人の死なないジャーロ映画『かごの中の瞳』感想

《推定睡眠時間:10分》

あんまり面白くなかったが冒頭で盲目のブレイク・ライヴリーが夫ジェイソン・クラークとセックスしながら思い浮かべる裸体の海に溺れた自分、という心象風景にこちらとしてはルチオ・フルチのニューロなジャーロ映画『幻想殺人』の妖しいエロい冒頭シークエンスを思い浮かべ、『幻想殺人』の主演フロリンダ・ボルカンも物理的に強そうなタイプだったがブレイク・ライヴリーもドンキ通いの元ヤンみたいで喧嘩強そうだなぁ~とか変な方向に思考が迷い込みそういう意味ではおもしろかったかもしれない。

死体とか血とか別に出てこないが確かにこれはなんとなくジャーロ映画っぽい雰囲気があったようにおもう。
赴任先のタイでブレイク・ライヴリーとジェイソン・クラークは孤立した生活を送っている。まぁいいか二人でいれれば充分幸せ。目なんか見えなくても僕がいるから全然平気。内向的なジェイソン・クラークはそう考えていた。

そんなおり、ブレイク・ライヴリーは角膜移植を受けることになる。効果はてきめんで、片目だけだったがみるみるうちに視力は回復、その主観映像の感じからすると裸眼時の俺より遙かに遠くまで見えていたので角膜移植すげーってなる。
でも、と医者。拒絶反応とか出るかもしれないからこの目薬をつけるの忘れないでね。絶対に悪い予感しかしない。

それで目の見えるようになったブレイク・ライブリーは夫と一緒に姉か妹の住むスペインに記念旅行に行くわけですがそこがうわぁジャーロっぽいなーみたいなところで、姉の夫がなんか野獣系のやばい人。
アーチスト風情なのですが自作のミノタウルスの彫像と全裸と向き合ってウガーとか叫びながら赤ペンキぶっかけたりして恐いよ! なんなの!?

ジェイソン・クラークも概ねそんな心境。ジャーロっぽい性欲絡みの捻れた心理があるだけでべつにジャーロ映画ではないからそこでは事件的なことは起きないが、これがジャーロ映画だったらそのやばい姉か妹夫妻とスパニッシュ歓楽街に繰り出してまた板ショーありの覗き小屋で淫蕩とろーんなブレイク・ライブリーを遠くから眺めるだけ(「いや、ぼくはそういうのはちょっと・・・」と店外待機)のジェイソン・クラーク、何人か娼婦捕まえてむごい手段で殺してるな。

ぶわはははとワイルドに笑いながら覗き小屋から出てくるブレイク・ライブリーと姉か妹夫妻。スーパーのけ者気分のジェイソン・クラーク。
そこに酒に酔ったチンピラが。拒むブレイク・ライブリーに無理矢理言い寄るチンピラにまぁまぁまぁと言いながら結構頑張って立ち向かうジェイソン・クラークだったが、そんな回りくどい方法はとらずさっさと一発ぶん殴ってチンピラを追い払う姉か妹のやばい夫をブレイク・ライブリーは断固支持。

「あんたなんで助けなかったの!」「(え! おれ結構頑張って身を挺して助けようと・・・)すいませんでした」。
こういう次第で囚われの目を解放したブレイク・ライブリーは今までその可能性から閉め出されていた性の解放に舵を切るのですが、これがジャーロ映画だったらブレイク・ライブリーの相手したやつとかブレイク・ライブリーに色目を使ったやつをジェイソン・クラーク片っ端から血祭りに上げていく展開になるから本当にジャーロ映画じゃなくてよかったですね。そういうのは見たくない、と言えば明確な嘘になりますが。

秀逸に思ったのは寝台列車の場面で、ブレイク・ライブリーがジェイソン・クラークに手錠はめて目隠しして軽SMに耽るというか耽ろうとするのですが、そこで、見る者/見られる者の固定された夫婦の主従関係をエロの中で愉しく逆転しようとするブレイク・ライブリーの企投を、豆腐メンタルのジェイソン・クラークは拒絶してしまう(これがその後のブレイク・ライブリー覗き小屋へ行くの場面に繋がるのだ)

「最近オナニーしたのはいつ?」「やめてくれ、そういうのは好きじゃないんだよ」「オナニーの時に誰の顔を浮かべてる?」「やめろ・・・やめるんだ!」
素人の慣れないプレイで温度調節とかわかんないから垂らしロウソクがマジで熱いとかそういうのでキレるならまだわかるがこんな軽い言葉責めの段階でその拒絶反応はちょっと・・・で、途方に暮れたライブリーは車窓に映る自分のエロボディ(裸ではない)を見つめるのだった。

ビデオ録画していたその光景を後になってジェイソン・クラークは何度も何度も繰り返し、ブレイク・ライブリーに見られないように深夜にこっそり一人で見る。
関係の終わりを告げる決定的な場面を中学生が拾ったエロ本を隠し見るが如く反芻するジェイソン・クラークのあわれ。つくづくジャーロ(略)

ジェイソン・クラークのブレイク・ライブリーへの献身は視線の特権性に根差すものだった。見られないからやさしくできる。一方的に見るだけの立場だからやさしくなれる。視線の平等と自由を取り戻したブレイク・ライブリーにジェイソン・クラークがなにをするかは推して知るべしであった。

これは別にそんな大した映画ではなかった気がしたが未だタブー感の強い障害者の性処理問題とか二十何時間テレビ的な障害者に寄せる大衆的な聖人願望の根深さと直結する話に思え、ジェイソン・クラーク最低だなぁとは一応思ったりするものの、じゃあ俺は違うのかといえばたぶんそこまで違ったものではないだろうというわけで、わりと痛い所をチクチク突いてくる案外社会派映画なのだった。

ただジャーロ映画みたいにジェイソン・クラークが五人くらい人殺してればもっとよかったね。

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ブレイク・ライブリーはジャーロ顔なのではないかと思えてきたので同じフルチで『ザ・サイキック』のリメイクとかどうですか『ザ・サイキック』のリメイクとか。
それはともかく『幻想殺人』はエンニオ・モリコーネの甘い旋律とフルチのアヴァンギャルド精神が激突融合した怪ケッ作でたいへんよろしい。

↓視覚障害とジャーロといえば


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