都会ホラー映画の感想いっぱい書いて都市生活に恐怖する!(その2)

都会派キラー編①に続いて都会派キラー編②
まだまだ都会には危険な殺人鬼がいっぱい生息してんので、脈絡なく吊るし上げる。

『オフィスキラー』(1997)

上司にいつもイビられている地味で孤独なOLが殺人鬼となって成り上がっていく殺人サクセスストーリー。
ホラーっていうか黒いコメディですが、ゴアとか腐乱死体の描写が結構エグイんで一応ホラーってコトにする。

なにはなくとも殺人OLを演じるキャロル・ケイン、とにかくムカつく。
この人は会社の古参のオールドミスで、職場のコトなんも知らないし仕事もあんま出来そうに見えないが押しだけは強いクソ新任上司(女)にイジメられてるが、なにも言い返せずに「私、バカだから…」的な発言を連発。嗜虐心を煽りまくる。
コイツが偶然同僚を死に追いやっちゃったコトから徐々に変貌、上司や自分を裏切った同僚どもを血祭りにあげてくが、それでスッキリするかというと全くしない。
盛り上がりそうな殺人シーンも全部一歩引いたトコからブラックジョークとして捉えちゃうんで、アガる感じとか皆無なのだった。

この手の映画の常として人を殺すごとにキャロル・ケインはタフに美しくなってって、最後の方で見せる冷たい色気にはちょっとゾクっとさせられたりする。
あんま面白くないが、そのあたり良かったです。
あとアレだ、腐乱死体をお友達にしてくあたり『MAY メイ』(2002)っぽい。
崩れてきた腐乱死体をセロテープでくっつけるトコ、雑で笑った。壊れた人って雑だよね。

『八仙飯店之人肉饅頭』(1993)

世間を騒がせた中国ダンボール餃子事件より遥か以前に食品偽装問題を告発した実録(?)社会派映画。
色々と切羽詰まったマカオの飯店店主アンソニー・ウォンが女子供をさんざん犯してブチ殺し、肉まんに入れて販売する。
っていうか単にバラバラにして捨てればいいと思うが、肉まんに入れた方が面白いんだからコレでイイんだろう。

泣き叫ぶお子様にも一切手加減ナシの大狼藉シーンはドキュメンタリーみたいな臨場感&ゴアで物凄いが、姉妹編の『エボラ・シンドローム』(1996)(コレも凄まじい映画)ともどもアンソニー・ウォンの狂人っぷりもハンパ無い。
狂人っつってもゲヘゲヘ笑ってる感じじゃなくて、あまりにエゴが強すぎて倫理感とかカケラも持ち合わせてないタイプの狂人。そのうえゴキブリ並みの生命力と狂人…じゃなくて強靭な意志を持ち合わせているので、まったく手に負えない。
そんな獣同然の男なら手加減する必要もなかろうと、事件を追う刑事たちも笑いながらこの人を拷問にかけたりする。
なんでしょう、バランス取ろうとしたのか刑事パートはコメディになってるが、逆に不快極まる結果になってしまった。
最後は刑事たちがイエーイ! ってハイタッチして終わるが、ウルトラ凄惨なシーン散々見せられた後でそんなコトされても…。

コレが当たったらしいので、その後に配給のアルバトロスは「香港グルメホラー」とか銘打ってお食事系の邦題付けた香港猟奇殺人映画をアレコレと出したりした。
『香港人肉厨房』(1992)とか『香港人肉竹輪』(1993)とか『人肉天麩羅』(1993)とかあったが、ちゃんとお料理してる映画は一本も無かった気がする。
『八仙飯店之人肉饅頭』自体もシリーズ化されてるが鬼畜ゴア路線はあんま踏襲せず、三作目の『八仙飯店之人肉饅頭 エンド・オブ・マーダー』(1999)ともなると殺人シーンは一回一人だけ、その手口も絞殺とゆー地味なモノで、お料理はもちろん無かったりした。
コレ甘ったれた都会っ子が殺人を犯して罪悪感に苛まれるとゆーハナシなので、タイクツはタイクツだが香港映画人にも良心があったコトに安堵する映画なのだった。

