【だいたい網羅】奇才テリー・ギリアム闘争史!(その1)

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つい先日もせっかくインタビューに来てくれた記者の人に喧嘩を売って待望の最新作『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の内容にほとんど触れないガチギレ映画記事を出されてしまった武闘派映画監督テリー・ギリアム!

普通に喋って映画の宣伝をしてもらえばいいのに、いったいなにがギリアム監督をそうさせるんでしょう! 気になりますよね! 今日もどこかで人々の顰蹙を買っているギリアム監督の出身、学歴、宗教、陰湿な悪口、粘性のトラブル、偏執的かつ分裂的な性格などをまとめてみました! うるせぇくたばれトレブロ構文!

〈前置き〉ギリアム先生は勘違いされている

しょうがないんだよギリアム先生は自分を抑制することができないんだよ。これが面白いと思ったらやってみずにはいられない。相手が誰でも関係なし。たとえば、これはギリアム先生のインタビュー形式の自伝『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』に載っているエピソードですが、熱心なクリスチャンでかつ校内パトロールのリーダーだった真面目の権化なジュニア・ハイスクール時代、ギリアム先生は廊下を全速力でこちらに向かって走ってくる生徒を目撃した。ギリアム先生の隣には友達が一人。その時、ギリアム先生は思いついてしまった。その友達を走ってくる生徒の前に突き飛ばしたらどうなるんだろう?

…どうなるんだろうじゃないだろう! 怪我をするに決まっているだろ! だがギリアム先生は思ったことを我慢できないから気がつけば手が既に実行に移していて、自分でもなんでそんなことをしたんだろうとショックを受けつつ校長先生に叱られることになる。これに類するものとして森でばかり遊んでいた幼少期のギリアム先生がツリーハウスに仕掛けたおそろしい悪戯のエピソードがある。どのようなものかといえば扉の横に針を仕込んだコルクを取り付け、ギリアム先生はそこに「押すな!」と書いた張り紙を貼った。どうなったか。近所のキッズがツリーハウス登る。勢いに任せてコルク叩きつける。手に針ぶっ刺さる。木から落ちる。

…最悪死ぬだろ! どうかしてるよ! そうなんですギリアム先生どうかしてるんです。笑える感じのどうかしてるじゃなくて笑えないレベルでどうかしてるんです。コメディ界のビートルズ、すべてを笑い飛ばしお笑いに革命をもたらした、かのモンティ・パイソンにおいても一番の過激派はギリアム先生。ギリアム先生はスケッチ(コント)を書くことこそなかったが、その陽性の破壊衝動とアマチュアイズムが爆発した(そのせいで二度ほどBBCの自主検閲に引っかかった)エログロナンセンス切り貼りアニメが既にプロの喜劇作家・役者として活躍していた他のパイソンズ――ジョン・クリーズ、テリー・ジョーンズ、グレアム・チャップマン、マイケル・ペイリン、エリック・アイドル――に何でもありの突破口を開くことなった。

たぶん、おもうに、みなさんは、いやみなさんかどうかはわかりませんが俺の予想では結構な人が、ギリアム先生を勘違いしている。『ブレードランナー』と並ぶ奇想未来SFの傑作『未来世紀ブラジル』や、現実と妄想の交錯する世紀末を巧みなストーリーテリングと鮮烈なイメージで描いた『12モンキーズ』を世に放った希代のビジュアリスト、たしかにそうですそれはそうです。60年代カウンターカルチャーの薫陶を受けて権力に抗い続ける時代錯誤な反体制闘士、たしかにそうですそれもそうです。しかしギリアム先生は決してそれだけの人ではないのです。

頭に浮かんだ「悪いこと」=表現を我慢できなくて、誰かに表現を無理矢理我慢させられたりする(※これをギリアム先生は「検閲」と呼びます)と何十年経った後でも真偽不明の怪情報を持ち出して口汚くその人を罵り、他人が自分の表現に協力してくれている間は「まるで夫婦」とか「完全に考えが同じ」とか関係の距離感を喪失してしまうのに協力してくれなくなるとあっさり捨てる、むしろ真偽不明の怪情報で叩きだしたりする、思い込みが激しく躁鬱も激しく仕事は続かず同じ事をしていられず同じ場所にいられない、時には全然相手が悪くないのに勝手に逆恨みして粘着し続ける…もうどんどん、どんどんやばい人に思えてくるが! これらすべてひっくるめてギリアム先生なのだから仕方がない。

