猛毒スイーツ映画『恋と嘘』を見た!

《推定睡眠時間:20分》

前に見た予告からこれやべぇやつじゃん…と危険信号を受信していたもののたまたま時間が空いてしまったので信号無視して劇場突入。そのあとで同日封切の『あなた、そこにいてくれますか』『静かな二人』も見たのですがこれ全部SFとかファンタジーとかのふしぎ系ラブストーリー、意識したわけでもないのに日韓仏ふしぎ恋愛食べ比べになってしまった。
あまい。にっぽんふしぎ恋愛圧倒的にあまい。良くも悪くもほかと比べるとあまさ際立つ『恋と嘘』だったってそれ別に比べなくてもわかるか。スイーツです。だがこのスイーツの中身は毒。

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なんか『ガタカ』とか見てこれいけるじゃんって思ったんだろうな原作漫画の人。
こういうストーリーだった。近未来だかパラレルワールドだかはよくわからないが、少子化対策のため遺伝子情報に基づいてお国が国民の結婚相手を決める国家的お見合い制度の確立された日本。女子は16歳になると政府からパートナー通知がくる。赤紙みたいなもんよね。

なんておそろしい制度とおもうが主人公の森川葵も含めて当の女子たちはむしろ政府通知を待ちわびていた。公認パートナーと結婚すると補助金とかぶしゃぶしゃ出るので経済的に大ハッピー、しかも本当に検査的なことをやってるのかどうかはわからないが遺伝子レベルでマッチングしてるっていう体には一応なってるわけだから夫婦の相性もばっちりである。

制度PR映像を授業の一環で見せられながら自由恋愛の結果として経済的にどん底に落ちてしまい悲惨な末路を遂げた某先輩のことを噂してバカだねぇと笑う女子たち。う~ん、ディストピア! で、そんな世界にまったく何一つ疑問をもっていないお花畑女子な森川葵の下に政府通知到来、最初は公認パートナー佐藤寛太の出現におおよろこびだったが、そのうち当たり前すぎて気付いていなかった幼馴染の北村匠海への想いに気付いたりして制度恋愛と自由恋愛の間で悩むのだった。

最初45分くらいの気持ち悪さとても良いかったよねしかし。ディストピアSF映画もいろいろあるが、そればっかやってるわりには英語圏のディストピアSF映画とか手の内明かすの早すぎるんだよ。最初からこれディストピアですよ~って見せすぎ、主人公がその世界に疑問持ちすぎ、持ってなかったとしても物語の中で世界の真実に目覚めて体制との闘争に入ってくんだろうなっての見え透いてるから白けたりする。

『恋と嘘』がそういうのより描写的にマイルドだとしても断然ディストピア感があっておそろしいのは森川葵が全然世界の真実とか体制の欺瞞が云々みたいなマッチョな思想な目覚めてくれないからだった。ていうか出てくるやつにこの間違った世界を変えようみたいなアクティブな人が皆無なので段々これ本当にディストピアかっていう気分になってくる。

でも灰色の高層ビルにかかる街頭ビジョンは『1984』とか『リベリオン』みたいだし、何をするわけでもないが森山葵の行く先々に浮いてる広告飛行船は絶えずひとびとを監視しているようでたいへん不気味、どこでロケしたんだか知らないが画一的な戸建て住宅の立ち並ぶ区画を幸せの象徴ででもあるかのように背景に据えたりして、映像的には陳腐も陳腐なギャグになっちゃうぐらいの典型的ディストピアSF。

そのディストピアな見た目とディストピアとは誰も感じたりしていないキャラクターの織り成すピンボケストーリーのミスマッチが居心地悪い気持ち悪い、ていう意味でこれはなんだかとてもこわいディストピアSFだった。ディストピアに住む人目線の等身大ディストピアSFっていう感じかもしれないな。ある意味ディック的な生活SFなのだ。