アンソニー・ウォン本人は『八仙飯店之人肉饅頭』をフィルモグラフィから抹消したがってるらしい。

『ツールボックス・マーダー』(2003)

女優の卵がLAのボロアパートに引っ越してきたら不死身のアパート殺人鬼に狙われてしまったとゆー映画。
『悪魔のいけにえ』(1974)のトビー・フーバーが監督だが、ハナシ的には『サスペリア』(1977)とか『インフェルノ』(1980)の焼き直しみたいな感じだったりする。
腕が千切れ、頭が真っ二つになるゴアゴアな殺人とアパートの隠し部屋の大探検。
面白い。

ほんで、都会と言えば薄っぺらいご近所付き合いとゆーワケで、スラッシャー映画だが結構そのあたりに比重置かれてたりする。
廊下で会っても挨拶一つしないヤツ、ずっとやかましく喧嘩してるヤツ、人当たりがイイと思わせといて何考えてんだか分からないヤツ。
アパート・ホラー(そんなジャンルあるのか)なんて全部そんなヤツばっか出てくる気もするが、腐ってもトビー・フーバーなんでそのイヤ~な感じを強調。
全体的に黄味を帯びた色彩も相まってアパートを常識の通用しない見世物的異空間にしたりすんのだ。

その名の通りアパート殺人鬼は工具使ったDIY殺人を繰り返すが、なにも趣味でやってんじゃなくて、この人はコレが仕事なのだ。
件のアパート、いつもトンテンカン言っててうるさいが、どこのバカが騒いでんのかと思ったらアパート殺人鬼が一人修繕作業してたのだった。
迷惑な住民の対処も怠らない働き者の裏管理人なんである(都会のアパートでは騒いでると殺されるのだ!)
ちなみにこの人、住民に配慮して狭くて汚い隠し部屋に住んでるが、ラブホテルで清掃員してた俺はそのあたり共感してしまった。
いや、なんか客の目に触れないよう触れないようこっそり仕事する感じに…。

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『悪魔の棲む部屋』(1999)

コチラはマンチェスターかどっかのうらぶれたアパートが舞台の映画。
アパート・ホラーなので、やはり信用できない住民たちが出てくる。

主人公は売れない画家で、絵画教室の講師やってなんとか糊口を稼いでるとゆー設定。ポーランド移民の管理人とはソリが合わず、日夜アパートで巻き起こる貧乏な騒動に辟易し、オマケに絵画教室の講師を降ろされて困窮してるトコに怪しい港湾労働者が越してきて大迷惑。
コイツ夜となく昼となく騒音立てるから眠れないし、しかもやたら絡んできて邪悪な笑みを浮かべながらプライベートに踏み込んでくる。
管理人さんアイツなんとかしてくださいよ! と苦情を言おうとする主人公だったが、その矢先、管理人が何者かに殺されてしまうのだった。
あぁイヤだなぁ、こんなアパート、こんな都会暮らし…。

ちょっとだけアーティスティックな意図があるらしく、スロー多用の主人公の夢が幾度も挿入される。
真っ白な部屋で優雅にカーテンはためいちゃったりして、結構キレイ。でもソコで描かれるのは過去のトラウマなのだ。
そのうち夢と現実が区別できなくなってきて…ってコレもアパート・ホラーの定番だが、とにかく殺人鬼がグサグサ人を殺してくような映画でなく、画家の夢と都市生活に敗れてミジメな生活を送ってる男の精神的な危機をなんとなく詩的に描いた映画なのだった。

あんま面白くはないが、イギリス映画らしい冷めたムードと孤独感にグっときたな。
タイトルバックもかっちょイイし。

『マニアックコップ(別題:地獄のマッドコップ)』(1988)

