忘れる前に映画の方の『殺人者の記憶法』の感想を

《推定睡眠時間:0分》

原作呼んだ人のツイートを見たら原作はアルツハイマー殺人鬼が壊れゆく世界を独特の表現で捉え直そうとするところが面白く、みたいなことが書いてあったのでアルジャーノン系統だったのか元々は。
そう言われれば腑に落ちるものもあって、映画ではアルツハイマーを診断されてから殺人鬼がポエム教室に通うようになるのだが、病状悪化を少しでも遅らせる目的だろうとは思いつつもなぜポエム? の唐突は否めない。

すごく濃いポエム講師とすごく濃いマダムがすごく濃いポエム教室の場面めちゃくちゃ浮いていたが、猛スピードで遠のいていく現実をポエムで理解しようとしていたんだなアルツハイマー殺人鬼は。
「昔の俺だったらこんな奴らは殺してる」のアルツハイマー殺人鬼の心の声が笑えなすぎて笑えない、そういうブラックジョークを入れるためだけの場面ではなかったのか。でもあのジョークは最高。

『アルジャーノンに花束を』の頭がよくなった人は以前には見えていなかった汚い世の中がスッキリと見えるようになってガックリ失望していたが、アルツハイマー殺人鬼の方はといえば認知の歪みと記憶の破損のせいで忘れたはずの、忘れたかったはずの殺しの過去ばかりを目の前の現実の代わりに見てしまう。
これが恨というものかどうかは知らないが韓国映画このパターン多いな。ジャンルとして定着しているのかもしれないけど『殺人者の記憶法』はとくに、その方面の韓国暗黒残酷悲話を世界に輸出したポン・ジュノとパク・チャヌクにどうしても帰着してしまうように見えるところが面白く。

原作を読めばまた別の印象が芽生えるかもしれないが、アルツハイマー殺人鬼の最後の…というのはどう見ても『殺人の追憶』。
映画では全カットされたそうですが原作では韓国現代史を絡めてアルツハイマー殺人鬼の半生が語られていたようであるから、これは『オールドボーイ』っぽい。
『オールドボーイ』では十余年にも及ぶチェ・ミンシクの監禁生活に変わりゆく韓国社会の諸相をオーバーラップさせる演出が取られていたが、牽強付会のきらいは自覚の上で言いますが長期の監禁というのも記憶喪失または認知の歪みと意味的に同じなのではないでないか…。

ここらへん、原作も込みで現代韓国人の心情をなにかしら反映していたりするんだろうか。そういえば『殺人者の記憶法』も『オールドボーイ』も前後不覚の主人公が警察のご厄介になる場面から始まるし、『オールドボーイ』の監禁犯人はチェ・ミンシクに過去の罪を思い出せと言う、また娘の存在が物語のキーになるというのも同じだが、そこから先はネタバレの38度線なので超えてはならないだろう…。

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最初はちょっと肩透かしを食らったな。だってアルツハイマー殺人鬼とニューフェイス殺人鬼のバトルでしょ、主人公がアルツハイマー側なんだから虚実入り乱れる曖昧模糊としたなにがなんだか系ノワールみたいなそういうあれかと思ったら違う。アルツハイマー殺人鬼が設定と展開を全部モノローグで説明してくれる。しかも回想映像付き。

アルツハイマー殺人鬼は霧の日にニューフェイス殺人鬼と遭遇する。町では連続少女殺人継続中。直接、殺人を目撃したわけではないが、若い頃に殺し過ぎてレクター博士みたいになったアルツハイマー殺人鬼はこいつは怪しいと睨む。俺と同じ臭いがする。事実、その男はちゃんとニューフェイス殺人鬼なのであった。
実にまったく明瞭な語り口で、逆に心配になったくらいだ映画の骨格がガッシリし過ぎていて。これで本当に大丈夫なのか、アルツハイマーバトルものとして…そのジャンル知らないけど…。

でも杞憂でしたね。杞憂っていうかそういう仕掛けにまんまとハマりましたよガシャンとね。アルツハイマーなりかけの最初の方はアルツハイマー殺人鬼さんも結構意識が澄んでいるからあれこれ観客に説明してくれるが、これが少しずつ壊れてくるし、いやいやそもそもの話として意識が澄んでいる風だったアルツハイマー殺人鬼の語りが信ずるに足るものかどうかがわからない。
ここからはもう出口なしの迷宮。誰が殺したんだか誰が殺されたんだか、どの記憶が現実でどの現実が記憶されているんだか。だいたいあんた殺した殺した言ってるが本当に殺したんですかってなもんです。罪の意識が殺人鬼の過去を作り出しちゃったんじゃないの? 完全、迷宮。

一つ一つの出来事を丁寧に積み重ねていったはずの編集は途中からどんどん崩壊、どこに連れて行かれるのかわからなくてなかなかスリリング。アルツハイマー殺人鬼はどうせ忘れる記憶をICレコーダーに記録しているが、そのこともどんどん忘れてしまうので逆に見てる方としては混乱してくる。あれ記録してなかったっけ? あれ記憶したのいつだっけ?
時系列を整理して画面に映る出来事の真偽をよく考えないといけないから脳力を要す。見ればアルツハイマー予防にもなる(かもしれない)アルツハイマー映画というのが立派。

混迷度は深いが作りはストレートな見せ場の連続なライトコリア。原作とは全然違うとも聞くが、そのへん娯楽映画に振り切った判断なんじゃないですかね。フラッシュバックと大胆な省略を駆使して感情刺激系の画を矢継ぎ早に繋ぐ、ためにアルツハイマーの症状を物語に組み込む。
なんかアルツハイマーに詳しいちゃんとした人に怒られそうな映画な気がしたが、それでいて忘れることと分からなくなることの苦痛の裏側に救いを見出そうとする生の哀歓を忍ばせていたりするから滋味が深い。

『オールド・ボーイ』で歯を抜かれる人だったオ・ダルスの人情警察署長っぷりとそれから、新進殺人鬼キム・ナムギルが獲物を追うときの挙動が印象的。あれこわい。

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同僚殺しちゃったから良心の呵責に苛まれて眠れないし白夜だから更に眠れないし眠れないから現実と非現実の境が壊れていくし境が壊れたら奇妙に罪の意識から解放されていくし、ていう北欧映画をクリストファー・ノーランが忘却サスペンス『メメント』の次ぐらいにリメイクするんだからこの時期のノーランの立ち位置というものがよくわかる。ずっと後で『ダンケルク』撮るとか想像不可。

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