スラッシャー生姜焼き定食映画『プー あくまのくまさん』感想文

《推定睡眠時間:40分》

ディズニーアニメの方ではなくその原作となったイギリスの児童小説『くまのプーさん』が去年だかでパブリックドメインになったことで実現したホラー映画化企画とのことだが考えてみればプーさんに関する思い出がとくにない。原作小説はもちろん読んだことがないしディズニーアニメ版をちゃんと観たこともなければディズニーランドのプーさんエリアに行ったこともない。俺のプーさん記憶といったら昔そういえばティガーをイメージキャラクターにした青いパッケージのシリアルがあってそのCMをテレビで見たなというのがおそらく最大のもの。

「あのプーさんがスラッシャー殺人鬼に!」という出オチどころか設定オチの映画だが、そもそもその「あのプーさん」の個人的記憶がゼロに近いので原作とどう違うのかとか比較ができず、俺の場合はということだがスラッシャー殺人鬼化がオチとして機能していないのであった。「ぼくはハチミツが好きなんだな~」とプーさんがハチミツを食べながら言っている光景がいま頭に浮かんでいるがたぶんそれ違うの混ざってるだろ。

とはいえプーさんのビジュアルぐらいはさすがに知っているのでポスターにでかでか写っている漫☆画太郎の漫画に出てくるアゴの割れた極悪人キャラみたいなプーさんが「あのプーさん」では絶対にないことぐらいは一応わかる。いったい何があったんだプーさん。何があってそんな漫☆画太郎顔に…その謎は映画開始すぐにドローイング風のアニメで説明され曰く子供の頃はクリストファー・ロビンが森で暮らすくまのプーさんたち(※異種配合の結果生まれた怪物的雑種という設定)を餌付けしていたがそのうちロビンもおっきくなって大学進学で街を離れないといけなくなったのでエサのやり手がいなくなり飢餓状態に陥ったプーさんたちは仲間のイーヨーを共食い、そのトラウマから人間どもとくにクリストファー・ロビンを激しく憎み以来森に入る者を殺してバラバラにしたりするようになったのだというはいここで映画のいちばん面白いところおしまい!

ネタバレやめろと言われてももう遅いしだいたいこれはタイトルが出る前に説明されることなんだから悪いと思うのだったら俺じゃなくて制作者に文句を言って欲しい。なぜそれをアヴァンタイトルでしかもドローイング風のアニメとナレーションで説明してしまったのか。あとプーさん最初からちょっと見た目グロいし。なんかそこはあれじゃねぇんだ元々は可愛かったけど極限の飢餓と共食いと数々の殺人行為によって漫☆画太郎顔に変貌してしまったとかじゃねぇんだ。ギャップ弱いなおい! ということで以降は漫☆画太郎の描いたプーさんが普通のスラッシャー殺人鬼になって普通にスラッシャー映画をやります(ただし捕獲したクリストファー・ロビンを中々殺せずプーさんハウスに監禁している設定あり)

普通のスラッシャー映画としてはなかなか悪くない。ちゃんと人を何人も殺すし殺し方も残酷でその描写をしっかり見せる。血がぶしゃあと飛ぶ。ダメなスラッシャー映画はなかなか人を殺さずダラダラとどうでもいい陳腐な人間ドラマみたいなのを大真面目に展開してみせたりするものだがこれは被害者側の人間ドラマをあくまでもプーさんとの対決に向けて組み込んでいるから無駄な感じがしないし、その無駄のない人間ドラマも合間合間にプーさんによる別枠の殺人シーンを差し挟むから俺は寝ましたが意外とダレずテンポ良く進んでくれる。

プーさんの造型もまんざらではなく出オチは出オチなのだがその顔を照明やカメラワークによってなかなかハッキリと見せないことで不気味さを保っていて立派である。単にマスクを被っているだけという感じではなく鼻とか口とかから唾液的ななんらかの粘度高めの汁がダラッダラ出まくっているので下品でよい。殺人鬼のネタ化が著しい昨今、殺人鬼を怖く撮る、怖く演出するというのはそれだけで好感度が上がるものだ。

プーさんハウスの電力は子分のピグレットが発電自転車を漕いでまかなっているなどのシュールなギャグもたまに交えつつ、B級スラッシャーとしてそれなりの面白さを最後まで維持して83分でサクッと終わる。スラッシャー映画と自分で謳っておきながら人を殺さないとか、殺しても役者自前の衣装が汚れると替えがないから血をつけられないとか、カットを割る技術がそもそもないし編集ソフトも最初からパソコンに入ってるやつを使ってるからカット割りの概念がないとか、スタッフも友達が少ないので集められないから照明を作れないみたいな映画がうごめくB級スラッシャー映画界隈にあって、これはかなり優等生の部類じゃあないだろうか。それはもうB級にすら全然入れてないだろそのたとえに出した映画とかは。

ゆって所詮はよくあるスラッシャー映画の域はまったく出ない。けれども最近映画館でよくあるスラッシャー映画を何本観たかなと数えれば片手の半分も行かない。この映画はシネコンでやっていたがシネコンで観たスラッシャー映画となると最後はもう何年前かというレベル。『ハロウィン THE END』みたいな大物タイトルでさえほとんど単館上映に毛が生えたような公開規模だったんじゃないだろうか。だから楽しかったな、久々に大きな劇場でほとんど満員の客席に座って(かなり客入ってたのよこれ)こういうよくあるスラッシャー映画が観れて。

最近はなんかさ、ホラーも変に捻ってたり変に重すぎたりして脳みそを回さず気軽に観られる生姜焼き定食みたいなやつが映画館でほとんどやってないじゃないですか。脳みそを回すちゃんとしたホラー映画ももちろん良いんですけど、でもこういうちゃんとしてないB級の、安いけどそれなりには楽しめるっていう程度のやつもシネコンでたまにはやってほしいよな。ってことで早くも制作が決定してるらしい次回作も配給さんとシネコンさん是非ともよろしく。今回は出なかったからたぶん次はティガーも出てきて人を食う! それ普通の野生の虎だろ。

【ママー!これ買ってー!】

クマのプーさん (岩波少年文庫)

なんとくまのプーさん、原作では最初は普通のぬいぐるみだったらしい。
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