マニアックコップと言っても両津勘吉なワケもなく変態の意味でのマニアックです。つか別に変態でもなく、むしろマンハッタンの平和を乱すゴミどもを皆殺しにしてやろうという志の高い警官殺人鬼を指したタイトルだったりするが、監督がコチラも都会ホラーの迷作『マニアック』(1980)のウィリアム・ラスティグだからかこうなってしまった。
ウィリアム・ラスティグ、この後には『処刑マニア』(1989)も撮ったりするからなにかとマニアと縁がある。

警官殺人鬼ちゅーアイデアだけ聞いてもあんまオモロイ感じ無いが、でもコレめっちゃオモロイ。
暴漢に襲われた女性がキャーと逃げ、おまわりさんを発見。助けてポリ公! と思ったらグチャー! とやられちゃうワケですが、ソレ一筋で終わらない。
繰り返される凶行に高まっていく警察バッシング。苛立つ現場の刑事たちと、なにがなんでも犯人を挙げたい上層部。最近行動の怪しい警官の夫を持つ女は不信を募らせてって、やがて彼は警察のスケープゴートにされてしまう。
マンハッタンに警官殺人鬼が現れたら一体全体どーなんじゃろかを多面的に描いて、ソコに汚職やなんやの軽い風刺、『ターミネーター』(1984)もかくやの警察署襲撃やカーアクションなんて見せ場もたっぷり加えてのたった86分。
監督ウィリアム・ラスティグ、脚本ラリー・コーエン、製作総指揮ジェームズ・グリッケンハウスの最強B級布陣はダテではない。

やさぐれ刑事のトム・アトキンスが渋くて渋くてカッチョイイが、スケープゴート警官にブルース・キャンベルってのも味。
『死霊のはたわた』(1981)みたいにチェーンソー振り回して戦ったりするワケでなく、ココではいかにも風采の上がらない普通の人。
俳優っていうかそこらのビデオ屋で深夜番やってる兄ちゃんにしか見えないブルース・キャンベル超適役だと思うが、そのキャンベルがやがて警官殺人鬼にプラスして警察の腐敗と戦うヒーローに変貌してく姿にグっときてしまう。
コーエン脚本はいつも突飛な設定に生活臭漂いまくりな市井の人々のドラマを絡ませんので、ココでも主役は奇妙な状況に翻弄される一介のうらぶれ警官なのだ。

沁みますね。そしてなんかヤル気が出てくるぞ。

『ミッドナイト・ミートトレイン』(2008)

アレだろう、殺人鬼とかどうせ暇なんだろ? だから殺すんだろ? 働けお前ら。…とか思ってる人いるかもしれませんが、いやそんなことはない。準備も後始末も大変なんだから趣味のレベルで出来ることじゃないだろう。少なくともこの映画の殺人鬼はちゃんと仕事で殺してる。

しかしお仕事ゆーても金になってるワケでなくどちらかと言えばこの映画の殺しは奉仕活動に近いのだった。殺人鬼は日中は普通に働いて、定時で上がった後に殺人労働を行う。地下鉄の終電に乗り込んで一日に10人くらいは殺すので、結構な重労働である。
しかも終電で殺して、そのまま電車に乗って死体の運搬までするってコトは家帰るの2時過ぎくらいでしょ? ほんでまた朝早く起きて仕事行ってってのを毎日やってるワケで…誰だ殺人鬼は暇だとか言ったヤツ! コイツお前の倍は働いてるよ!睡眠時間削ってな! 金にもならねぇのにな!