仕方がないのだが世の中的にはどうも仕方がない人として理解されていなさそうなので! ギリアム先生のその仕方のなさにこそ心惹かれてしまう俺が! 『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』『テリー・ギリアム映像大全』『バトル・オブ・ブラジル 『未来世紀ブラジル』ハリウッドに戦いを挑む』『モンティ・パイソン・スピークス!』『モンティ・パイソン大全』『モンティ・パイソン正伝』を主なネタ元に、その仕方のない、どうしようもない、抑えきれない衝動によりまったく無意味な局地戦を赴く先々で仕掛けざるを得ない、激動の闘争人生っぷりを紹介していこう! どうかこれを読んだみなさんが少しでもギリアム先生を石川力夫みたいな近づいてはいけないタイプの人間だと思ってくれますように!

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〈前哨戦〉アメリカの戦い

その狂戦士イメージに反してギリアム先生は基本的には怒りとか不満をため込んで外には出さないタイプである。プレ・パイソン期の戦いに直接的な戦闘はほとんどない。それは闘争というより逃走で、ギリアム先生が世界との戦い方を知るのはパイソンズに入ってからのことだ。

生まれた直後に豊かな自然に囲まれたミネソタ州ミネアポリス郊外に引っ越したギリアム先生はそこで森とおとぎ話とコミックとラジオとコメディ・ショーとディズニー映画に親しみ、フリーメイソン会員で大工の父からDIY精神と技能を学び、ひたすら漫画を描き、遊び道具を作り、熱心なプロテスタントの両親に倣ってミネソタではルーテル教会、11歳でLAに引っ越してからは長老派教会に通った。

ジュニア・ハイスクールでは校内パトロールのリーダー、ハイスクールでは生徒会長の優等生でチア部の部長、はじめて読んだ本は『名犬ラッシー』で愛読書は聖書、ヘアスタイルはクルーカットでサマー・キャンプには必ず参加する教会の青少年グループの長。あまりにも出来すぎていてギリアム先生の妄想なんじゃないかと疑ってしまうほどのザ・アメリカ人であった。

VS.教会

後年のインタビューでも聖書ほど素晴らしい本はないと熱弁するギリアム先生には真面目に宣教師になろうとしていた時期もあった。それが本人曰く17歳までというから結構長い、以降は教会との関係も切れてしまったらしいがオクシデンタル・カレッジへも長老派教会の奨学金を受けて進学しているので、ギリアム先生の人格形成に教会が果たした役割は大きい。のちにジョン・F・ケネディによって平和部隊(※海外派遣ボランティア)が設立されるとギリアム先生は香港で教会の活動をするために何度も参加申請を出して一度も通らなかったが、それもプロテスタント的な倫理に基づくもので、世界の人々のためになることをすべきだと考えたためらしい。

だが、ギリアム先生の利他主義は平和部隊などというスケールの小さなものではない。宣教師志望時代のギリアム先生は殉教こそ自分の定めと感じていた。自分は神に選ばれた人間で、だからこそメシアにならなければならない、殉教しなければならない。次の発言はエデン追放後の反抗人間ギリアムに慣れ親しんだ我々からすればなかなか衝撃的である。「僕にはものごとの本質を掴む感覚が備わっているから、世界を少しでも浄化し、善行を施したいと思うけど、ユーモアのセンスが常にそういう衝動を摘み取ってしまうんだ」(『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』)

このシリアルキラー的な二律背反。強烈なエゴと制御不能な妄想力は自分でも自覚していたんだろう。ギリアム先生のユーモアは凶悪な独善に陥らないための盾であり、殉教の形で取り付いた死の観念を追い払うための剣であった。
かくしてギリアム先生は神をジョークのネタにすることすら許してくれない教会と次第に距離を置くようになるが、2013年の『ゼロの未来』が死と神についての寓話だったように、神(そして死)の概念は今でもギリアム先生の思想の中核をなしている。だがギリアム先生の信ずる神はユダヤ・キリスト教的な〈嫉妬深い神〉ではない。

