こんなところでスキズマ映画『フィールズ・グッド・マン』感想文

《推定睡眠時間:0分》

オルトライトにキャラクターを乗っ取られた(奪われた)漫画家が~的な感じでこの映画のあらすじを語る人もそこそこいるっぽいのだがちゃんと映画観てたのかよと思うし観ていてかつそう言っているなら理解力がないかもしくは政治思想が理解をねじ曲げている。そんな映画ではない。確かにカエルのぺぺくんは作者の意に反してオルトライトのシンボルに祭り上げられてしまったが、これはオルトライトが「乗っ取った」結果ではなく、ネットに解き放たれたぺぺくんがコピー&ペーストと突然変異的二次創作を繰り返しながら増殖・変態していく中でオルトライトに辿り着いたということなのだ。

つまりインターネットのミーム進化論。オルトライト怖いねヤバいねという話ではなく(ヤバいが)インターネット・ミームがネットの海でどのように振る舞うかを追った映画なのである。それが分からないとミーム論で知られるスーザン・ブラックモアがなぜインタビュイーとして出演しているのか分からないだろうし、仮想通貨ぺぺコインの下りがなぜ挿話的に挿入されているのかも分からないんじゃないだろうか。別に難しい話ではなくただそういうものが画面に出てくるんだから普通に観てりゃ分かるだろと思うのだが…まぁそれはいいとして!

ぺぺくんはいかにも西海岸なまったりアメリカ男子がなんとなくの感じで創作したゆるゆるキャラクター。大学を出たはいいがとくにやることもないので友達と家でダラダラ過ごしてた作者のしあわせルーザー生活をネタにした脱力生活漫画の主人公であったが、これネットにアップしたらおもしろいよね的な作者の何気ない思いつきで紙世界からネット世界に解き放たれたことでぺぺくんの数奇な大冒険が始まった。

最初にぺぺくんを拾ったのはアメリカ版2ちゃんねる兼ふたばの4chan(またお前らか!)。日本のchanにもやる男とかやらない男がマスコット的キャラとして存在するが造形的にこれとなんらかの共通項を感じなくもない白ハゲ男というのが4chanねらーの集合的ペルソナ兼マスコット、ぺぺくんは4chanねらーどもの手によって白ハゲ男とよくコンビを組まされ偽善と綺麗事ばかりで気に食わねぇ世の中にツバを吐きかけ(させられ)るのであった。初手からだいぶ転落している感じである。

さて同じ頃、鍛え上げた己の肉体セルフィをネットにアップして悦に浸るネット筋肉界隈がどうしたことかぺぺくんの決めぜりふ「feels good man(気持ちいいよ)」を俺筋肉画像に一言添えるようになった。というか別に決めぜりふでもなかったのだがchanねらーとネット筋肉がぺぺくんの故郷である漫画「ボーイズ・クラブ」の中からせりふを抜き出して勝手に決めぜりふ的活用を始めたのである。作者マット・フューリーさんの脳裏に一抹の不安がよぎる。ぺぺくんは一体どこへ行ってしまうのだろうか…だがぺぺくんのミーム進化はむしろここからが本番なのであった。さらば、作者! さらば、倫理! さらば、紙媒体とか紙幣とか物質的な基盤をもつもの!

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俺これぺぺくんの『スキズマトリックス』だと思ったんですよ。『スキズマトリックス』ってほらあのブルース・スターリングのサイバーパンクSF小説。ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』と並び称されるサイバーパンクの古典というか起点。映画『マトリックス』のタイトルはたぶんここから取ってんでしょうね、『マトリックス』に出てくるレジスタンス都市ザイオンというのも『ニューロマンサー』に同じ地名がありますし。

で『スキズマトリックス』は設定的なところで言うと惑星植民とかコロニー植民とかで地球を飛び出した人類が人体を機械で補強して疑似的な不死を獲得した「機械主義者」と人体を遺伝子工学で根本から改造して人類という種を超克しようとする「工作者」に分かれて勢力争いを繰り広げている世界のお話。主人公の工作者リンジーは一応工作者として教育を受けたが人間らしさは捨てきれず、いろいろあって機械主義者の機械化施術も受けたりしたが機械主義者にもなりきれずというどっちつかずの人で、この人がどこも独自の奇形的進化を遂げた文明や集団を渡り歩きながらどんどん姿形を変えていく。

魑魅魍魎うごめく絢爛たるグロテスクなネット世界を渡り歩きながらものすごいスピードで作者の手の届かない存在へと変態していくぺぺくん、『スキズマトリックス』のリンジーみたいだったね。これをどう捉えるかという話なんですが俺はネットこわいなーっていうよりはネットおもしろいなー派で、映画の中で(あくまで映画の中で)最終的にぺぺくんが辿り着いた場所を思えばこの映画の作り手もネットの怖さを描きつつもそれと表裏一体になったネットの可能性っていうのもやっぱり描こうとしたんだと思います。

