戦争ファニーゲーム映画『世界が引き裂かれる時/クロンダイク』感想文

《推定睡眠時間:60分》

今年の未体験ゾーンで観た『スナイパー コードネーム:レイブン』もそうだったからウクライナの映画監督が現今のウクライナ戦争を描こうとする時には直接ウクライナ戦争を描くのではなく2014年から現在まで続くドンバス戦争を通して間接的にウクライナ戦争を描くことが多いのかなぁとか思って書き始めたのだが『スナイパー コードネーム:レイブン』はコピーライト表記が2021年でラストだけロシアの本格侵攻を受けて急遽追撮されたもののようだったので、ドンバス戦争を一組の夫婦の目から捉えたこの映画『世界が引き裂かれる時/クロンダイク』は2022年製作なのだが、日本に入ってこないだけでそもそも以前からウクライナではドンバス戦争を題材にした映画がまぁまぁ盛んに制作されていたっぽい。

思えば昨年緊急日本公開された2本のドンバス戦争映画、ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの『リフレクション』とセルゲイ・ロズニツァの『ドンバス』も何年か前の映画だった。こう何本か並べてみると危険信号はかなり以前から灯っていたことがわかる。さすがに首都キーウ電撃侵攻はロシア側の当局者以外ほとんど誰も想像していなかったにしても、ドンバス戦争がロシアとウクライナの間に横たわる深刻な領土紛争だという認識は当事者たるウクライナの側には当然あり、ロシアの側に目を向ければアンドレイ・ズビャギンツェフの2017年作『ラブレス』にあるテレビから流れるドンバス戦争の動向に無関心なロシアの人々、というシーンから同じ認識をひっそりと汲むことができる。

日本でもヒットした2018年のロシア映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』も、今にして思えばやはりドンバス戦争を見えない背景として制作されたものだろう。この映画の製作者には親プーチン政権派の映画監督として知られるニキータ・ミハルコフが名を連ねており、ロシアがウクライナ戦争の大義として「ウクライナの非ナチ化」を掲げていることは大抵の人が知るところだ。なんだか虚しくなってしまう。公開当時の俺はこのたいへんおもしろい戦車映画に半ば無理に反戦思想を読み込んでいたが、そんな深読みは必要なく、これは素直にナチスに屈しなかったソヴィエト・ロシアの勇気と栄光を讃える映画だったのだ。そしてドンバス戦争以降(正確にはユーロマイダン革命以降)のロシアの公式用語では、ナチスとは要するにウクライナ現政権を指す暗号なのである。

『世界が引き裂かれる時/クロンダイク』に話を戻せばこの映画はドンバス戦争勃発直後から話が始まる。主人公夫婦がなんか砲撃激しくなってきたし避難とかしたほうがいいのかなぁみたいなことを話しているとちょうどそのとき家に砲弾直撃。二人とも命に別状はなかったがこりゃもう一刻の猶予もないってことで避難を開始する…と途切れ途切れ観た記憶から勝手に物語を組み立てていたのだが他の人の感想を読むとどうもそうではなく、この夫婦なのか夫だけなのかは知らないが穴の開いた家に住み続けるらしい。なんか途中親ロシア派民兵の検問を通過しようとして撃たれるみたいなシーンがあったから逃避ロードムービーなのかと思ってた。

そんなわけで最初と最後以外には俺に語れることはない。最初と最後に関してだけ言うと、ウクライナ映画人って長回しが好きみたいでこれも長回しが多用される。人々が平和に暮らしている風景を映したカットの中で突然家が砲撃されたり、目の前で超露骨に苦しんでいる人がいるのに兵隊はそれにはまったく目を向けず淡々と任務をこなしている、みたいな絵作りによって戦争の暴力とか狂気というものを炙り出そうとしているんだろう。その発想はくすんだ色彩や荒涼とした風景も相まってミヒャエル・ハネケの映画を彷彿とさせる。とくにラストのシークエンスなんか戦争映画版『ファニーゲーム』って感じすね。

それを好意的に受け止めるか否定的に受け止めるかということなのだが、俺はちょっとあざとく感じてしまったな。非常にわかりやすい。あまりにもわかりやすく親ロシア派武装勢力、あるいは所属を隠したロシア兵を非人間の戦争ロボットとして描きすぎている。なにも相手に同情しろってんじゃないですよ。そりゃ無理でしょドンバスで10年ぐらいずっと血で血を洗う戦争やってるんだから、ウクライナとロシアは。でもそうは言っても前線で戦ってるのは良い意味でも悪い意味でも人間なので、ここまでロボット的に描写されると戦争のリアリティが薄れて寓話化してしまう(穴の開いた家に住み続けるという設定も寓話化に一役買う)。寓話でもよいというつもりなら別にいいだろうけど、ドンバス戦争とそこから発展したウクライナ戦争の中で苦しむウクライナ市民を描くつもりであるのなら、それ逆効果なんじゃないかなって気はしますよね。

とはいえ力作、長回しの多用しすぎによりかなり眠くなる映画ではあると素直に書いておくが、最初と最後だけ観ても面白かったのでイイ映画には違いない。つい先日ダム爆破による広範な洪水とインフラ破壊に見舞われたにも関わらず俺も含めて日本の人は脱コロナだ脱コロナだと浮かれてすっかりウクライナには関心をなくしてしまったようなので、自分に釘を刺す意味でもこういうのはちゃんと観といた方がいいとおもいます。

【ママー!これ買ってー!】


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とくにハネケのこの終末映画を彷彿とさせた。

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