ノーランのリスト映画『オッペンハイマー』感想文(ストーリー解説チャート付き)

《推定睡眠時間:20分》

Blueskyでこの映画の感想を読んでたらむずかしいむずかしいと評判のようだったのでどんなもんだろかと観に行ったらちょっと拍子抜けしてしまって、そりゃクリストファー・ノーランの映画だし編集が過去から未来への時間軸に沿ったものにはなっていないというのはあるが、物語の骨子自体はとくに複雑ということもないのに、どうしてみんなよくわからないんだろうかと観ながら疑問に思っていたのだが、3時間も上映時間があったので観ているうちにその疑問は解決されてしまった。

みんなきっとこの映画を原爆開発の映画だと思ってるんである。それもたしかに間違いではないのだが、パートカラーならぬパートモノクロで撮られているこの映画、オッペンハイマー博士の視線から見た主に原爆開発を中心に描かれるパートがカラーに、オッペンハイマー博士を陥れようとするストローズさんというなんか知らんが悪そうな人の視点から見た赤狩り中心のパートがモノクロになっており、前者のパートは「核分裂の章」、後者のパートは「核融合の章」と名付けられている。つまりこれは半分は原爆開発の映画で半分は赤狩りを描いた映画なんである。

なんであるが、まだ映画が日本で公開されていない去年の時点で、たとえばこんな新聞記事を大手新聞やネットメディアが出したりしたので、『オッペンハイマー』なんてタイトルだし、この映画が原爆(だけ)のお話だという風評が広がってしまった。

米「原爆の父」映画公開 広島・長崎の描写なく(産経新聞)
https://www.sankei.com/article/20230722-SLGO2O4MPJNLBOQXKHKYVJZUQM/

バーベンハイマーの必然 米国が描く原爆の限界(毎日新聞)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230825/pol/00m/010/010000c

映画「オッペンハイマー」と福島と 核の被害語ることは「悪」なのか(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASR896726R84UGTB004.html

原爆を作った「オッペンハイマー」の苦悩は、被害者より優先されるべきなのか。倫理学者が抱く危機感(ハフィントンポスト)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_65e962aae4b026052a524bc3

そんな情報が先行していれば、まぁ赤狩りなんて日本では馴染みがないかもしれないし学校の授業でもやらないいかやっても軽く触れるだけだと思うので、いざ『オッペンハイマー』の実物を観てもこれが赤狩りに関する映画だとわからず混乱する人が出てきても仕方の無いことだろうと思う。

というわけで今回は俺個人の感想の前に映画『オッペンハイマー』攻略チャートを作ってみたので、映画を観てもなんかよくわかんなかったよ~という人は目を通してもらえばどういう映画かカンタンにわかるに違いない。うむそうに違いない。チャートはラストまで書いてるのでネタバレといえばネタバレだが、まぁでも有名な人の伝記ものだから別にネタバレじゃないだろと判断。でもそれだってネタバレはネタバレだろ! と思う人は読まないでこのページを閉じるか「ぼくのえいがをみたかんそう」まで飛ばしてネッ!

超カンタン! 映画『オッペンハイマー』攻略チャート!

【戦前~戦中編】
物理学者のオッペンハイマーさんは共産党かぶれ(共産趣味ではない)の人だった

ナチスが原爆をもうすぐ完成しそうで先に完成したらアメリカ含む連合国負けちゃうから早く原爆作らなきゃ!

オッペンハイマー博士が頭がイイと評判だから作ってもらおう!(軍部談)

オッペンハイマー博士となかまたちが原爆作る(ドカーン!)

ヒトラー死んでナチス破れる

ナチスドイツに使う予定だった原爆余っちゃったからまだ降伏しない日本にでも落とすか!原爆落とせばさすがに降伏するだろ(オッペンハイマー博士うなづく)

【戦後・米ソ冷戦期編】
今度はソ連が原爆より強力な核兵器の水爆を作り始めたぞ!アメリカより先に作られたらマズいからオッペンハイマー博士に今度は水爆作ってもらおう!

あれ? なんか思てたんと違うくない? 原爆で戦争終わると思ってたのにむしろ原爆があたらしい戦争(冷戦)作り出してない…?(オッペンハイマー博士の心の声)

原爆投下で広島と長崎の人がどんな風に死んだのかとかにオッペンハイマー博士関心を寄せるようになりかなり後悔する

水爆反対!水爆反対!(オッペンハイマー博士の心の声)

アメリカの水爆開発に反対するなんてソ連を有利にする行為やないか! アイツは昔から共産党の人らと付き合いあったしマルクス読んでるしアカ(共産主義者、ソ連の協力者)に違いない! ってかそういうことにしないとアメリカの水爆開発にストップがかかってまうやないか! アイツ吊し上げてアカってことにしたろ!

