US与太話映画『アス』感想文(ネタバレあり)

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , , , , ,

《推定睡眠時間:0分》

一応ネタバレとは書いたもののオチでびっくり的な映画ではないというか、最初の最初で既にどんなお話かということは過剰なくらいに明かしてしまっているので、どちらかと言えばそれをわかった上で所々に配されたアレゴリーやジョークを読み解いて楽しむ『不思議の国のアリス』タイプの与太話映画だったように思う。

タイトルバックは小学校の教室のようなところに設えられた大量のウサギケージとその中の白いウサギたち時々黒いウサギ。ミラーハウスに迷い込んだ主人公アデレードさんがもうひとりの自分の棲む“鏡の国”への扉を開けるとそこからウサギちゃんが出てくるというわけで、アリスタイプだし実際アリスのオマージュもあるので露骨である。

ちなみにこのミラーハウスはビジョンクエストという名前でしたがビジョンクエストはネイティブ・アメリカンの通過儀礼、幻覚剤をもくもく焚いた穴ぐらに大人とこれから大人になる部族の男が入って飲まず食わずでラリパッパになるという(映画の舞台になっている)西海岸カルチャーの元型ここにありな素晴らしい儀式ですが、色んな動物に変成したりするその幻覚体験を通してこれから大人になる部族の男は自分のあるべき姿に目覚める。アデレードさんもビジョンクエストで本当の自分を見つけるわけです。

映画が始まるとまずテロップが出る。曰く、アメリカには広大な地下空間がある。放棄された地下鉄や行動やほかいろいろ。そのほとんどは知られていない…(実際、2000年代に入ってミネアポリスに双子都市と呼ばれる広大な地下迷宮が発見されたりしている)。
次のシーンはお部屋でテレビを観ているアデレードさん少女時代。テレビには健康的で幸せな80年代CMがダラダラと流れていてその横には4本のビデオテープが置いてある。

2つは読めなかったが1つは『チャド』、都市の地下空間に棲む人食い怪物が襲ってくる地下ものホラーのクラシック。『ハリウッド人肉通り』とか『サブウェイNY』とか『0:34 レイジ34フン』とか後発の地下ものホラーはだいたい『チャド』を参照してる。
もう1つは『グーニーズ』。これはとくに説明する必要はないと思いますが、秘密の財宝を探しに少年たちが地下迷宮を探検する例のアレ。

「アメリカには膨大な知られざる地下空間が…」的なテロップに続いて『チャド』と『グーニーズ』。もうどんな話かわかりますよね。ある日突然わたしたちを殺しに来たわたしたちとは…ミラーハウスの先にある秘密の地下空間に棲まう複製人間だったのだ! そしてアデレードさんは実は少女時代に地下空間から地上に出てきた地下黒人だったのだ! なんて感嘆符を要さない衝撃の事実なんだ。

その怪物たちが一斉蜂起しちゃってラストでアメリカは終末を迎えるわけですが、これも映画の最初の方でサンタクルーズの海岸を飛び回るカモメのショットがあり、終末ホラーの元祖的な『鳥』のオマージュっぽかったので開始3分くらいであぁアメリカ終わったわみたいな感じになるのだった。

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少女アデレードさんがテレビを観ているファーストシーンに話を戻すと、そのうちテレビが消えてブラウン管の黒モニターに少女アデレードさんの寂しげな姿がポゥっと映る。
もうひとりのわたしを象徴的に描いた場面でしょうが、アデレードさんがテレビを通して見るそのもうひとりの自分とはなんだろう、というのがちょっとしたアリス的謎かけ。

物語に即して考えればそれはたぶん“白い”自分なんでしょな。アデレードさんの夢はバレリーナ。アメリカン・バレエ・シアターが黒人バレリーナをどうのみたいニュースも少し前に流れましたがクラシックバレエといえば黒人どこよの白人ワールド。大人になったアデレードさんは裕福な隣人の白人ご婦人に夢を諦めた理由を「14歳の壁」と語ってよくあるやつねと流されるが、この無理解が人種の壁とアデレードさんの屈折した願望を密やかに雄弁に物語っていた。

わたしじゃないわたしになりたい。サンタクルーズの遊園地で景品ゲームをやってた少女アデレートは丈の合わない「スリラー」のTシャツを両親にせがむのだった。マイケル・ジャクソン! 白人隣人は家でO・J・シンプソンのジョークを飛ばす。O・J・シンプソン!
白くなりたかったマイケルと(裁判的に)シロになりたかったO・Jってこんなのジョークですよ。アメリカン・ジョークの世界。でもどんなに白くなりたくても白くはなれなくて、やってくるもうひとりのわたしは結局黒い、というところが切ない。

