《推定睡眠時間:0分》
かつて「俺の映画はレイトショーで観ても終電が無くならないように90分以内にしてるんだよ」と語った日本でもっとも終電に配慮する映画監督・河崎実だが、近年はキッズも一緒に楽しめるファミリー向けバカ映画が増えたのでレイトショーに回される機会が少なくなり、この『怪獣天国』も俺の行った映画館ではお昼の回一回の上映。昔の河崎映画は深夜番組的なノリが楽しかったが時代が変われば監督も変わる、そして観客も変わるというわけでなんと今回は客席に女児連れのファミリー客がいた。まだ乳歯も抜けきっていない女児に河崎実を観せて育てるとは英才教育なのか情操虐待なのかわからないが、グッと来る光景ではある。
女児も飛びつく(かどうかは定かではない)『怪獣天国』は一応そういうタイトルだし怪獣映画ではあるが、たとえば再評価著しい『ガメラ2 レギオン襲来』とか『シン・ゴジラ』とか最近の主流派であるリアル路線の怪獣映画とはまったく違う。主人公は浅草の中古レコード屋のオーナー、その小学生の息子は怪獣が実在すると信じているので同級生からバカにされているのだが、いろいろあって怪獣なんか実在しないんだ……とこの息子が落胆していたところに人間サイズの語尾が「トラー」の喋る着ぐるみ怪獣マミトラーが出現、居場所がなさそうで困っているようだったので息子の懇願もあり主人公はマミトラーを家に居候させてやる……とそんなあらすじからわかるように完全に子供映画だしあと藤子不二雄。
河崎実にとって怪獣とか特撮というのはあくまでも子供のためのものであって、子供が見られないようなシリアスだったり残酷だったりするものはなんか違うやつなのだ。だからこの映画もそういうところはまったくなく、下町浅草を舞台にほっこり・人情・ドタバタといった感じの実に映倫の手のかからない作り。面白いか面白くないかでいったらわりと面白くないと先走って正直に言ってしまうが、子供観客のために作るという怪獣・特撮の原点を維持し続けようとする姿勢にはちょっとだけ泣かされてしまう。ほぼ面白くないのに河崎実映画が毎回クラファンでの資金調達にある程度成功しているのはこうした怪獣・特撮に対する河崎実の姿勢が一部の怪獣・特撮マニアの共感を呼んでいるためではないだろうか。俺も昭和ガメラとか『ガメラ 小さき勇者たち』とか好きなのでちょっとそっち寄りである。
子供には一切わからない中高年オタクの昭和レコードうんちくネタが多すぎるとはいえ子供向けの特撮映画として観れば、あくまでも人間サイズの着ぐるみ怪獣ながら怪獣がとりあえずたくさん出てくるし怪獣の歌も流れるのでそれだけでオッケーな気がしてくる(ちなみにこのたくさんの怪獣は半分ぐらい『松島トモ子 サメ遊戯』とか『超伝合体ゴッドヒコザ』とか河崎実の過去作で使われた着ぐるみの流用なので予算節約とマニアの内輪ウケを兼ねており低予算映画作りが上手いなぁ~と変に関心させられる)。でもその怪獣たちがほぼ全然怪獣っぽいことをしないのでそこはもう少しがんばれよとも思う。なんなんだラストのあの心躍らないバトルは。マミトラーも特殊能力の瞬間移動を全然活用しないし。演出もアレだが子供向けだからといってシナリオが面白くないのはダメじゃないすかね。子供の喜びそうなものを節操なくひたすらシナリオに詰め込んで怪獣のキャラをわかりやすく立てまくった昭和ガメラの『宇宙怪獣バイラス』とか『大悪獣ギロン』とか今更かもしれないが見習ってほしい。
そこらへんの難点は空気感で誤魔化している観もあり、空気の面では特撮とか怪獣というより藤子不二雄ワールド、異世界から来た変なともだちが少年の家に居候して近所で騒動を起こす例のあれである。居候怪獣のマミトラーが大食いというのは明らかに『オバQ』だし近所のどら焼き屋の娘はジャイアンとしずかちゃんのミックス的ポジション、料亭で下働きするメキシコ怪獣テラインコグニタは愛称がテラさんときた。何のことかわからない人は藤子不二雄Aの代表作『まんが道』を読もう、である。
そんなに面白くないとはいえ着ぐるみ怪獣をたくさん出されて藤子不二雄まんがのムードでやられたらつまらないと切り捨てることはできない。なんだかオタクの弱みを握られているようでフェアじゃないような気もするのだが、まぁいいか、たまにはこういうぬる~い映画もそれはそれで解毒のために観たくなったりするものです。