映画『あのコの、トリコ。』の感想(ネタバレは多少ある)

《推定睡眠時間:0分》

冴えない男子高校生・吉沢亮(嘘つけ!)が転入してきた堀切学園は堀越高校的な芸能人在籍校。
吉沢亮も昔は俳優になりたかった。幼馴染みの新木優子、ライバル的な杉野遥亮と子役オーディションに出て落とされた日のことは今でも忘れない。

全然ダメだったなぁ、あの頃の俺。今でもダメか。声も気もちっちゃいから混雑した通学バスから降りられない、編入手続きしようとして事務の人に無視される。
あの二人は遠いところに行ってしまった。杉野遥亮はモデルとしても俳優としても有望株、女優志望の新木優子は今ひとつ軌道に乗れずあがいているが、それでも夢を実現しようとモデルの仕事をこなしながら必死で業界にしがみついてる。俺なんかとは大違いだ(嘘をつけ!!)

そんな吉沢亮に定番の少女漫画的邂逅が。一昔前だったらこういうのは女子のパターンが多かったと思うが時代はジェンダーフリー、薄い存在感が災いして全力で誰かにぶつかられ可憐に倒れた眼鏡ジミメン吉沢亮に手を差し伸べたのは新木優子であった。

と同時に一大転機がやってくる。突如として事務所から姿を消した新木優子マネージャーのバーターとして吉沢亮が事務所の社長・古坂大魔王に大抜擢されたのである!
あるじゃねぇよあるなよ。なんだよその職場環境黒いよ。満席の回で見たけど若いチャンネー古坂大魔王のギャグ全然笑ってなかったよ。背後に置かれた小道具のピコ太郎写真もまるで反応なかったよ。芸能界ってこわいっすね。

というわけで吉沢新人マネの奮闘記+新木優子との恋愛そして宿命のライバル杉野遥亮との三角関係とそういうライトな業界ラブコメになるんだなぁと思って見ていたら意外と意外な展開が待ち受けてた。
マネとして同行した新木優子&杉野遥亮の下着広告撮影現場でアーチストの霊感の働いた著名な映像ディレクター岸谷五朗に眼鏡を外すよう促される吉沢亮。

言われるがままに眼鏡を外すと現場騒然。眼鏡の下から現れたのはなんと、あの地味な吉沢亮と同一人物としか思えない絶世の吉沢亮ではないか。
こうなるともうマネージャー稼業どころではない。下着撮影を渋る新木優子が控え室にこもっているうちに撮影現場の小学館スタジオ(原作掲載誌Sho-Comiなので)から帰ってしまった杉野遥亮のバーターとして(またかよ!)エロイ感じの下着広告に出演した吉沢亮はすぐさま人気急上昇。むしろ新木優子より全然売れてしまう。

シンデレラストーリーだ。シンデレラは新木優子じゃなくて吉沢亮だ。うーん、さすが吉沢亮だ…これ見ようとしたら都内でやってる映画館軒並み札止めになっちゃってて全然席取れなかったがそれも分かるシンデレラっぷりであったよ…。

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でそれからお話は同じ土俵に立つライバルとなった吉沢亮、新木優子、杉野遥亮の舞台とか映画とかの芸能活動(タレント活動ではない)を平行して追っていくことになるのですが、古坂大魔王とか出ているし導入部の吉沢亮がへっぽこだから積極的に笑いを取っていく方針かと思ったらどうもそういう作りにはなっていなかった。

高校生マネージャーがどうとか漫画みたいなっていうか漫画原作映画なので漫画ですが漫画みたいな設定を結構ド真面目に撮っていたんだなこれが。
だから高校生マネージャーの設定が吉沢亮のモデル・俳優デビューであっさり投げ捨てられちゃう最初の30分ぐらいから先(捨てるのが早い)はわりと普通の業界内幕ものがたりになる。基本的に笑うとこなし。ポップな演出とかもないし、ラブラブなムードもキュン的なシーンもごく僅か。

ところがそれが面白かった。いやそれがっていうか、こういうあり得ないようなシンデレラストーリーをなんならリアル寄りのバックステージもの映画に仕立て上げるディティールのこだわりが随所に感じられて、それがなんか良かった。
ちゃんと丹念に作り込んでるんすよ撮影現場のスタッフ役エキストラの人の動きとか表情とか台詞とか。あるいは撮影小道具とか。なんかすげぇそれっぽく見えるんですよ台本とか。

