ジジィの説教よりもゾンビ見せろ映画『28年後…』感想文

《推定睡眠時間:20分》

『羊たちの沈黙』に端を発するサイコホラーが欧米ホラー映画界を席巻した1990年代には1980年代にあれほど乱造されたゾンビ映画は壊滅状態に陥ってしまいインディーズのマニアたちが細々と作り続けるジャンルになってしまった。かくして第二次ゾンビ映画ブーム終了(第一次は『ホワイト・ゾンビ』公開後の数年)、始まるときは華々しいが終わるときはあっけないものだなとおそらく全世界のホラー映画ファンがゾンビ映画をあの頃の思い出箱にしまいこもうとしていたところ、2002年、大ヒットゲームを実写映画化した『バイオハザード』公開、更には同年ダッシュゾンビ業界に革新をもたらした『28日後…』が公開され、いずれもたいそうな好評となって誰もが予想しなかったに違いない第三次ゾンビ映画ブームが到来、ゾンビ映画でできることの大半をやり尽くしてしまったと思われるゾンビドラマの決定版『ウォーキング・デッド』を生み出すに至るのであった…というのがゾンビ映画学概論の授業でみんなが習うゾンビ映画史の定説である。

あれから23年。月日が経つのは早いもの、今や第三次ゾンビ映画ブームも立派な歴史の1ページということで、その火付け役となった『28日後…』の監督であるところのダニー・ボイル68歳、脚本のアレックス・ガーランド55歳とふたりともすっかり歳をとりました。人間は歳を取るとなぜか若造にイイ話をしたくなります。イイ話をしたくなるんです。理由はわかりませんが世の中そういうものだ。そんなわけで2002年の『28日後…』から23年、スタッフ・キャストを一新した2007年の前作『28週後…』から18年という微妙なタイミングで再びダニー・ボイル&アレックス・ガーランドを監督と脚本に迎えてリブートされた『28〇〇後…』シリーズ最新作は、ゾンビホラーっていうかポストアポカリプスなイギリス辺境の野山を冒険して色んな人やゾンビと出会いながら成長する少年のジュブナイル風ロードムービーとなっておりました。最後の方はなんかガイコツで自主アート作ってる変なオッサンが少年にイイ話して感動作みたいな空気になる。

ぶっちゃけ面白くないがこれが『28日後…』の続編ならまぁわかる。わかるっていうか納得する。『28日後…』もポストアポカリプス入りたての世界を色んな人と出会いながら旅して最終的にイイ話みたいになってたからな。それから28年経ってもはや文明もクソもない世界を当たり前のものとして生き残った少数の人々は暮らしてるわけだが、その世界でもやはり冒険があり人と人の交流がありそしてイイ話があるわけである。面白いかどうかはともかく時代が変わっても変わらぬ人間の姿みたいな感じで物語として筋が通ってる感じはある。

しかし問題は『28週後…』という前作があり、しかもこれがゾンビ映画の傑作ということだった。おそろしいゾンビウイルス禍もようやく終息しそうだなよかったなと人々が街に戻って社会を再建せんと頑張っているところを再びゾンビウイルスが襲い、人間の善意や愛や使命感といった本来であればポジティブに機能しそうなものが全部裏目に出て人と人がひたすら殺し合う羽目になり、今度はもう完膚なきまでにイギリス王国崩壊、更にゾンビウイルスはドーバー海峡を渡ってフランスに伝播しどうやら世界中がゾンビウイルスで終わってしまったようだ、と予感させて何の救いもなく観客を絶望のどん底に突き落として映画は終わる。すばらしい。たいへんにブラボーである。

俺はこの『28週後…』が大好きなのだがどうやら脚本のアレックス・ガーランドはそうではなかったようで、なんと今回の『28年後…』は冒頭に出るテロップで「欧州はウイルスを駆逐したが英国は崩壊し隔離された」と前作『28週後…』をあまりにもあっけなくぜんぜん無かったことにしてしまうのであった。ズコー。前作を無かったことにするにしてもプロの脚本家ならもう少しスマートなやり方があるのではないだろうかと思うし、この「英国は崩壊し隔離された」が展開にほとんど絡んでこないのもどうなのかと思う。なんかあるだろう普通ほら、隔離されて人が近づかないからギャングがこっそりそこで悪いことしてるとか、そこに遭難した大物政治家を24時間以内に救出するとか…でもそういう設定の妙みたいなのは皆無なので、昔からジャンル映画のあるあるをツギハギするだけの大味脚本家だったがガーランドは相変わらず芸が無い。若造が荒廃世界を旅しながら成長していくプロットもこないだの『シビル・ウォー アメリカ最後の日』とだいたい同じだしな。

『28週後…』は情無用のシナリオだけでなく監督ファン・カルロス・フレナディージョのパワフルな演出も見事だったが、今回は少年の冒険成長物語となっているためかダニー・ボイルの演出は淡泊なもので、牧歌的なシーンが多く『28日後…』にあったドライブ感や恐怖感はもはや無い。しかも低予算ながらがんばってロンドンでロケをして無人の都市の風景で世界の終わりをどどんと見せつけた『28日後…』に対してこの『28年後…』はどっかの野山が舞台である。野山ってあんた。いやそれはせめて28年の歳月で廃墟化したロンドンを見せてくれよ。なんなんだ。なんなんだ全体的に! わざと面白くなくしているのか?

28年の間にゾンビの野生化と世代交代が進んでみんな服とか着ずに全裸でウガウガやってる絵面は悪くないが(チンチンぶらぶらである)こうなるとなんだか単なる原始人のようで人間が人間ではなくなることの恐怖とかはそこから感じられない。となればこれはもう前作前々作に比してあらゆる面でスケールダウンしていると言わざるを得ないわけで、20年とかの月日がもたらす加齢効果はゾンビよりもおそろしかった。発想や演出のキレは失われて単なるルーチンとリサイクルに取って代わり、もうボイルもガーランドも業界内で立派な地位を築いてしまっているから面白い映画を作って一発当ててやろうぜ的な野心もない。その代わりイイ話成分が無駄に増量。人間は歳を取ると若造にイイ話をしたくなるものなのだ。が、若造からしたら残念なことにその渾身のイイ話はまるで心に響かない…なぜなら年寄りはみんな同じようなイイ話をするから!

似た設定の映画だったら殺人ウイルスの蔓延によってイギリスがイングランドとスコットランドに分断され隔離されたスコットランドで中世の伝統が復活する一方で人喰いパンクス族も勃興し勢力争いを繰り広げていたというニール・マーシャルのオタクギンギンフルスロットル映画『ドゥームズデイ』がカーチェイスもソードバトルも人喰いパーティも80年代ロックもヒャッハーもたくさんあって超面白かったのだからボイルとガーランドはこれを観て出直してもらいたいと思う。

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