ブラック企業じゃねぇか。都会の労働環境はおそろしい。

『0:34 レイジ34フン』(2004)

『ミッドナイト・ミートトレイン』はマンハッタンだかの地下鉄のハナシでしたがコチラはロンドンの地下鉄です。マンハッタンの地下鉄は人智の及ばぬ異界に続いてたりしたのですがロンドンの地下鉄は何故かナチの実験室みたいなトコに繋がってます。都市伝説的な。

地下鉄殺人鬼のほかはホームレスと下水清掃人と酔ったOLと強姦男ぐらいしか出てこない荒んだ世界観サイコー。ベタついた残酷描写も心に傷を残すイヤァな後味の都会ホラー。

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『DOOR』(1988)

コレは都会ホラーとゆーのだろーか。日吉あたりのベッドタウンが舞台で、ソコに住んでる専業主婦・高橋恵子がストーカー訪問販売員の堤大二郎に狙われる。匿名性やら無差別性やらストーカーやら希薄な人間関係やら、構成要素だけ取ると他の都会ホラーと共通する部分多い気がするが、するとベッドタウンの恐怖とゆーのはむしろ都会の侵食の恐怖と無理やり言えなくもない。
私的な生活空間に無理やり押し込んでくる背広姿のビジネスマン。都会のホラーっていうか、都会から逃げられないことのホラー、みたいな。

しかし本当にコワいのは堤大二郎でも都会性でもなくぶっちゃけ高橋恵子その人なのであった。怒り狂った堤大二郎が玄関DOORをドンドンと叩きながらコノヤローバカヤローと連呼するトコで目をひん剥いて恐れ慄く高橋恵子、超コワい。
関根恵子時代を知らないからハナっからこの人がちょっとキレイ目なオバハンにしか見えず、よって堤大二郎がなんでベタ惚れしたのかも皆目わかんない。未熟なんだろう。

和製スプラッターとか銘打って売ってた映画らしいが実際に血がブシャーってなるトコはラスト数分にちょっとある程度。そこでは堤大二郎と高橋恵子のマンション内での攻防が繰り広げられるわけですが、これがまた結構ユルい。
お互いにさっさとナタでも振るって相手ブチ殺しちゃえばいいのに、とにかくモタモタモタモタ掴みあったりしてるし、風呂場に閉じこもった高橋恵子をブチ殺すべく風呂場DOORにミニチェーンソーで穴を開ける堤大二郎なんて遊んでるようにしか見えない。『シャイニング』(1980)のパロディですとか言われればナルホドと思うがそうも見えないしなぁ。

高橋恵子が家の外の人間と話すときの相手の声が全部インターホン越しみたいに加工されてたりご近所トラブル織り込んだりと面白い趣向もあったりするが、結構肝心なとこで雑になるのでう~んって感じ。気持ちイタリアン・ホラー調の音楽(同時公開の『死霊の罠』(1988)もそんなだった)とか石井隆映画でお馴染みの名カメラマン佐々木原保志の映像はイイ。

『M』(1931)

巨匠フリッツ・ラングとゆーと『メトロポリス』(1926)は言うに及ばず『ドクトル・マブゼ』(1922)とかこれとか都会に憑かれた監督ってイメージがある。つーコトで幼女大好き変態殺人鬼“M”が都会の匿名性に隠れて口笛吹きながら殺しをやっちゃう元祖(かどうかは知らない)都市型殺人鬼ホラーの『M』。
ギョロついてキョドついた挙動が実に気持ち悪いピーター・ローレのロリ殺人鬼っぷりは今でも鳥肌ものだが同じくらい怖いのは都市の匿名性であって、殺人鬼憎しの意識高い系プロ市民の方々が集団でMに私刑を加えようとする後半にすげー戦慄させられたりする。
一人一人は無力だが、束になって名前を隠しゃなんでも出来る。逆に、だからこそこの人らは“M”とゆー名をローレの背中に刻印せにゃならんかったんじゃなかろか。叩くには名が必要なのだ。

個人情報の流出が問題になる昨今、匿名の怖さと反面の名が知られることの怖さは当時よりリアルに迫ってくんのかもしんないなぁと思ったりしなくもない。ラングの洞察力がハイパー鋭かったのか、単に世の中のバカさ加減は変わらないって話だかは知らないが、そんなわけで今も昔も変わらずおそろしい都会ホラーが『M』なのだった。