後々『空飛ぶモンティ・パイソン』でイエスの磔刑を弄んだアニメを制作してジョン・クリーズとBBCを苛立たせたように、自身も含めてあらゆるものを笑い飛ばすことを許容する懐の深いビッグな神がギリアム先生の神だ。こうなると独自信仰というか、ギリアム・カルト。その信仰の核は紛れもなくプロテスタントでありながらカトリック美術に心酔し、ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲル(父)の世界を映画の中で模倣するギリアム先生にとって、聖書の世界と神の概念はボスやブリューゲルと同じように心奥の創造性や狂気を解き放つための触媒だったんだろう。

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VS.高等教育

教会員たちの信じる小さな神を捨て、オクシデンタル・カレッジに進学したギリアム先生はプラクティカル・ジョーク=度を超した悪ふざけに出会う。その代表的なものとしてギリアム先生が嬉々として語るのは車を解体して寮部屋に持ち込み中で組み立ててエンジンをかけておく、だとか、蝶番を外して状態で鍵をかけたドアと窓の外に吊したベッドをロープで繋いで誰かが部屋の鍵を開けるとベッドに引っ張られたドアが窓を突き破り…たぶん普通に、犯罪。

笑いの禁じられた世界から一気に哄笑の世界へ。こうと決めたら止まらないギリアム先生は学業などそっちのけですっかりそちらに夢中になってしまう。そもそも興味のないものに耐えられないギリアム先生だ。最初は物理を専攻していたがわずか数週間で嫌になって美術を学ぶ。しかし絵を描いたり彫刻を作ったりしたかったギリアム先生は美術史講義に耐えられなかった。最終的に一番必要単位が少なくて楽な政治学をやることになるが、その学部遍歴をもって「非常に幅広くリベラルな教育を受け」たと堂々言ってのけるのだからすごいなと思う。その教育のおかげで後年、パイソンズの面々(主にジョン・クリーズ)から語彙力のなさをバカにされるギリアム先生であった。

VS.賃労働

こうと決めたら止まらないが飽きるのも早いギリアム先生は今度は建築家になろうと考える。一度決めたら行動は早い。LAの有名な(本人曰く)建築事務所にインターンかバイトで入ったが、そこでギリアム先生はデザイナーの素案がクライアントの要望を汲んで修正される光景を目撃する。なんてことだ! 大ショック! いやそれ普通のことだろう。
だがギリアム先生はアーティストとしての建築家になりたかったので大いに落胆、早くも建築家になりたい熱は冷めてしまい、その建築事務所でパワハラとかセクハラとか何か酷い目に遭ったようなことは言ってないのだが「お追従がうまいというのが成功した理由なんだろう」(『モンティ・パイソン正伝』)とか何様目線で貶すのだった。理不尽だなと思う。

シボレーの組み立て工場でのライン作業バイトはギリアム先生の人生を変えた。ギリアム先生はアンモニアでウィンドウを磨く係。ノルマは厳しくギリアム先生はとても追いつけない。夜勤も堪えた。限界を悟ったギリアム先生はラインを流れていく組み立て中の車を追ってみる。ギリアム先生がそこで目にしたのは作業のためにウィンドウにマーカーの付けられた車であった。俺が完璧に磨き上げたウィンドウがまた汚されている! こうしてギリアム先生は工場を去り、二度と金のためになど働かないと誓うのだった。

VS.州軍

オクシデンタル・カレッジを卒業したギリアム先生は風刺雑誌『MAD』で世を席巻していた当時のギリアム先生あこがれの人、ハーヴェイ・カーツマンに手紙を書いてカーツマンの次なるプロジェクト『HELP!』の編集者の職を得る。本人の言を信じるなら失業保険以下の賃金とのことで生活は苦しかったが、あこがれの人の下で自己表現ができてたいへん満足。持ち前のDIY精神を発揮して捨てられたフィルムで映画もどきを撮ったり夜間のフィルムスクールに通ったりもする。後にモンティ・パイソンを結成することになるジョン・クリーズともこの時に知り合った、ギリアム先生のトキワ荘時代である。

だが軍靴の音は容赦なくギリアム先生にも迫る。アメリカのベトナム軍事介入である。宣教師志望時代のギリアム先生ならお国のために前線行きを希望したかもしれないが、この頃ともなるともうまったくそんな気にはなれないでティック・クアン・ドックの焼身自殺をネタにした風刺漫画を『HELP!』に描いたりする始末。どうにかして徴兵を逃れようとギリアム先生は自主的に州軍に入ることにする。少なくともそれで前線行きは免れることができるらしい。

