さまよい映画『家へ帰ろう』感想文

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《推定睡眠時間:20分》

以下の感想では公式のあらすじに書いてある程度のことしかストーリーには触れていないが、俺の感覚ではその公式あらすじにかなりネタバレが入っているので、興味はあるけどまだ映画を見ていない人がたまたまこのページを開いたのならさっさと閉じて公式サイトなんかもチェックせずにそのまま映画館に行った方がたぶん映画を楽しめる。そのへん、ご了承。

さて映画の冒頭、主人公の爺アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)が老人ホームの連中に自慢するから家族写真撮るっつって小学生ぐらいの孫娘に声をかけると新型iPhone買うから1000ドルくれとか抜かす。くれたら写真に入ってやってもいい。
なに言ってやがんだ可愛くない孫だな、じゃあ200ドル。んーん、1000ドル。そんなに出せるわけないだろ! 400ドル! 孫、沈黙。…わかったよ、800ドルだ、これ以上は出せないからな!

ここで孫が折れると、爺にんまり。バカめ! 粘っていれば1000ドル出したものを! 200ドル損をしたな!
だが孫の方も負けじとニンマリで返す。バカはおじいちゃんだね。だってiPhoneは600ドルだもん。200ドル損したね!
どういう家族なんだお前らは、と呆れながら笑っていると、爺もっとニンマリして孫に顔を近づける。それでこそ俺の孫だ! 素晴らしい! 改めて、どんな家族だ。

その秘密はまもなく明かされるのであった。爺、先の大戦前はポーランドに住んでいたホロコーストの生き残りユダヤ人。
戦後にアルゼンチンに移住してからはなにをするにもユダヤ・コミュニティを介して事を行い、それ以外の人間とは金のやりとり以外で関わろうとしない。
常に周囲に目を光らせて、家族と話すときでさえ決して本心を明かさずにコンゲームにしてしまう。信じられるのは金だけだ。

ホロコーストで職も金も友も住む場所さえ失った爺はそのようにして異国アルゼンチンに自分の居場所を手に入れたというわけでー、なんか笑っちゃってましたけど冒頭の爺孫化かし合いはその苛烈な個人史を仄めかす存外悲痛なものなんであった。
そのへんは公式が映画のあらすじとしてネタバレしちゃってるのでまぁいいだろうと思って書いてしまったが、実はこの映画、そのことが爺の偏屈旅の中で次第に明らかになっていくというミステリーのタッチを織り込んでいた。

まったく野暮な公式だ。でもそうしなけりゃあ売りにくいというのもわからなくもない。口の減らない偏屈爺のしなびた老途ムービーなんてそんな見たがらないでしょうみんな…みんなって誰か知りませんが…。
とはいえ。俺は無情報状態で劇場に突撃したので爺の来歴が明かされていく下りを素直な驚きを持って見ることができたが、これそういう映画だと知って見てたらまたちょっと印象変わってただろうな。俺は知らないで見に行って良かったと思いましたよ、うん。

もうすっかり身体中ガタがきてるミゲル・アンヘル・ソラ、その動作のひとつひとつが過去の痛みとアウトサイダーの孤独を感じさせて感動的だった。
憎々しい笑顔の裏側には生きることへの(または生きてしまったことへの)憎悪と悲嘆がへばりついてる。
行く先々で不意に訪れる眠りは死の前触れ。自らの死を意識した爺はその最後の旅の中で憎悪と悲嘆を解放していく。で、それと一緒にひた隠しにしてきた「家」を、自分が最後に眠るべき場所を、爺はパンドラの箱のように見つけ出すのだ。

ホロコーストのサバイバー、今どれぐらいいるんだかわかりませんが、早いとこ作っとかないと生存者いなくなっちゃうんでこういうのは良い映画。
それを差っ引いても単純に面白かったすよ、硬質な物語を爺婆どもの身体がユーモラスに感傷的に柔らかくしていて、ちょっとだけダニエル・シュミットの『季節のはざまで』みたいだったりしてね。

【ママー!これ買ってー!】


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ホロコーストサバイバーの苦悩を描いた古典といえば巨匠シドニー・ルメットの『質屋』。アブラハムのキャラクターもこの映画に多くを負っているんじゃないかというところ。

500
さるこ

こんにちは。
たどり着いたのだ、何も言うまい、とにかく今は泣かせてくれ、と、一緒に泣いてました。
確かに、ホロコーストものをこういう風に描く方法もあるのだな、と。
ところで、仲違いした娘さんの腕にも、父上と同じような識別の彫り物があったような…勘違いかな?

さるこ