アカ疑惑がかけられ公聴会に呼ばれたり狭い部屋で聴取を受けて私生活とかを晒されるオッペンハイマー博士(いわゆる赤狩り)

でも科学者なかまの尽力もあり最後には無事にアカ疑惑は晴れたのでした。ちゃんちゃん

晴れたけど…アカ疑惑は晴れたけど…でも自分はとんでもないことをしてしまったんじゃないのか…核兵器の蓋を開けて二十万人もの人々を殺しちゃったし…核戦争になれば全人類が滅びてしまう…うう…俺はなんてことをしてしまったんだ…うう…(オッペンハイマー博士の心の声)

【THE★END】

どうだ! とてもカンタンな映画だろう! ちなみに上の新聞記事なんかでは被爆地の現実を直視していないと非難されていたりするが、まぁ個人の意見はいろいろだとしても、この『オッペンハイマー』という映画に広島と長崎の人がどんな目にあったかと説明するシーンは出てくる。戦後の米ソ核開発競争の中で良心の呵責を覚えたオッペンハイマー博士はおそらく原爆反対かなんかの集会に参加しそこで被爆者を映したスライドショーを見せられるのである。そのスライドショーの映像は画面に映し出されず、観客はそれを見るオッペンハイマー博士の表情からスライドショーの内容を想像することになるが、とはいってもオッペンハイマー博士が周囲の人々が原爆のピカドンを食らって全身の皮がベロンと剥がれたり、黒い炭の塊と化してしまう光景を幻視して恐怖に駆られるというシーンも別にあるので、原爆被害を描いていないとか矮小化している映画とは個人的にまったく思わなかった。もし『オッペンハイマー』が被爆者軽視の映画だという先入観があるなら、ぜひとも上のシーンに注目して映画を観て欲しいと思う。

ぼくのえいがをみたかんそう

さてさて謎の義務感に駆られての映画解説コーナーが終わったのでここからは俺の自由奔放でのびのびとした映画感想のコーナーですが、これはノーランの『シンドラーのリスト』だと思ったね。それまでSF映画とかアクション映画とか撮ってるジャンル映画の人だと思われていたスピルバーグはこのあいだリメイク版も公開された『カラーパープル』と『シンドラーのリスト』という人種差別テーマの人間ドラマを撮ることで「俺もちゃんとした映画を撮れるんだぜ!」と人間ドラマ以外はみんな子供の観る映画だと思ってる頭の古いバカなアカデミー会員にアピールしようとした(※この記述は独自研究に基づきます)わけですが、もっぱら娯楽大作ばかり撮っていたノーランもまたこの『オッペンハイマー』というアクション要素もSF要素もない映画で自分が人間ドラマも撮れるちゃんとした監督なんだとアカデミー会員にアピールしようとしたんでしょう。『オッペンハイマー』と『シンドラーのリスト』にはどちらもモノクロで撮られた実在人物の伝記映画という共通点もあるしね。

でその結果はどうかというと長かったよ。これは完全に無駄に長かった。オッペンハイマーという人は女性関係も激しいアクティブな人で常になんかしてないと気が済まない。実際どうかは知らないが映画の中のオッペンハイマー博士は今でいうADHDってやつで、カラーで描かれるオッペンハイマー博士視点のパートは過去と現在を分単位で行ったり来たりする編集や様々なサブリミナル的なイメージ映像の挿入、オッペンハイマー博士の心拍数が上がると鳴り始めるシュッシュッシュという汽車の走行音などの音響演出によって、ADHDの人の落ち着かない脳内世界をよく映像化していたと思う。オッペンハイマー博士がピカソのキュビスム絵画を見るシーンがあるがあれがオッペンハイマー博士に見えてる世界ということなんだねつまり。物事の色んな面が同時に見えてしまう(つまり、一つの視点に意識を集中させることができない)

でも赤狩りメインになる中盤からがつまらない。これはノーランという人の特徴だがこの人はどんな題材でもADHD的に撮ってしまう人で、それは具体的に言えば画面を人工物で埋め尽くすということになる。ノーランの映画では常に画面の中で何かが動いていて、動いてなければ人が喋っていて、人が喋っていなければ性急なリズムを刻む劇判がやかましく鳴っている。だから原爆開発~実験成功までのパートはアクション映画じゃないのにまるでアクション映画みたいにガチャガチャしてて楽しいんですけど、赤狩りパートになるとそこではもう会話以外に映像的にできることはないので、ノーランのADHD演出がひたすら人が喋りまくる+劇判を鳴らすという形でしか表れず、その会話がとりたてて面白いものではないので退屈。

