終末島で人生再生映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』感想文

《推定睡眠時間:15分》

イギリスの映画だからなのかエンディングで流れるのはUKポストパンクひとりバンドのザ・ザことマット・ジョンソンの『This is the Day』なのだがこの曲、俺の知っているだけでも『アイ・フィール・プリティ!』『Swallow/スワロウ』『ラブ&モンスターズ』とここ数年やたらと英語圏の映画で使われており(かつてはペドロ・コスタの『血』でもカーニバルの音楽として使われたがコーラスが途切れるほど無神経かつズタズタに編集されていたので除外)いつの間にやらUKロック・クラシックの観、いやザ・ザずっと好きだから嬉しいけどでもなぜ今になってザ・ザが……? 理由はわからないがまぁでもマット・ジョンソンは生真面目で良いアーティストだし『This is the Day』も名曲だからよし、この曲が収録された『ソウル・マイニング』、続く『インフェクテッド』『マインド・ボム』『ダスク』はいずれも身を削りながら社会問題に鋭く対峙する魂に響く名盤、このへんとは曲調がずいぶん違うがポストパンク的な実験精神溢れるデビュー作『バーニング・ブルー・ソウル』もまたポストパンク好きなら必聴盤だ。サッチャー以後の新自由主義化したイギリスとアメリカ帝国主義を唇噛み締めながら痛烈に口撃する『インフェクテッド』収録の『heartland』などぜひとも今聞きたいザ・ザの名曲であるとはい出ましたお馴染みの映画とぜんぜん関係ない導入部。映画の話をしよう。

『酔っぱらい天国』『失われた週末』、近年でもアンドレア・ライズボロー名演の『トゥ・レスリー』などアル中映画に外れなしと言うが(俺は)、その法則が正しいことがまたしても証明されてしまったのがこの『おくびょう鳥が歌うほうへ』、将来を嘱望される研究者なのだが父娘ともどもアル中でキャリアも生活もズタボロになりかけた主人公のシアーシャ・ローナンがスコットランド北部に位置するオークニー諸島にあるリハビリ施設に入所、人間に敵対的な大自然に晒されながら徐々にアル中を克服していくという映画である。

なんでも原作はベストセラーになった回顧録というので実話もの、そのためかまぁ正直ストーリー的にはありがちでそう面白くもないのだが、そのへんは作ってる方も察知したのか主人公の現在と過去がシームレスに切り替わり、酩酊中の混濁した意識を観客に体感させるかのような構成になっているのがまず面白いところだし、主人公のシアーシャ・ローナンもヤケクソ気味になった人っぷりが実によい。しかしこの映画はなんといってもオークニー諸島の大景観である。これがすごい。位置的には結構離れるのだがアイルランドの離島が舞台の『イニシェリン島の精霊』もこんな感じだったと思うが、切れ目のない曇天と暴力的な風、その風土ゆえか木々は生えずに力ない草原が広がるばかり、そこに所々ドーンと鋭利な岩が突き出して、当然そんなところなので住む人もほとんどおらず家が一軒建っていればそこから見える周囲数キロは何も人工物がないというような、天然のポストアポカリプス世界なのだ。

アル中を克服するには人の意志なんかに頼っていても仕方あるまい。物理的に酒を入手できない環境に放り込むのがやはりいちばん効果があるだろうし、加えて食糧がたまにしか来ないほどの僻地で半自給自足の自立した生活を送れば酒浸り生活で失われたセルフ・コントロールを取り戻すこともできるだろう。おそらくこの映画が他のアル中映画と少し違っているのはそんな過酷生活をとくに過酷とは映さないところじゃなかろうか。それどころか逆に、この終末島で過ごすガチなんもない生活は回想シーンに登場するイギリス本土での都会生活よりもよほど美しく切り取られているし、主人公の目の輝きもまるで違う。

この映画の監督は『システム・クラッシャー』という暴れん坊女児の映画を撮ったノラ・フィングシャイトだが、思えば『システム・クラッシャー』も都会のシステマティックな生活に適応できない暴れん坊女児がド田舎に送られ、そこで都会にいるときよりもずっと生き生きと過ごすシークエンスがあった(結局また都会に戻されるのだが)。どうもこの監督は都会の問題児の目を通して都会と田舎を対比させ、都会の問題点を炙り出すようなところがあるようだ。あんたがダメなんじゃねぇんだわ、ダメなのは都会のシステムで、だからあんた田舎で自分の可能性を取り戻しなはれ、ってなもんであろう。

そんなわけでアル中映画ではあるが全体的なトーンは癒やし系というか、荒涼としたド田舎によって主人公の心身が洗われていくその過程をリアリスティックでありつつ柔らかなタッチで描くもの。たしかにここには物資も人間も娯楽も仕事も超なんもないかもしれないが、しかし人を見ても逃げないばかりか興味シンシンに眺める野生のアザラシは海辺に行けばすぐ遭遇、そしてこの可愛らしいアザラシちゃんはなんでもあるはずの都会のどこを探しても一匹だっていやしない。月並みな言い方になってしまうのだけれども豊かさとはなんだろうとか幸せとはなんだろうとか思わされるし、都会は完全正義という風潮があるように思えてならない薄っぺらい現代に対するアンチテーゼなんじゃないすかねこれは。よい映画でした。やはりアル中映画、そしてザ・ザ起用の映画に外れなしである。

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さるこ
さるこ
2026年1月17日 8:51 PM

こんばんは。
シアーシャの青い瞳があんまりに透明で怖いくらいでした。彼女も大人になったよのう…
龍の歯が飛び散ったのがオークニー諸島、ってのもなんか、イイですね。
私の記憶に残る「アル中映画」を辿ったみたのですが『毎日かあさん』くらいしか…はは
「農場お仕事映画」もハズレない、とワタクシは思うのですが、本作見ながら思い出したのはなぜか、『ゴッズ・オウン・カントリー』でした。