『夕暮れにベルが鳴る』(1979)

「もしもし? どなた?」
「…子供の様子を見ろ」
「どなたですか? 私はベビーシッターで、家の方は留守なんですが…」
「…子供部屋に行くんだ」

変態電話がかかってきたので警察に連絡、逆探知してもらうとその発信先は今いる家の二階からだった…とゆーお馴染みの都市伝説をネタにした最初の映画(らしい)(追記:『暗闇にベルが鳴る』(1974)と勘違いしてました)
さすが元祖だけあってかそのネタをやたら引っ張り、『スクリーム』(1996)だったら5分で済ますところをコチラは最初の20分ぐらい延々やる。これがしかし鬼怖く、静寂に包まれた郊外の一軒家に電話のベルが響き渡る度にビビってしまう。

家にはベビーシッターの女の子と子供たちがいて、子供たちは子供部屋でスヤスヤ眠ってる。ほんでベビーシッターが居間(また照明が暗くて怖いんだ)でテレビも観ずにボーっとしてると例の電話が掛かってくる。
最初はイタズラ電話だろうと思いベビーシッターは相手にしない。でも何度も何度も電話は掛かってきて、段々と電話の男もエキサイトしてくる。ベビーシッターは不安になってくる。
ちょっとだけ酒を飲んでみる。外から覗かれてる気がしてカーテンを閉めてみる。でも不安は消えない。今度は置時計のカチカチ言う音が気になってくる…この置時計のショットが執拗に繰り返され、これまた恐怖を煽る。
そしていよいよ耐え切れずに外に逃げようとすると、子供部屋に男の影が…怖い!

ところでどこが都会ホラーなんだと思うかもしんないが、この惨劇の後で一気に時間が飛んで、一旦は捕まって精神科病院送りになったベビーシッター&子供殺しの犯人が脱走、マンハッタンに逃げ込んだ彼をかつて事件を担当したオッサン刑事が再び追うって展開になる。
それで変態殺人鬼の殺人行脚が始まるのかと思ったら違った。どころかコイツが夜のマンハッタンを所在無く彷徨いながら、自らの異常な性癖に苦悩する姿をジーッとカメラは見つめんのだ。殺しとか、ナシ。

殺しを期待するとつまらないが、でもこれ泣けるんだよな。変態殺人鬼役のトニー・ベックリーの色んな含みを持たせた微妙な演技に、この人は何考えてんだろう何やらかすんだろうとハラハラしながらも同情してまうんだよ。
人の温もりを求めても上手くいかない。バーで会った中年女とイイ仲になろうとするが、もしかしたら殺してしまうんじゃないかと考えて怖くなる。冷たい都会でただ一人自分の身を案じてくれたブラザー&フレンドリーな黒人ホームレスには思わず背を向けて、そしてトイレの鏡に映った全裸の自分を見つめながら赤ん坊みたいに泣き出してしまう。

捨て犬の眼差しでどこにも居場所の無い、っていうか誰も信用できずに自分から居場所を拒否してしまう都会を彷徨って、ほんで行き着く先は再び郊外の一軒家。そして残酷にもまたもやの惨劇となるわけだがこの人はきっと郊外とアメリカン・ファミリーの幻像に安息を求めて、反面で憎悪を抱いてたんだろうなぁ。
『ハロウィン』(1978)の翌年の映画だが、あそこで描かれた郊外の恐怖の正体を都会の孤独や不安から逃れるべく郊外に引っ込んだ人々自身の影として捉えてるように思え(『ハロウィン』自体にもそんなトコはあったが)、その意味で単なる都市伝説系殺人鬼映画にない広がりがある気がする。案外こういうのが都会ホラーの本質なのかもしれない。

ちなみに、殺されるベビーシッターに扮したのはまたもやキャロル・ケインなんであった。

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