それでまた見ているうちに段々と分かってくるのはこれ導入部はよくあるアイドル的なティーン映画って感じですけどかなり技巧派の渋い映画で、たとえば同じシチュエーションを役者と舞台を変えて意図的に何度も反復するとかそういうことを平然とやる。

高いところから落下する新木優子を吉沢亮が子役の頃と高校生の頃で二度キャッチする場面がそうだし、吉沢亮が誰かにぶつかる場面も反復されてその度に彼に転機が訪れるとか、バーターに次ぐバーターっていうのもそんなのねぇだろって笑ってましたけどそういうシチュエーションの反復をたぶん狙ったもので。

中でもおぉって思ったのはこんな反復で、芸能活動の中で心に距離が生じてきた新木優子と吉沢亮が公園のベンチで会話をする場面がカットを割らない長回しで切り取られているのですが、その少し後に杉野遥亮が無人の映画スタジオに吉沢亮を呼び出して新木優子を諦めるよう告げる場面がある。

ここもカットを割らない長回しで、その長回しもなかなか凝っていたのですが二人が話している背後の映画(かドラマ)セットというのが夕暮れの公園のベンチ。カメラワークも含めてシチュエーションを反復してるわけです。

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それでそれでそれで終わらないから技巧派映画というもので、リアル公園がスタジオセットで反復されるように、シチュエーションの反復はやがてイメージ連想的な編集に転じて劇中劇や劇中広告の中と外を往還する錯視的メタ演出になっていく。

映画の中で自分ではない女優と濡れ場を演じる吉沢亮を見て新木優子が動揺しているとそこに、映画から飛び出してきたかのように件の女優が現れる。
これと呼応するように杉野遥亮と新木優子が結婚式を挙げている…と思ったらそれは映画かドラマの撮影だった、なんていう場面もある。

いや、なんか結構アート映画みたいなことやってませんかこれ。あの長回しなんてちょっとした相米慎二か石井隆の映画みたいだったし。
控え室で鏡に向かう新木優子と古坂大魔王の会話、の長回し、あれは特にグッときたな。
すげぇ良いんですよ、新木優子のなんていうか思考の推移に歩調を合わせるかのようにして、まず引き気味で二人を撮っていて、それから古坂大魔王の方にカメラが向いて、それで鏡の中の自分を見つめる新木優子と鏡の中の新木優子を…みたいな感じの。

色彩とか構図も良かったなぁ。奥行きを強調した西洋絵画的な構図はそれだけでなにやらただならぬ俺これが撮りたいんすよ感を醸し出してアツイかったのですが、殊にオブジェクトの配置なんてとても調和が取れていて美しく…いや吉沢亮主演の少女漫画原作映画で構図が美しくとかそんな感想が出るとは思わなかったのですがでもよく撮れてるんだって本当。

あと吉沢亮ね。吉沢亮のヘッポコ、眼鏡を取った時の色気、俳優に目覚めていく中で垣間見えるある種の殺気。か、かっこいい…。
吉沢亮を演技開眼させるのがシャレんならん系の極道人種役がハマりすぎる岸谷五朗っていうのもなんか微かに危険なかおりがあってハートざわめきます。
こわいんだよ岸谷五朗。例の濡れ場を無表情で新木優子に見せるところとか映画のためなら人を殺す監督の目をしてましたね。サングラスかけてましたけど。

面白かった『あのコの、トリコ。』。全然俺の想定してた面白さではないんですけど。あと岸谷五朗はこわいすけどちゃんとハッピーエンドなんで大丈夫でした。
あぁ、そのハッピーへの持って行き方も良かったね。どこかで微かに繋がりながら少しだけ敵対しながら、それぞれがそれぞれの道を独自に突き進む、というハッピー。
常に誰かのバーターで誰かの助け役で誰かのための誰かを演じていた吉沢亮は自分のための演技を発見する。

少女漫画原作のティーン映画がそのうち昔のロマンポルノみたいに芸術性(そういう言葉は嫌いですが…)で再評価される日が来るなら、これはちょっと独特のポジションに置かれるんじゃないすかね。

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幻惑的な映像業界内幕ものというだけで強引に関連作としてリンクを貼るがこのタイトル最高じゃないすかね。絶対に声に出して読めないタイトルですけど最高じゃないですかね。内容もすげぇ良いんだよ。

↓原作


あのコの、トリコ。(1) (フラワーコミックス)

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