃあおしめぇよだが、今のアメリカにこのメッセージを届けたいというアツい想いはわかるとしても(まぁ今年は中間選挙もありますしね)、こんな映画一本観たぐらいでそうかやっぱり黒人差別とか女性蔑視とかあと暴力とかはいけないんだなと考えを改める観客なんかいないだろうし、そのメッセージを素直に受け止める人はそもそも人種差別も性差別も議会殴り込みも銃乱射もしないだろう、まぁ基本的には。

という理由で蛇足としか思えない説教シーンはどうかと思うが俺がこの映画に何か文句をつけるとすればそこぐらいで他はとくに文句ない。過度に面白いわけではないがつまらないわけでもなく、オフビートな味わいはあるがオフビートに過ぎるわけでもなく、第二次世界大戦参戦前夜のアメリカの風景は楽しめるがうっとりとするほどの映像が出てくるわけではない…要するにウェルメイドな映画ということなのだが、こんな豪華キャストを集めたのにウェルメイドなユーモア・ミステリーをやる、というそのメッセージ性に反しての軽さがなかなか洒落ていて良い。この軽さこそハリウッド映画の美点だ。

冒頭のテロップからなにやら実際にあったことを基にしている映画らしいことがわかるが基にしているといってもおそらく着想程度で、いわゆる実録映画として作られていないことはこの映画がレイモンド・チャンドラーやロバート・B・パーカーの描くアメリカン・ハードボイルドに依拠していることからうかがえる。キャラクター、プロット、ディテール、ストーリーテリング、どれも見事にアメリカン・ハードボイルド。それはたとえば船の上での犯罪だとか、戦争の傷跡であるとか、長い回想であるとか、殺人の濡れ衣を晴らすべく奔走する探偵役であるとか、暗躍する謎の組織であるとか、自由奔放な芸術家の女であるとか、問答無用で殴る用心棒であるとか、まぁいろいろありますが第二次世界大戦参戦前夜の時代設定からしても作り手が『マルタの鷹』みたいなハードボイルド映画を作ろうとしたことに疑いの余地はない。

40~50年代に量産されたアメリカのハードボイルド映画って軽いじゃないですか。探偵はいつもどこか余裕の構えで危機的状況にあっても仏頂面のまま気の利いたことを一言二言つぶやいたりなんかして、凄惨悲惨な事件に直面してもまぁ人生そんなものさと最後は探偵がしっかり日常に戻っていく。タフさとも言い換えることのできるアメリカン・ハードボイルドのその軽さを『アムステルダム』もまとっていて、これは人によっては物足りなさと映るであろうけれども、俺はなんだか黄金期のハリウッド映画を観てるみたいで心地よかった。

だからこそ説教シーンはいらなかったんじゃないかなぁとも思うのだが、もしかするとこの心地よさは説教を聞かせるためのオブラートだったんじゃないかという気もしないでもないわけで、まぁなんでもいいけど、とりあえず映画館で観て損はしない映画になってたと思います。最後適当でごめん。

※マーゴット・ロビーが前衛芸術家というあんまり物語の中で生かされていない設定はむろんナチスの前衛芸術排除を踏まえたものだろう。その設定を通して暗にトランプなんてヒトラーと同じだしトランプ支持者はナチス支持者と同じだと非難するわけで(たしかにトランプに前衛芸術など理解できそうにない)、説教シーンで観客のトランプ支持者に向けて生気なく放たれる啓蒙メッセージよりもこっちの方が作り手の本音だろうと思うとなんだか可笑しい。あとラミ・マレックの完全に怪しいガンギマった目は必見。

【ママー!これ買ってー!】


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『アムステルダム』のタイトルは『カサブランカ』から想を得たものじゃないだろうか。

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