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およそ十年前にディズニーの3DCG疑似実写版の『ライオンキング』を映画館で観た俺はそれはもう猛っていたのだが、なぜにと言えばその当時はオリジナルのセルアニメ版『ライオンキング』を観ていなかったのでこれがシェイクスピア的な劇を子供向けにどうぶつに置き換えてやっている『わんわん忠臣蔵』みたいな映画であるとわからず、映像が超リアルなのもありストレートにどうぶつ映画として観てしまったので、テメェこんな人間向けに都合良く改造されたどうぶつ界があってたまるか! サークル・オブ・ライフじゃねぇんだわ! どうぶつ界は食って食われてのお互い様! それがサークル・オブ・ライフの意味するものなんだからサークル・オブ・ライフを歌っておいてライオンがヴィーガンとして成長し他のサバンナどうぶつを捕食しないとかあり得ないだろうが!
どうぶつには消化できるものとできないものがあるし代謝だってどうぶつによって違うんだよ! そのどうぶつ的現実を主人公が他のかわいい動物を食べる姿をお子様に見せたくないみたいなあまりにも人間都合すぎる理由でねじ曲げるとかどうぶつに対して不誠実にも程があるしだいたい教育上よくないでしょうが! この映画を真に受けたお子様がライオンの子供をヴィーガンに育てようとした結果ライオンの子供が餓死したらどう責任を取るというのかいやないねそんな状況はほぼないことはわかっているけれどもいや状況があるとかないとかそういう問題じゃないだろうが!!! ……とまぁそんな具合なのであった。
だからこのピクサー最新作『私がビーバーになる時』を観たら感動してしまったね。どうぶつ、他のどうぶつをカジュアルに殺す! カジュアルに食う! カジュアルに罪悪感などなし! スバラシイ。『ライオンキング』はどうぶつ界を人間様に都合良く改造していたがこの映画はそんなことはせず、というかむしろ逆にどうぶつ愛が過ぎるあまりどうぶつの捕食行為を残酷じゃないか的な感じで非難する主人公をビーバーの王様が食って食われてお互い様がどうぶつだからね~とやんわりたしなめたりするほどで、人間の都合を排したそのどうぶつ観は『ライオンキング』に典型的なディズニーのどうぶつアニメに対するアンチテーゼの如しである。
あるいはもっと広く西洋のどうぶつ観に対する、かもしれない。フランスのどうぶつドキュメンタリー『皇帝ペンギン』はペンギン親子に人間のナレーションを付けていて結構イヤだったのだが、どうぶつも人間と同じように考え人間と同じものを求めるんだという傲慢な人間至上主義は西洋の博愛家の陥りがちな罠である。なにせこの映画の主人公は日系アメリカ人のタナカさんということで西洋の人間至上主義的どうぶつ観に東洋から物申すの意図はあったと見る方が自然だろう。西洋の一神教的人間至上主義に東洋の多神教・アニミズムに根ざした自然尊重とホーリズム(全体論)を対置するという西洋文明批評の手法はいささか古めかしい気もしないでもないが、その点は都合よく無視してしまいたい。
さてピクサー版『平成狸合戦ぽんぽこ』の異名を取るこの映画はどうぶつ大好き大学生のタナカさんがビーバーになるやつである。タナカさんはどうぶつ大好きなのでどうぶつの住処を壊す道路建造計画に大反対、大学もろくに行かず日夜たった一人で工事の妨害に心血を注いでいる環境ウォーリアーであったが、そんなある日のこと妙に人間くさいビーバーを目撃、後を着けてみると実は……とまぁそこからうんたらかんたらドッタンバッタンあるわけである。
詳細は省くがもしかすると監督のダニエル・チョンか脚本のジェシー・アンドリューズは子供の頃にアニメ版『ポケットモンスター』を観ていたのかもしれない。アニポケのファーストシーズン(とゲームの一作目)に出てくるのとよく似たアイデアというか装置が出てくるし、首藤剛志が世界観を構築した初期のアニポケはポケモンをマスコットとして扱いがちな今のポケモンコンテンツとは異なりポケモンをどうぶつとして描いていて、人間とポケモン=自然の関係性を問うあんがい厳しめなエピソードも少なくなかったからだ……が、そんなことはまぁいいとして!
超おもしろかった! いやこれはピクサー本当に久々の会心作だね。自然保護のための抗議活動があれよあれよと予測不能な大騒動に転がっていくスラップスティックなストーリーには大笑いしたし、カーチェイスなんかダニエル・クレイグ版の007よりもテンション上がる、ブラックだったりシュールだったりするちょっとオトナめギャグも切れ味鋭くサイコーだし、それにだいたい怒りと独善の吹き荒れる不寛容で分断された世界に対する処方箋として実にこれは立派なものではないか。しかも、このしかもがかなり重要なところだが、ビーバーのキャラデザインがバカかわいい。なにあの目玉~なんなの~! 思い出すだけでキューンとなりつつ笑ってしまう。
こんな風にエモではなく思慮を感じさせる新作アメリカ映画を観たのはいったいいつぶりだろうか。よりエモいものが正義であり真実であるという今の風潮にあってこういう一歩引いた大人の視点を感じさせる映画というのは実に貴重なのではあるまいか。社会派なテーマを扱っていても決して深刻にならず決してウェットにもならず笑いとドタバタでくるんでサラリと大事なことを言うというのは、真面目な顔つきで真面目なことを言うよりもずっと難しいことなんである。
ディズニーに買収される前のピクサーはユーモアとアクションと人間や社会に対する深い洞察を非常に高い水準でミックスしていたのにディズニー買収後はあくまでも俺判定でどんどんレベルが落ちていったものだからもうダメだな草食獣ピクサーは肉食獣ディズニーに食われたわけだよこれも自然の摂理かもしれませんねなんて諦めていたのにいきなりこんな傑作を出してくる。困った困った、ピクサーに何があったのか知らないがこんな映画を作られたらピクサーの新作をこれからも見限らずに観続けないといけないじゃないか!