裁判しない系裁判映画『ナポリの隣人』感想文

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イタリアの裁判システムを知らないのでどういうアレかよくわからなかったのですが冒頭が裁判所の場面、法廷の横にガラスで仕切られた小部屋が付いていてそこにアラブ系の被告人が座ってる、でガラスのこっち側には弁護士とか検事とか裁判官が座ってて、その中にえらい恐い顔をした通訳の女性がいる。

この人がすごい。必死に弁明するアラブ系の人の訴えを聞いて被告はあれこれ言っていますがあれ嘘ですとか言って裁判官からお前の意見はいらないですから通訳だけして下さいと注意されてしまう。
そんな通訳がいていいのだろうか…震えながら(うわぁ…超この人に怒られてぇ…)と興奮してしまうマゾではあるが、いやそれはまぁどうでもいいのですが、しかしこの通訳としてどうなの行為、実はいつなんどきでも誠実であろうとする強い意志の表れであった。

この通訳の人エレナの父親が映画の主人公ロレンツォ。元弁護士で現役時代はあくどい手段も色々使った、っていうんでイタリア法曹界では悪名高い。立場は違えど法廷を仕事の場とする道を選んだエレナはロレンツォを反面教師としていたわけである。
けれども誠実であることが必ずしも誰かのためとは限らない、というのがこの冒頭シーンからはわかる。エレナが誠実であろうとするのは不誠実を良しとするロレンツォへの反発からで、モラルの要請とか誰か他人を慮ってのことではなかったのだ。

このエレナとロレンツォの確執が物語の大枠で、“ナポリの隣人”というのはロレンツォの住むアパートに引っ越してきた若い夫婦のことですが、弁護士と通訳という立場で他者の声を代弁してきた二人は隣人夫婦と彼らの身に起きた出来事(と、もう一人また別の人物)を通して秘めたる声を表出、衝突する。
冒頭のエレナがそうだったように誠実さが時には罪を宿すなら不誠実にだってやっぱ罪はあるでしょうってことでその代理戦争、基本的に平行線なのですが、他者フィルターを通してぶつかることで二人は互いを少しだけ理解していく。

和解じゃなくて理解の話。そして理解には他者と迂回が必要だという話。一般的な意味での法廷ドラマとは違うけれどもその意味ではとっても法廷ドラマだし、それが主題として浮上することはないけれどもなぜ多様性が必要かということの一つの回答でもあったから懐が深い。
人と人を隔てるガラスや壁を象徴的に組み込んだ立体的な構図、隣人夫婦の夫が見せる傷ついた子供の眼差し、様々な形のディスコミュニケーション、静謐なサスペンスと…いや大変に見応えのある面白い映画でした。

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去年観に行っておもしろかった裁判映画。

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