4chan、筋肉、ネットセレブ、インセル、オルトライト、仮想通貨、そして…ぺぺくんが行く先々で出会った人々が映画には出てくる。4chan顔出し勢のニート、あまりにも日本人ねらーニート的発想と発言と趣味と表情で彼が話している間だけアメリカが日本になったね。仮想通貨ぺぺコインで一財成したデイトレーダー、なんだこいつホリエモンかよって思うけどこういうアクティブな軽薄人間は結構一緒にいると面白いよね。これらネットの魑魅魍魎の一人一人はまったくろくでもないが、そのろくでもなさを許容するのが良くも悪くもネットである。で、そのろくでもなさの生物多様性がある一点で惨劇を生むこともあれば、別の一点では人を勇気づけることもあるのだ。ネットとはそんなことの連続なのではないだろうか。

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…とは言ってもまぁぺぺくんはそれでいいかもしれませんが作者の人とかは自分のキャラクターが勝手にトランプ支持者のアイコンとかにされてたまったもんじゃねぇよ感もあります。っていうんで法廷闘争とかに打って出たりするんですがそこから分かるのはクリエイターにとってのネット活用の難しさだよねー。たとえば動物キャラの日常まんがという点でぺぺくんと似ていないこともない○○日後に死ぬワニとかはネットで相当な流行の瞬間最高風速を記録したわけじゃないですか。でも今もう全然見ないですよね。それはコンテンツの権利者がキャラクターを上手くマーケティングに回収しすぎちゃったからで、上手く回収されたキャラではネットの人は遊べないんですよ。隙の無いものは二次創作にならない。

ぺぺくんの場合は作者が最初の頃はずっとネットの無断使用とか二次創作を放置してたんでネット民はなんでもやっていいんだって思っちゃったんですよね。これは俺たちのアイコンなんだからお前はすっこんでろよっていうかむしろお前誰だよ的な。酷い話ではあるけれども作者の方もネット人気に便乗してグッズ売ろうとしてたぐらいだからそこはまぁある程度イーブン。でも作った後にオルトライトが自身のアイコンにしちゃって売るに売れなくなったっていうのはなかなか悲劇的な笑い話です。ネット時代のクリエイターにとってはどうネットと付き合っていくかの教材。

あとこういう視点は日本で同種のドキュメンタリーを作るとしても出てこないよなーって興味深かったのはインタビュイーとして魔術研究家みたいのが出てくる。この人はインターネット・ミームを巡る人間の行動や思考を魔術のアナロジーで解釈しようとするんですが、サイバースペースとオカルティズムを接合しようとする試みはアメリカだとわりかしあるみたいで、現代のアメリカン魔女コミュニティなんかはビデオチャットで集会とかやったりするらしいし、サイバーパンクというのもニューエイジ文化の流れを汲んでいるので神秘主義的傾向が強い、昨今話題の(早くも飽きられつつあるが)アメリカの思想潮流・加速主義もまた「虚構の現実化」をひとつの柱とするものであるからオカルティズムとは切っても切り離せない。

やれフィルターバブルだエコーフェンバーだサイバーカスケードだとか言うじゃないですか、ネットでの人々の振る舞いを説明しようとして。それ学問的には正解かもしれないですけど批評的には足りないと思うんですよ。なんで人間はネットでこんな風になるのか、こんなことをしようと思うのかっていうことの根本的な説明にはならないですよね。そういう意味では魔術の概念を持ちだしてぺぺくん絡みのネット騒動に一貫したパースペクティブを与えつつ、ミーム進化論と併せて物語を単に「オルトライトがキャラクターを乗っ取った」みたいな特定の出来事に固定しないで、もう少し普遍的なものに引き上げていたのはすげぇ良かったと思いますよ。

それが正しいとか間違ってるとかそういう話じゃないのよね。目先のネット騒動に一喜一憂しないためにも等身大の視点から離れた大きな視点が必要なんじゃないのという話。今日もネットは誰が燃えたとか燃やしたとかで騒がしいが長い目で見たらどうせ大したことじゃないんだから、騒いでる人はまぁこういう映画でも観て落ち着いたらいーんじゃないでしょーか。という学びもあるおもしろいドキュメンタリー映画でしたとさ。

※ところで仮想通貨ぺぺコインはコインと言いつつ図像的にはカードタイプなのだが、このカードの枠組みデザインはマジック:ザ・ギャザリングから(むろん無断で)パクったもの。マジックのカード枠に色んなネタ画像を入れるネット文化ってありますよね。

【ママー!これ買ってー!】


スキズマトリックス (ハヤカワ文庫SF)

こんな社会派っぽいドキュメンタリー映画で「スキズマトリックスだ!」ってなるとは思わなかったよね。色んなSFがパクってる膨大な元ネタ集なので人生で一度は読もう『スキズマトリックス』。パクられ過ぎて今読むと中二感すごいですが。

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