州軍とはいえ軍隊は軍隊、正規軍同様の基礎訓練もある。軍隊が嫌いでなるたけ訓練を避けたかったギリアム先生の武器になったのは持ち前の絵力とどうでもいい方向に強すぎる意志だった。そのおかげで訓練をショートカットできたにも関わらずネチネチと悪意を込めて語る上官の依頼で絵を描いて、親知らずを抜いてもらうために一晩中歯ぎしりをし、訓練を休むために仮病術を覚えた。そっちの方が逆につらいんじゃないかと思えなくもないが、ギリアム先生の場合つらいとかつらくないとかではないのだ。

基礎訓練は終えてもそれでお役御免になるわけでもない。十年間は毎週のミーティングとサマー・キャンプに参加する義務がある。ギリアム先生の戦いは続く。
訓練修了後、カーツマンのはからいでヨーロッパ旅行(ちなみにこの時、ギリアム先生は滞在したイギリスで『博士の異常な愛情』や『オリバー!』が撮影され、『スターウォーズ』のストームトルーパーを制作したシェパートン・スタジオに不法侵入している)に出たギリアム先生はドイツに置かれた情報管理部に編入させられる。

その際に友人の住むギリシャのロードス島在住ということにされてしまうのだが、LAに戻った後もギリアム先生はこれを訂正しようとしなかったため、軍からの手紙の類いはアメリカ国内からドイツへ、ドイツからギリシャへ、ギリシャの友達が更にニューヨークへ手紙を転送し、ニューヨークからLAのギリアム先生へ…というルートを辿ることになった。効果があるのかないのかまったくわからないギリアム先生の抵抗活動である。

最終的にギリアム先生は弁護士を雇って虚偽とまでは言えないがかなり盛ったストーリーを軍部に提出、晴れて名誉除隊となる。その時すでにギリアム先生はアメリカを捨ててイギリスに移住していたのだから、地味にギリアム先生史上に残る長い戦いであった。

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VS.警官

二度のヨーロッパ周遊旅行を通じて知り合ったギリアム先生の当時の恋人グレニス・ロバーツはイギリス人の新聞記者。というわけでギリアム先生もいくつかの取材に同行し、そこで災難に見舞われる。
当時大統領だったリンドン・ジョンソンが滞在するホテルの前で反戦デモが行われた。ギリアム先生曰く参加者はフラワーで武装する平和な人々だったが、警官隊はピリついていたのか容赦なく突撃。車椅子や松葉杖の参加者も例外なく暴力にさらされ、巻き込まれたギリアム先生も長い髪を引っつかまれて殴られてしまう。

義憤と区別できない私憤に駆られたギリアム先生は反警察運動のポスターを制作、本人談だがヒッピー系の店ではこれがよく売られていたらしい。2009年のギリアム先生作『Dr.パルナサスの鏡』には警官が暴力大好きの歌を歌うミュージカル・シーンがあるが、その背景にはおそらくこの時の記憶があるんだろう。デモの模様をLAタイムズが共産主義とアナキストの暴動だと報じたことを「フォレスト・ガンプ的解釈」(『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』)呼ばわりしてLAタイムズを批判しつつロバート・ゼメキスをディスることも忘れない、執念深いギリアム先生である。

VS.レッドネック

アメリカへの幻滅は日増しに強まってくる。グレニスと『スパイナル・タップ』『シンプソンズ』で知られる俳優のハリー・シェアラーと共に出た北米縦断旅行(ギリアム先生は一カ所に留まっていられないのだ)の道中、ワイオミングで遭遇した恐怖体験はその象徴的なものだ。
ギリアム先生たちがカフェに立ち寄ると地元のレッドネックの集団が絡んでくる。長髪ヒッピースタイルのギリアム先生はレッドネックの嘲笑の的。保安官を呼ぶが仲裁はしてくれない。外に出ると更に数を増したレッドネック団に小突き回され、車を走らせてもついてくる。モーテルに戻って部屋にバリケードを築いたというから誇張の可能性は捨てきれないが、なかなか緊迫した状況ではあったらしい。『イージー★ライダー』が公開される二年間、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が公開される一年前のことだった。

