極私的2020年映画ベスト10!

映画業界にとっては実に色々あった2020年は単なる観客の俺としても濃密な一年で去年の1月など十年も昔の遠い過去のようだ。いやもうだって、『キャッツ』が公開されたの2020年1月だからね。みんなで無邪気に映画版『キャッツ』を叩いていたあの日々が懐かしい…俺は『キャッツ』かなり面白かった派ですけど! 楽しくて薄っぺらくて英国的諧謔も感じる『ビギナーズ』みたいな映画でいいじゃんねぇ『キャッツ』! まず『ビギナーズ』が面白い映画という前提が一般的ではない可能性もあるが…。

そんなことはいいんだ。まぁとにかくそういうわけでカルロス・ゴール脱出劇とかいうB級ニュースから始まって国内では安倍長期政権が終焉、志村けん逝去、国外では香港で治安維持法適用可決、アメリカ大統領選の大混乱とバイデン政権誕生、英国がEUからついに正式離脱、アンソニー・ウォンは台湾に亡命、トム・クルーズは撮影クルーにキレ散らかす音声が流出…などなどを経て感染力が従来型よりも強いと見られる新型コロナ変異種が確認されると共に先進各国でワクチン接種が開始されて終わった激動の2020年、おもしろかった映画ベスト10。

なお激動の年であるから「2020年の映画として」おもしろかったかどうかを一応の選出テーマにしているというか、これは今年観たから超面白かったけど他の年だったらあんまそうは感じてないのかもなーみたいな作品チョイスになってますんで、そのへんわかってくれ。

※タイトルのハイパーリンクは映画館で観たときの感想文です

楽しかったベスト『ソニック・ザ・ムービー』

本当に楽しくてソニックも可愛くて俺としては珍しく吹き替えと字幕で2回観に行ったしパンフレットもピンバッジも買ってしまった。興行収入は振るわなかったらしいがそんな殺生な~って思うよね~。単純なストーリーと単純なキャラクターと単純な悪役と単純なアクション! サイコーではないですか。しかも可愛いまで上乗せされているわけだから。

ジム・キャリーのドクター・エッグマンなりきりっぷりやカーチェイスの場面の(原作ゲームの)ボス戦感も半端なくゲームの実写映画化として完成度は相当高い。ウェルメイドとも言えるが、原作ゲームの持ち味を可能な限り損ねずに違和感のない形で翻案しているのだから、この場合のウェルメイドはむしろ褒め言葉だろう。原作オマージュのドット絵風エンドロールもたのしかった。

クソ笑ったベスト『ザ・ルーム』

刃牙に原始人が現代に蘇って戦う編があったと思いますけどこれは80年代初頭の中学生がタイムスリップしてきて時差ボケと年齢変化に気付かないまま撮ってしまったみたいな衝撃的ありえなさ。本国でカルト化していた2003年の映画がよりによって激動の2020年に日本で初劇場公開されてしまったわけですがその衝撃は(元々作りが古臭すぎるので)17年の歳月を経てもなお衰えず、むしろその衰えなさが更なる衝撃を生んでいるのだからすごい。

ど、どうそのすごさを伝えればいいんだろうか…すごい! う~ん、すごい! すごいとしか言えない。言葉を失うとはまさにこのこと、確かに画面にどんなものが映ってどんな音楽が流れて監督兼主演のトミー・ウィソーを含む俳優がどんな演技をしていたか書くこともできなくはないが、文面からはその面白さが決して伝わらないからこそカルト映画なのである。このすごさを理解するには観るしかない。お前ごときの筆事情を一般化するなと言われそうだが、すべての映画感想屋が敗北するすごい映画である。

コロナ上等ベスト『破壊の日』

ぶっちゃけ申しまして内容的には稚拙だったり中途半端だったりしてほとんど商業映画の粋に達していないだろうこれというほどなのですが、たとえばクリストフ・シュリンゲンズィーフ作品のような社会批評的な映像パフォーマンス・アートとして、2020年に入ってからクラウドファンディングで制作費を調達し新型コロナによって内容変更を余儀なくされつつも超絶突貫工事で撮影を終え当初のオリンピック開催日であった2020年7月24日に公開、という一連の過程すべてで一本の映画。

どんなパフォーマンス・アートもそうであるようにこの映画もその場に居合わせないとどう面白いのかよくわからないだろうし、居合わせても文脈がわからないとナンダコリャで終わるかもしれない、仮にソフト化されても資料価値以上のものは持たないんじゃないだろうか。そういう意味では2020年に映画館で観て一番よかったのはこの映画でしたね。音楽もアグレッシブでカッコイイし。

