《推定睡眠時間:45分》
孤独な子どもは宇宙に救いを求めるというのは『未知との遭遇』(この主人公は大人だが心は子どものままなのだ)とか『エクスプロラーズ』とか『エクストロ』とかアメリカ映画で繰り返し描かれてきたことだがその最新版がこれ、という以外に書くことがないぐらい半端ないいつものアレ感である。いや、別に悪い映画とは思わないんだけれどもこれというポイントがあまりにも無いウェルメイド極まれりの映画というか。ディズニー・ピクサーの映画だが、個人的にはディズニー映画には王道を、ピクサー映画には前衛を求めているので、ディズニー映画として観れば悪くない映画だけど、ピクサー映画としては…という感じすかね。まぁぶっちゃけ今のピクサー映画に前衛性を期待するのは筋違いというのは『マイ・エレメント』あたりで理解すべきことではあるが。
でまぁどういうお話かと言いますと宇宙デプリの監視という地味だが重要な仕事(デプリの軌道計算を誤れば宇宙ステーションに穴が開くかもしれないのだ)をしている女の人が死んだ姉だか妹だかの小学生ぐらいの息子を引き取って育てているのだな。しかしこの二人なかなか意思疎通ができず、主人公にあたるこの少年は叔母さんとのコミュニケーションそっちのけで宇宙人とコンタクトを取ろうと怪しげなマシンを作ったりしているので、叔母さんとしてはこいつ大丈夫かと心配になってしまう。
とそんなところにボイジャーがおよそ50年前に深宇宙に向けて発した友好メッセージの回答が来てしまい、ひょんなことから主人公それに応答。そんなわけでいろんな種類の宇宙人を乗せた『ヴァレリアン』みたいなビッグ宇宙船が地球に人知れずやってきて主人公は人類代表と誤解されてアブダクションされてしまうのであった。さいわいにも宇宙船内には友好的な宇宙人ばかりで主人公も国賓待遇だし超楽しい。相性の悪い叔母さんといじめっ子ぐらいしかいない地球に比べてここは天国ではないか! だが天国危うし、やたら好戦的な種族の宇宙人が自分を仲間に入れないからとこの宇宙船宇宙号に宣戦布告、なんとなく流れで主人公は戦争回避のための交渉役を引き受けることになる。果たして主人公と宇宙船の運命やいかに。そこから先は寝ているのでよくわかりませんがディズピク映画なので平和に終わることは間違いありません。
まぁとにかくありがちな映画である。ストーリーもキャラ造型も教育的メッセージもそうだし宇宙人デザインも美意識とか哲学の感じられない凡庸なもので、Netflixでなんも宣伝されないで配信されてる配信オンリーのキッズ向けアニメのようだが、これが劇場公開されたというのはディズニー・ピクサーのブランド力ゆえだろうか。とにかくどこかで見た、どこかで見た、どこかで見たの連続。上映尺は短くまとまりは悪くないし気軽に楽しむにはイイ映画だとしても、名門ピクサーならもう少し才気が欲しいと思ってしまうのは、今となってはもはやわがままなのだろうか。
とにかくそんな感じだ。もう本当に言いたいことがない。
自分が行った回では子供の笑い声が聞こえてくる場面もありましたし、上映後もキャラクターの真似なんかしてたのでターゲット層には届いてるんだとは思います。ただなんでしょうね見た後の”この何も残らない感”は‥
こういった王道の展開、ストーリーをやること自体は悪いことではないですし面白くはあったのですが「別にディズニー・ピクサー作品でやらなくてもいいんじゃない?」とは思っちゃったんですよね、多分ドリームワークスのビデオスルー作品でこういう作品全然ありそうですし。こういうのやるならもっと挑戦した奴が見たかったなと…
まぁその辺は来年公開のビーバーの奴に期待ですかね(邦題がちょっとダサいですが)