VS.ディズニーランド

はじめてヨーロッパに訪れたギリアム先生はその時の印象をこのように語っている。「ヨーロッパはディズニーランドに似ていたけど、もっとリアルで驚きに満ちていた」「ヨーロッパに来て、本物のお城を見たけど、ディズニーランドのお城とどっちがいいかずっと決めかねているよ」(前者は『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』、後者は『テリー・ギリアム映像大全』から)。いい大人の感想とはとても思えないが、いい大人じゃないから問題ないだろう。

良いか悪いかはともかくもう立派な大人にそう言わせてしまうほどディズニーランドとディズニー映画は幼少期のギリアム先生を魅了した。ギリアム先生を映画に開眼させた『白雪姫』やギリアム先生がフェイバリット映画として挙げることもある『ピノキオ』は、前者は『バンデットQ』で、後者は『バロン』でギリアム流にねじくれた形でオマージュが捧げられたぐらいだから筋金入り。55年にLAディズニーランドが開園するとギリアム先生は足繁く通っていたらしい。そこにはギリアム先生が夢想するお城や騎士や魔法の世界がすべてあったのだ。

そのディズニーランドがギリアム先生にアメリカ脱出の決意をさせることとなる。例によってグレニスの取材に同行してLAディズニーランドを訪れたギリアム先生は長髪を理由に入園を断られる(本当にそれだけかどうかは不明だが)。見上げるとそこには侵入者防止のための有刺鉄線。今やギリアム先生にはディズニーランドが強制収容所に見えた。大好きだったものが大嫌いなものになった時のいつもの理不尽な罵詈雑言だが、これでもギリアム先生的には我慢した方である。なぜならそのもっと前からギリアム先生はディズニーランドに落胆させられてきたからだ。

広告を載せ、スポンサーを入れるようになって、幻滅した。オールド・アメリカン・タウンにビーコン・チョコレートのヴァンがあるのは許せても、ファンタジーランドのバンク・オブ・アメリカは一種冒涜だと思ったね。世の中やっていいことと悪いことの区別がきっちりあると感じていたから、六十年代末にさらに商業主義的になっていったときには、とことん幻滅した。
『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』

感動してしまう。ディズニーランドに広告が入ることにこんなにガッカリできる大人が他にいるだろうか。もうディズニーランドは子供の頃のギリアム先生が愛したディズニーランドではなかった。それだけではない。教会に支えられたミネソタ田舎の穏やかなコミュニティもギリアム先生は失ってしまった。ギリアム先生に帰るべきアメリカはもうない。かくしてギリアム先生は『HELP!』時代に知り合ったジョン・クリーズほかを頼ってイギリスへと向かうが、それはピノキオと白雪姫が小人と一緒にたのしく暮らす人工のエデンからの、ギリアム先生の『失楽園』だったんである。

まだ公民権運動が始まる前だったせいもあって、通りで出会う誰もが、黒人であれ白人であれ、信じられないくらいフレンドリーに思えた。誰もが自分の分というものを知っていて、そこからはみ出そうとしなかったからこそだった。多くの人たちにとって、欲求不満を抱えているわけでもなく、ただ静かな生活を求めている人たちにとっては、きっとすごく生きやすい時代だったに違いない。
〔…〕
でも昨今では、アメリカは完全に枠組みのない社会になっている。野心と意欲を持った人たちには、あらゆることが可能だ。だけど、安定した穏やかな生活を求める人には悪夢だよ。そして、文章を書いたり、絵を描いたりする人間、芸術家タイプっていうのは、堅実な生活を求める人たちの基盤を、叩き潰していくもんなんだ。うちの家族でも、枠組みから逃げ出して反抗するのは、いつも僕だった。
『映画作家が自身を語る テリー・ギリアム』

【だいたい網羅】奇才テリー・ギリアム闘争史!(その2)に続く…。

【ママー!これ買ってー!】


小型聖書 – 新共同訳

ギリアムの聖書好きびっくりしませんか。言われてみれば確かに感もありますが。

↓参考にしたもの

テリー・ギリアム―映画作家が自身を語る
テリー・ギリアム映像大全
バトル・オブ・ブラジル「未来世紀ブラジル」
モンティ・パイソン・スピークス!
モンティ・パイソン正伝
モンティ・パイソン大全 (映画秘宝コレクション)

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