アメリカに物申すベスト『ワンダーウーマン 1984』

DC映画らしく毀誉褒貶の激しい映画ですが俺は大好きで、その理由はいくぶん捻くれているかもしれないが単純明快、とにかく全部が薄っぺらいニセモノなんです。あんなどこもかしこもキラキラした80年代アメリカはニセモノだしちょっとだけ出てくる渋谷も当時の渋谷なんかじゃないニセモノ、ざっくりしたヒーロードラマもいかにも安っぽいニセモノだし金ぴかアーマーとかワンダーアイランドのバカげた風景だってCGで作ったニセモノでしかない。ワンダーウーマンから世界のみんなへのメッセージだって形骸化したニセモノだ。絢爛たるニセモノのマニエリスム的モザイク。

そのニセモノ性がニセモノとホンモノの境を消失させる願望についての寓話にニセモノの迫真性を与えていて…いや、だって泥棒はダメですよって警察官が言ってもなんか本当のこと過ぎて説得力がないじゃないですか。でも何度もパクられて今また留置所に入ってる泥棒が泥棒はダメだよって言ったらすごい嘘っぽいけどなんか逆にホンモノ感っていうか説得力ありません? そういう感じで、大統領選の結果を巡ってさながらフィリップ・K・ディックの小説世界の如くトランプが勝ったアメリカを信じたい人とバイデンが勝ったアメリカを信じたい人にアメリカ世論に分裂した2020年12月にこの映画が封切られたっていう事実が、この映画を特別なものにしていたと思うわけです。

挿入歌としてフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの(『The World Is My Oyster』を前奏とする)『Welcome To The Pleasuredome』が使われているがこんなのそのまんまトランプとトランプをモデルにした今回のヴィランのテーマ曲だし、フランキーといえば米ソ首脳殴り合いPVでお馴染みの『Two Tribes』なのですから、まったく出来すぎた悪いジョーク。

これだよこれベスト『ライブ・リポート』

いやもう最高でしょ。筋肉ポリスがローンウルフ的なテロリストを追って単身ロサンゼルスかどっかの街を駆けずり回る! 最高でしょ。最近の映画だからそこにマスコミは嘘しか報じないと怒っているヤングなネット配信者が金魚のフンみたいに絡んでくるんですけどその絡み方が全然気が利いてない。『ダイ・ハード3』並に大雑把なシナリオ! あのねこういう映画ばっかり観ていたんですよ俺は、本当に。『ダイ・ハード』シリーズだって一番好きなのは『3』なんだから。

クセのあるキャラ、ユーモア混じりのバイオレンス、突如として始まる市街地での銃撃戦にカーチェイスに爆弾騒動の王道っぷりに大興奮。そして展開に隙が出来ると間を保たせるためだけに投入されるお調子者の黒人キッズに大爆笑。ハリウッド映画かくあるべし。

なんだから知らんがすごいぞベスト『海辺の映画館 キネマの玉手箱』

大林宣彦の遺作と言われてもとくになんも感じないくらい大林映画に縁が無い人間なのでびっくりしたっていうのはあると思うなこれは。俺が観たことのある他の大林映画って『HOUSE ハウス』と『時をかける少女』しかないすからね。で『HOUSE』はガチャガチャしてて面白いなぁと思って、『時をかける少女』はそこそこ面白いけどそれ以上に映像センスがクソだせぇっていう感じで、大林映画の印象ってそれぐらいしかなかったので、キネマの玉手箱の名に偽りなしのクラシカルな映像テクニックのオンパレード、そのメリエス的幻術で語られるのが大林宣彦の目から見たニッポンの戦争なので、私的な戦争体験…というのかどうか世代的にあれなのですが、とにかく自身の記憶と日本の記憶がこんな風に映画の中で融合していることに驚いてしまったわけです。

これも断片の映画だよなー。大文字の歴史というものがあって、そうした歴史を語るときには歴史の青写真に沿った断片を集めるわけですけど、そこからあぶれる小さくて歪な断片というのもあって、その断片と断片を接合することで語られなかった人々の声を蘇らせていくっていう、とくに戦争絡みの話になると真か偽かっていう大文字の歴史的な話に終始しがちですけど、真偽とは別にそういう作業は必要だよなぁとか、歴史を見るには大文字の歴史があればいいですけど歴史に触れるには歪にツギハギされた断片がないと無理なんじゃないかとか思うわけですよ。それはもちろん主観的なもので、この映画は主観を徹底しているからすごいと思ったな。

歪んでるなーベスト『悪の偶像』

お話の内容的には全然違うのですがなんとなくの印象でいえばコリアン・ノワール版のアンジェイ・ズラウスキー『ポゼッション』というような怪作で、どこに向かうのか、そもそも向かっているのかも全然わからない。何についての話なのか。政治家の汚職の話でもあるし、様々な種類の差別の話でもあるし、格差についての話でもあるし、ラブストーリーと言えなくもないが、だとすれば誰の誰に対するどんな形の愛が描かれていたのだろう…という。