逆に、健康的な西海岸の黒い顔。白人隣人家ではビーチボーイズの「グッド・ヴァイブレーション」がBGMに流れますが、ビーチボーイズのデニス・ウィルソンといえば絶賛公開中の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でもちょい活躍のチャールズ・マンソンと親交があったことで有名。マンソンが適当に預言して信者をシャロン・テート邸に送ることとなった「ヘルタースケルター」は黒人の武装蜂起による最終戦争のことだ。

マンソン・ファミリーは常に金欠だったので金持ち連中をPIGと呼んでぶっ殺したし、裕福なおうちに住むわたしたちを襲撃するわたしたちにはマンソン事件のイメージも重ねられているのかもしれないと思えばまたちょっと面白い。まぁ、ファミリーですしね。

マンソン・ファミリーにはクリーピー・クロール服と呼ばれる家宅侵入用のユニフォームがあったが地下のファミリーのユニフォームは全員おなじ赤いツナギ。手にしたウェポンは人種マイノリティの仕事といえば庭師でしょってなわけで植木バサミ。恵まれた地上生活者たちへのプロテストとしてファミリーは地上の自分をぶっ殺すと仲間と手を繋いで長い長い長い人の壁を作る。その映像を見て「なんらかの抗議活動のようですが…」とニュース番組のキャスター。

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自由の国アメリカに抗議したりするヤツは全員アカ! みたいな右翼定型句をそのまま映像にしてしまった。バカバカしいことこの上ないが、映画のベースになっているのは成り代わりテーマの侵略SFの古典『ボディ・スナッチャー』だ。
その最初の映画版はなにせ冷戦真っ只中に作られたので明確に“アカ”を敵視するもので、そこではわたしたちを殺しに来るもうひとりのわたしたちとはシロではなくアカいわたしたちだった、というジャンル映画的文脈を踏まえるとなかなか味わい深いものがある。

大人アデレードさんは地下アデレードさんにお前はわたしの不幸な暮らしっぷりを知っていたにも関わらず見なかったフリを続けて裕福な暮らしを続けていたのだ、的な恨み節を聞かされる。
少女アデレードさんはビジョンクエストで少女地下アデレードと会っていた。その時にふたりは入れ替わって…というオチは実はどうでもいいもので、そのことはアデレードさんの回想として映像に出てくるだけなので実際に入れ替わったのかどうかは定かではない。

大事なのは一応の危機を乗り越えてまた平和な(?)日々に戻ろうとするアデレードさんが一連のビジョンクエストを通して今の裕福な自分ではない地下の自分(言うまでもなく貧困層のメタファーでしょうが)を想像して恐怖に駆られる、ということだ。
幸せな生活を送るために見なかったことにしているもの(その象徴はアメリカン・ホラーによく出てくる終末は来る看板を持って立っている浮浪者だ)が襲ってくる。それはわたしたちの影である。

都会の喧噪から逃れて郊外住宅地に閉じこもった白人ファミリーが真っ白な仮面の殺人鬼にぶっ殺されていくスラッシャー映画の嚆矢『ハロウィン』では殺人鬼マイケルはシェイプ(影)と呼ばれる(ここでもマイケル!)。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』然り、『悪魔のいけにえ』然り、アメリカン・ホラーが恐怖のターゲットとしてきたのはわたしたちが見ようとしないわたしたちなんである。

前作『ゲット・アウト』ともども、この監督の映画は純粋なホラーというよりもアメリカン・ホラーの古典に現代的解釈を施したモダンホラーとかメタホラーの観がある。
なのでぶっちゃけあんまり怖くない。怖くないっていうか怖いはずのシーンでも板尾創路みたいな微妙な笑いを入れてくるので笑っちゃう。だいたい地下都市にこっそり棲んでるアカい奴らが云々みたいな話で真面目に怖がれと言われても無理がある。

でもそれでたぶんよいのだ。意見の対立するヤツはアカ認定、そいつらは密かにアメリカを奪う計画を立てていて…みたいなのはバカげた妄想で、確かに面白いけど真面目に受け取る必要のない与太話でしかないんだよっていう『アス』、『US』と書いてユーエスと読ませる『アス』なのだ。
アメリカン・ホラーの古典からアメリカの抱える恐怖と妄執を取り出して与太話として提示するジョーダン・ピールなんである。おもしろかったけどネタが多すぎてなんか頭が疲れた。

追記:
バレエと秘密の部屋の組み合わせは『サスペリア』のオマージュっぽい、暗黒唱歌風のメインテーマは押井守『イノセンス』の「傀儡謡」っぽい。『サスペリア』はともかく押井オマージュ説はこじつけが過ぎないかと自分で思うが金持ち地上人が複製人間作って地下に閉じ込めてる設定がざっくり同じなのでやっぱ『イノセンス』観てるんじゃないかと思う、ジョーダン・ピール。オタク監督だったのか。

【ママー!これ買ってー!】


SNATCHER 【PCエンジン】

メインのネタ元が同じなので似るのは当然なのですがめっちゃ『スナッチャー』じゃんて思った『アス』だったので小島監督の感想を聞いてみたい。

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