映画感想『パッドマン 5億人の女性を救った男』

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《推定睡眠時間:0分》

妻に清潔なナプキンを使って欲しい一心でDIYナプキン開発に勤しむパッドマンだったが妻、お義母さんとの関係もあるし恥ずかしいからと使いたがらない。
使ってくれなきゃあ使用感がわからないじゃないか! これは君のためなんだ! だから君のために女子医科大学の生徒たちに試作品ナプキンを配る! 村の女たちに片っ端から声をかける! なに、近所の女の子がお赤飯の年頃に!? やぁ、ぼくパッドマン!

夜も更けた頃にこっそり近所家のベランダによじ登りお赤飯の女の子に自作ナプキンを渡そうとする事件性の高い行動を目撃されたパッドマンは妻からも家族からも愛想を尽かれてしまう。
グローバル市場向けにマイルドに調整されているとはいえ、インドのどっか地方の因習がお話の主軸になっている都合、没落先進国の都会っ子にはこの村の人々が頑なにナプキンを使いたがらない理由が肌感覚ではわからなかったが、さすがにこの怪行動にはドン引き。

そりゃあ夫がこんなんなったら愛想尽かすよな、と思う。生理=穢れの観念は地域差があるが変態は万国共通だ。
○○マンの命名法は確かにヒーローにも使われるがロックマンなんかだとボスもエアーマンとかスネークマンだから正義の専売特許ではない。
パッドマン、ヒーローじゃなくて怪人の方だった。手書きのアンケートなんか試作品ナプキンに忍ばせたりして完璧に事案。

でもパッドマンは妻の身を案じているだけで変態的な意図は毛頭ない。そのギャップが可笑しい。
町工場を営む下町エンジニアのパッドマンは部下たちの何気ない一言からナプキン改良のヒントを得たりする。
親方が若造を叱ってる。「ダメだろう! 自分で試してから納品しないと!」瞬間、パッドマンの脳裏に電流が走るが、その丁寧かつ強引なネタ振りと絶妙なスローモーションに思わず唸りつつ噴飯。

とこのように最初はパッドマンを聖なる愚者としてネタにしといて最後は社会のヒーローに持ち上げるあたりは手慣れたもので、俺はあんまインド映画観る方じゃないんですが「型」っていうのはすげぇ感じたな。
こう、省略とアップダウンの激しい100か0かの語り口とかテンポとか。そういうのがすげぇ完成されてる感じで。話も普通に良い話で。

だから特に言うことも逆にないんですけど、ただこれはメジャーインド映画の一般的傾向なのかもなんですが、ヒエラルキーの絶対性というのがあって、それが俺には厭な感じではあった。

金持ちの下に貧乏人がいて、貧乏人の下に女がいて、というような構造が最後まで揺るがなくて、煎じ詰めればパッドマンがナプキン制作に奔走することになったのもヒエラルキーのトップらへんが資本も教育も半ば独占してるからなんですが、映画はこのトップらへんの人たちがパッドマンに手を差し伸べたとしてそこにエクスキューズを与えつつ、大元のヒエラルキー批判を丁重に退ける。

この上から下への善意のトリクルダウンは別の面から見ればカーストや家父長制の肯定になるだろうし、だからパッドマンの功績を讃える一方で、映画で描かれるその妻は最後までナプキンがなぜ必要か理解しようとしない、無知で美しいだけの女として表面的にしか描かれないんじゃあないか。

抑圧された女の側からの異議申し立てではなくて、あくまで有能なパッドマンが無知無能な女たちを助けてやったという体の物語になっているわけで、啓発映画の側面もあるだろうからまぁ…とは思いつつ、中国映画なんかにもよく感じる国土も人口もでかすぎる大国特有の、明朗快活な物語の裏側に見え隠れする複雑さと政治的配慮に、なにかゴニョっとしたものは残るのだった。

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見てないから知らんけどこれもざっくり同じような聖なる愚者ものなんじゃないのか。

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