ジャンルと視点が目まぐるしく変わるシナリオは先読みのできなさを金科玉条とするコリアン・ノワールのセオリーからもだいぶズレたもので、とはいえ善人が堕ちていく話でも復讐劇でもあるわけだから紛うことなきコリアン・ノワールなのだが、その快楽とか美学を追求したというよりはコリアン・ノワールの形式を借りて随分とねじくれた社会批評を展開している風で、なにやら幻惑的にして衒学的な(でも妙に生臭くて俗っぽい)カオスな映画であった。

重厚おとぎ話ベスト『ウルフウォーカー』

エポック。ディズニーの表現も宮崎アニメの表現もコミックの表現もゲームの表現も絵画の表現も呑み込んでアイルランドの神話と受難の歴史を吐き出すミクスチャーっぷりが超絶技巧。単に節操がないという感じではなくて多文化共生的なテーマと直結した表現っぽいので舌をぐるぐる巻いてしまう。

いやぁ、もう、素晴らしいの一言ですよ。おとぎ話スタイルを徹底しているので展開とかキャラクターとかはかなり抽象化されてるんですけど、その中に重層的な搾取/被搾取の関係性が見えるのがすごいところで、単にイイ話だなとかヒドイ話だなとかっていう感じにはなってないんですよね。文化とは歴史に対する距離の取り方がめちゃくちゃ大人だと思ったし、新しい世代の作品だなーとかも思ったな。オオカミが走り回る場面は楽しいし主人公のロビンちゃんも可愛いので100点。

電撃的ベスト『エジソンズ・ゲーム』

2021年にはイーサン・ホークがニコラ・テスラを、カイル・マクラクランがエジソンを演じた電流戦争映画『テスラ エジソンが恐れた天才』も公開されるそうですが、こちら『エジソンズ・ゲーム』は同じ題材をベネディクト・カンバーバッチ演じるエジソンとマイケル・シャノン演じる発明家・実業家のジョージ・ウェスティングハウスの対決に主眼を置いて映画化したもの。ニコラス・ホルトのテスラも出番の少なさのわりには美味しいところを持っていく。

案外評判がよろしくないらしいのは思うに人物の掘り下げが極端に浅く出てくる三人ともなんで電流戦争をやってるのかわからない。スコセッシばりのテキパキ編集とデ・パルマもかくやの技巧カメラワークで物語をドライブしていく手腕は見事なものだったと思うがみんなやっぱほら、感情移入とか好きじゃないすか、感情移入とか。俺はそういうのいらない派で、なんでそんな風になったのかわからない狂った人たちが相手がリングを降りるまでひたすら喧嘩するみたいなのが好きなので…感情移入の余地なく電流戦争の顛末を超速で描いたこの映画はめっちゃ面白かったんですよね。

で、エジソンは映画の父の一人なので、電流戦争ものがたりに映画の萌芽とか、映画の原罪というべきものも入ってくる。電流戦争の次の映画戦争(と、その敗北)を仄めかすリスペクトと憐れみの入り混じったラストは映画が好きな人なのでしみじみしましたねぇ。ベネディクト・カンバーバッチとマイケル・シャノンの演技合戦も良かった。

いろんな顔ベスト『あなたの顔』

映画監督やめる詐欺の実績を解除したツァイ・ミンリャンの顔映画。一般人たくさん呼んで顔撮ります。ひたすら顔撮る。撮りすぎて撮ってる間に寝ちゃう人の寝顔も撮ります。超おもしろい。人間にはこんなにいろんな顔があったのかと思い知らされる顔スペクタクル、顔曼荼羅です。ちな音楽は坂本龍一。

【番外】『死霊魂』

百家争鳴つーてな、これからはみんなに自由に批判してもらいたいんすよ、むしろ党のためにどんどん批判欲しいっすわ…という毛沢東のすばらしく懐の広い提案に素直に乗ったら反革命分子扱いされて再教育収容所に送られた挙げ句空前の飢饉が重なって餓死直行というハイパー手の平返し政策の犠牲となった人々のインタビュー集8時間。映画としては非常に面白かったし学びも得たし今でもそこらへんに普通に人骨が転がっている収容所跡地をカメラ(ワン・ビン)が歩いて人骨一つ一つに黙祷を捧げていくラストは誠に痛切、感動的であったが、8時間もあったら面白くて当たり前なのでベスト10に入れたらなんかズルいよなと思ってこのポジション。でも必見。

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