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しかしこわいのは中盤ぐらいまでで最終的にはディストピア設定があんまり意味を成さない単なるジャリガキ恋愛映画になってしまった。ていうかそもそもジャリガキ恋愛映画なんだから別にそれでなにも間違いではないんでしょうがしかし! 中盤ぐらいまでの勢いで最後まで行ってたらな。そしたら本当に嫌な気分になれたのにな。これじゃあちょっといい気分で映画館を出ることになってしまうよ。それ良いことなんじゃないかって気もしますが…。

あと思ったのはこれはフィルム映画が好きな人の発想で作ったフィルム映画的な映画だから限界あるよなみたいなことで、地方学園映画っていうのがなんか一か月に二本ぐらいの超ペースで草食うかセックスするかしかない貧乏国民に向けて配給される現代日本映画界ですけれども地方学園映画は映画である以前にPRなのでインスタ映えするような画ばっか撮ろうとするじゃないすか。

俺そのインスタ的な感覚でこのディストピアなストーリー撮ったらハイパーやばかったと思いますね。観光名所とか地元の祭りとかって風景を美しく切り取ったり加工したりしてPRすることが最優先で、俳優さんの演技とかストーリーの方を風景に摺り寄せていくっていう地方学園映画のインスタ的作劇ってディストピアっぽいし。ディストピアっていうかプロパガンダ映画の作り方だし。

だからこのストーリーとのマッチ度たぶん半端なくて、フィルム映画の作劇はそういう意味で作り手の顔とか役者さんの熱意みたいのが見えてしまうので、それ普通の映画だったら良いことなんだけどこの場合だと設定のバカバカしさとか穴が見えちゃって白けるところとかあるなって思いました。

これ相手役が北村匠海でしょ。こないだ『君の膵臓をたべたい』出演したばかりの。だからなんか知らんけど余計惜しい感があったな。

『君の膵臓がたべたい』って典型的な地方学園映画だと思うんですけどこれがおもしろいのは世界がその地方だけで完結してるっていうところで、北村匠海はこどもからおとなまでずっとそこに住んでいて仕事もずっとそこでやっていて、恋人はそこで死んで疎遠になってた友人とはそこで再会して、画的には学校とか教会(結婚式場)とか各種お店っていう人生の節目節目に通過する施設がズラっと出てくる、地方PRだから。
人種的には単一、日本人だけ。女が好きな女の人とか男が好きな男の人とか出てこない。産めよ増やせよって感じで結婚して家庭築いて地方で暮らすことを推奨。世界はそこだけしかないんで外の世界を感じさせそうなものは予め排除されてると。

そういう、世界が自分の住む地方しかないっていう感覚の映画になってたらなぁっていうな。そしたら森川葵が政府通知を待望する心情とかすごい説得力が出たりしてもっと見てる側の感情とか価値観を揺さぶってくるところあったと思うんですけど、東京と京都を行き来する場面があるように『恋と嘘』っていう映画は世界は広いっていうことを知ってる都会的な感覚で作られてるんで、森川葵が単なるにアホに見えたりしちゃう。素晴らしいフィルム映画的ロケーションもこういう映画だと嫌味になる。草森紳一は書いている。「まさにこのローセンスにこそ民衆を扇動する素因が匿れていたのだろう」(「絶対の宣伝4 文化の利用」)

これは勿体ないと思ったなぁ。そらまぁ制作上の都合つーのもあるんでしょうけど、もしこれが地方学園映画として作られてたら『君の膵臓をたべたい』への激烈な批判にもなってプロレス的におもしろかったのに。たぶん地方学園映画へのアンチテーゼっていう意味合いは少ながらずあって、でもその批評性が都会性っていう安全地帯の上に載ってるから今一つ訴えかけてくるものがないっていう、『恋と嘘』ってそういう映画なんだと思いましたね。

プロパガンダの主戦場は地方なんだから、やっぱ地方殴り込みかけにゃいかんですよ。

【ママー!これ買ってー!】


ガタカ (字幕版)

マイケル・ナイマンの音楽がたいへんお気に入った映画。

↓その他のヤツ

恋と嘘(1) (マンガボックスコミックス)
恋と嘘 映画ノベライズ (講談社文庫)

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