中国ノワール『迫り来る嵐』圧倒された感想

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去年の今頃は激辛ノワール西部劇『ブリムストーン』がやっていたからノワールは年始に持ってこいの業界不文律でもあるのかしら(と去年も書いた気がする)
去年の映画といえばアンドレイ・ズビャギンツェフの『ラブレス』というのもあったが、『迫り来る嵐』、映像のトーンはあれに近かった。
この退廃的で生気を欠いた絵面。既にお墓に入って久しい絶滅ジャンル社会主義リアリズムに代わって社会主義的ノワールと呼びたい。

どしーんと重い雲、朦々とした霧、滝のような雨の3パターンしか天気バリエーションがないそれ人が住んでいいところなんだろうか的な湖南省の僻地。
そこにおっ建てられたスーパー巨大精錬所が映画のメイン舞台で、精錬所で働く警備員のユィ(光の加減で宮台真司にトランスフォーム)視点で主観的に物語が進行するから地理的状況が把握しにくいが、最後の方で少しだけ出てくる工場周辺の遠景ショットに荒野に屹立するマンモス団地が見える。

なんもない未開拓地が新しい産業拠点になって地方の農民とかが集まってきたような感じか。
時代設定は1997年。例によって中国現代史知識ほぼゼロであるからその時代が何を意味するかよくわかっていないが、まぁ映画を見る限りでは香港返還も間近に控え、工員たちも自分たちの仕事と将来に希望を持っていた時代らしい。

らしい、というのはユィさんなんかは工員表彰(優秀工員に選ばれると工員みんなの前で工場の偉い人に褒めてもらえる)が生きる糧ぐらいなモーレツ社員なのだったが、他の工員はどうもそうではなかった。
ユィさん工場に友達いないから他の工員がどう思っているかあまりハッキリ描かれないのですが、ズビャギンツェフ的な重々ムードからするとつつましやかな希望の一方で将来に対する漠然とした不安、破局の予感というのもまた誰もが抱えているように見える。

工場の周辺で相次ぐ若い女ばかりを狙った同手口の猟奇的な殺人事件に、モーレツ工員のユィさんは何かを見てしまう。
何を見たかは知らないが、ともかくユィさんにはそれを解決すればご褒美にハッピーな将来が約束されるように感じられた。

役に立たない警察に代わって犯人を挙げればこの忌まわしい雲も霧も雨も晴れるに違いない。
かくして名探偵ユィ(と、工員たちからバカにされている)は猟奇殺人事件に取り憑かれていくのだった。まぁコナン省ですしね。

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来たるべき新時代への不安と時代の終わりの閉塞感を猟奇的な連続殺人に託した雨量特盛りのジメジメミステリーとくれば世紀末クラシック『セブン』は連想不可避ですが、やっぱ影響大きいのは『殺人の追憶』でしょう。
監督はインスピレーション源に『めまい』と『カンバセーション…盗聴…』を挙げているが、それも確かに言われれば腑に落ちるところはあるが、ストーリーの構成とか背景はかなり『殺人の追憶』入ってる感じ。

これは意図的に言ってないんじゃないかと邪推してしまうな。パクリとかそういうことじゃなくて『殺人の追憶』の持つリベラルな文脈と表向きあんまり紐付けて欲しくないんじゃないかみたいな。中国映画は検閲あるから。
映画の最後、あまりにも唐突でなんのこっちゃみたいなテロップが出るんです。なにかを仄めかしているようではあるんですが、物語の主軸になってる連続猟奇殺人事件とは全然関係があるように思えない。

でも『殺人の追憶』を補助線としてこの場面を見るとなんとなく素直に了解できるところがあって、映画全体を表面だけなぞると暗い時代の終わりと光の溢れる新たな時代の始まりを対照的に描いているように見えなくもないんですが、最後のテロップはその両者が本質的に違ったところがなくて、『殺人の追憶』みたいにあの頃と今頃が地続きになっていることを暗示するわけです。

俺が中国共産党の検閲官だったらうわめっちゃ体制批判じゃん絶対ダメだよやめてよそういうのーって言って最後のテロップだけでもカットさせると思うんですが、これ通るっていうのはこんぐらいは検閲的にOKなんすかね。
それとも検閲官が無能だったのか。まあ芸術的に無能な人間じゃないと検閲なんかできないだろうからそれはそれで理にかなっているな…。

そんなことはどうでもいいんだ。ついついズビャギンツェフを引き合いに出してしまいたくなるどんより系の映像美は圧巻で、ズビャギンツェフの映画はスクリーンいっぱいに広がる巨大建築物や廃墟群、不毛の大地で個人の無力を気持ちよいぐらいに痛感させてくれたりするが、『迫り来る嵐』も、連続猟奇殺人も名探偵ユィの必死の捜査もお構いなしに稼働し続ける怪物じみた巨大精錬所(貨物列車群を含む)が最高の一言。そこに蠢くレインコートのフードで顔を覆った匿名の工員の群れも素晴らしい。

それはまた中国という国そのもののメタファーにも見え、いややっぱこれ俺が検閲官だったら(中略)監督の人は相当な映画好きっぽく、無理矢理悪く言えばどこを取ってもどこか別の映画で見た場面ばかりなのだったが、そこに現代中国の空気が吹き込まれて、あるいは現代中国の制約の中で格闘する映画マニアのフラストレーションのようなものが吹き込まれて一種異様な迫力と詩情を帯びている、そういう映画が『迫り来る嵐』だったとおもいます。

ネタバレ厳禁系ムービーのためそれ以上は口外不可。

※2019/1/8:多少加筆しました。

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