証人喚問のシーンに証人一人一人たっぷり時間を取ってたりしてこんなの重要人物以外はバッサリ切っちゃえばいいじゃんとか俺は思うわけですが、まぁでもノーランがこの映画で見せたかったのはそのつまらない部分なんでしょうな。俺こういうのも撮れるんです、アクションじゃなくてもSFじゃなくても『十二人の怒れる男』みたいに役者たちの台詞の応酬だけのシーンも面白く演出できるんです、そういうことをあくまでも俺推測だがノーランはこの映画で言いたい。そして言いたい気持ちはわかるがぶっちゃけそこは下手だった。ノーランはちゃんとした人間ドラマを撮れるタイプの人ではないんだろう。

上映時間が3時間もある理由はノーランのそういう才気アピールのせいである。ざっくりオッペンハイマー博士の原爆開発以前の姿や人間関係を描くパートが40分、原爆開発のパートが50分、残りの90分が原爆開発後のオッペンハイマー博士の後悔とあたかもその罰であるかのような赤狩りを描くわけですが、この90分はまぁ半分以下に縮められたね。そんないらないよ90分も。そういうことを俺の才能アピールのためだけに(※この記述は完全なる独自研究に基づいています)くどくどとやってるから「これは被爆者軽視の映画だ!」みたいなことを映画の読解力のない人から言われたりすんです。

もっとスパッとだね、オッペンハイマーが戦後に心変わりして反水爆に転じて、それでアカの疑いをかけられて自分のやったことを後悔しながら公聴会にすごすごと赴くシーンとかで映画終わらせちゃえばよかったんですよ。字幕で「オッペンハイマーのスパイの嫌疑は後に晴れた。オッペンハイマーの開発した原爆によって広島と長崎では10万人以上の死者が出、20万人以上が被害を受けた。今も被爆者は被爆後遺症に苦しんでいる」みたいなの出して。そしたらイイ感じにスッキリ終われたし変な人から文句も言われなかったんじゃないですか。

まぁでもノーラン映画が長いのはこれに限ったことじゃないからな。画面を人工物で埋め尽くそうとするノーランは引き算の演出ができず、シーンを省略することや、あえて画面をスカスカにすることで生まれる効果がわからない。だからノーランの映画はいつも常に面白いことが画面の中では起こっているのに、緩急がなくて途中から退屈に感じられてきてしまう。それでも派手な爆発なんかが起これば一応退屈は紛れるが、後半部にそうした映像的な見せ場がないこの映画は、そんなノーラン演出の弱点がモロ出しになってしまったと俺の目には映った。こういうところがノーランが娯楽映画の監督としては評価されてもそれ以上には評価されない所以じゃなかろーか。

俺もADHDなのでオッペンハイマー博士の常になんかしてないと落ち着かなくてすぐに新しい面白そうなことに飛びついちゃう心情であるとかノーランの画面を人工物でひたすら埋め尽くしたいという欲望もよくわかるような気がするのだが、しかしまぁ、それだけでは子供はともかく大人は生きていくことが大変だ。オッペンハイマー博士もADHD特性で突っ走った結果えらいことしてしもた~と被爆者スライドとか見ながら後悔してたので、ノーランさんにもですね、そろそろ、そろそろずっと走ってるだけじゃなくて要所要所で一旦立ち止まるという演出術・脚本術を覚えてほしいものです。

あとこれはアフィリエイト誘導以外のなにものでもないのですが原作ノンフィクション本が今度出るらしい。アメリカの伝記映画は俺の中で悪名高い『ドリーム』のようにたとえ実録もの・伝記ものでも映画向けの改変がガチで容赦ないので、読んでないから知りませんがたぶんきっと映画を観た人は「ノンフィクションなのにこんなに映画向けに改変してもいいのかよ!?」ってなって面白いかあるいはキレると思います。読んでないけどおすすめです。読んでないんですが。

※『ドリーム』の悪行に日本で俺だけがキレている記事は→『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』読んだので映画と比較する感想(ネタバレ爆発)でございます。こちらの映画は伝記映画なのに舞台となる時代を第二世界大戦中から戦後に移し替えて(!)NASA計算手たちもまた影で原爆投下に貢献していたという原作にはしっかり書いていることが完全に削除されたスゴい歴史改変と被爆者軽視を行っているのですが、俺の記憶ではツイッターも産経新聞も朝日新聞も毎日新聞もハフィントンポストもどこも「この映画は被爆者軽視だしそもそも歴史を改ざんしてるじゃないか!」などと怒ってはおりませんでしたしむしろ多くのメディアや評論家が人種差別問題と女性活躍を描いた素晴らしい映画だと手放しで絶賛しておりました…!

※※あとオッペンハイマー博士のADHD気質を核分裂の連鎖反応と重ねてオッペンハイマー博士のパートを「核分裂の章」と名付けるのはわかるんですけど、「核融合の章」の方はしっくりこなくない?

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