『パーティで女の子に話しかけるには』を見た

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パンクキッズが出会ったエル・ファニングは宇宙人ってそれ文学的比喩だと思うじゃんエルファニの独特の存在感から言って。不思議少女イメージで売るガーリー宣伝戦略かと思うじゃん渋谷とかでやってる映画だし。
本当に宇宙人だったな。最初の方は普通の音楽懐古青春ものっぽかったから唐突な未知との遭遇びっくりしたな。これは『不思議惑星キン・ザ・ザ』クラスの衝撃的第三種接近遭遇。

既に形骸化していたらしいとはいえバカとシュールで検閲をすり抜けた体制批判なのだから『キン・ザ・ザ』もパンク、時空を超えたパンクの相互浸透だ。
どっちもプリミティブな音楽行為でノーフューチャー絶望状況を打破しようとする映画だし!(嘘は言ってない)

映画のスタートはロンドン1977。パンク友達とパンクファンジンとか編んでるパンク少年がライブ終わりになんかパーティみたいのやってるーと思ってあやしい光を放つ奇特屋敷に突入したらニューウェーブが到来していた。

『キン・ザ・ザ』の地球人は物乞い宇宙人の存在を理性で受け止めきれず資本主義陣営と解釈したが(意訳らしい)パンク少年たちはニューウェーブ宇宙人たちをカルトと理解。なんかあやしい性行為や儀式などしている。のちのちサイキックTVとか出てくるのだから別にそんなに間違ってない。

進歩進化を標榜して個性の尊重とか口当たりの良いことばかり言うニューウェーブ宇宙人たち。この宇宙人たちは非暴力主義だしなんでも合議で決定するし理性的だしとてもすばらしい宇宙人に思えたがどうにもエルファニ星人はその中にいて居心地が悪かった。

よくわからないがなんか嫌である。なんか嫌であるがよくわからない。ちょうどこの間の『散歩する侵略者』は人間から概念を奪う宇宙人のお話だったがこちらではパンク少年が宇宙人に概念を教える。

それ、パンクじゃん。パンク少年の何気ない一言にエルファニ大興奮。パンク! これはパンク! ということでエルファニとパンク少年の『ローマの休日』的反抗逃避行が幕を開けるのだった。壁にアイスかなんか投げつけたり宇宙的ペッティングしたりしてたのしい。

しかしたのしいのは思い出の中のことだからで青春のおわりと大人のまいにちエピローグが付くこの映画であったから苦々しいものが見終わってみればべったり、壁のアイスみたいに。

ノスタルジーとか感傷とかよりはもう少し重かった。パンクの人が求めた革命とはなんだったんだろうみたいな話。革命の行為は何を犠牲にしたかとか。親世代と子世代の相克として表象される革命の自己矛盾と革命による革命の内破に打ちのめされた人たちの痛みとか。まあ革命は進歩とか近代とかの語に置き換えてもいいのではないの。

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ 』とか『ショートバス』のジョン・キャメロン・ミッチェルという人の作だからそのへん一貫したテーマなのではないかな。ラブ&ピースの新たな世界の可能性を信じたかっただけなのにみたいな。肉体の制約がその可能性を閉ざす。ヒッピーぽい。
文脈的に超余談だと思うが『キン・ザ・ザ』の場合もやはり破れた革命のイメージがバカシュールに覆い被さっていたな。オチの持ってき方まで似て見えてきたから疑似相関の恐怖。その救いまでもだ…。

ライブシーン、良い。エルファニがなんかビヨークみたいになる。宇宙人たちはビヨークみたいな格好をする。語彙力の届かない光景をビヨークとニューウェーブで代替するやっつけ感性はあけすけな自己表現を是とするパンク的感性からすれば唾棄すべきものではないか。まぁ気にしないことにしよう。

無邪気な子供でもあるような老成した大人でもあるような男のような女のような曖昧オーラぐにゃぐにゃ肢体のエルファニは、なにか肉体からの解放を少しだけ夢見させてくれる。『ネオン・デーモン』に起用された美学的理由もたぶんそういうところ。

音楽ジャンルのパンクにあんまり興味がないのでどうかと思ったがパンク! という感じでもなくオフビートというのはたぶんこういうのを言う。臨戦態勢で忍者みたいになる宇宙人最高。第四マニフェストだ! シュビビビッ!
おもしろかったな。いや危なかったよエルファニ苦手だしパーティで女の子に話しかける映画だったら見ないところだった。ていうかあれパーティなんですかね…。

【ママー!これ買ってー!】


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共産パンクまたは共産マッドマックス。(リンクは現行リマスター版ではなく旧版だが絶対にこっちのアホいジャケットデザインの方がいい)

↓原作入った短編集だそう
壊れやすいもの

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