白いアウトレイジ映画『スノー・ロワイヤル』感想文

《推定睡眠時間:0分》

今日は皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいますとバトルロワイヤルな誰かが号令を下してしまったかのような死屍累々のものすごいお笑い地獄絵図。さすが、邦題とはいえロワイヤルを冠するだけある。死ぬ全員がとは言わないが九割九分悪人なので黒笑を強調した『アウトレイジ』みたいな映画である。

スキー観光客でそれなりに賑わうコロラド州キーホーで模範市民リーアム・ニーソンの一人息子が突然失踪、なぜかデンバーでヘロインの過剰摂取により死亡した状態で発見される。
息子がクスリなんてやるわけがない…動揺するリーアム。だったがもう家族の拉致は他の映画で何度も経験しているので迷いとかは米粒ほどしかなく、息子の同僚から下手人の名を聞き出すと速攻で殺しに行く(そして殺す)

映画開始約15分で呆気なく判明する事の真相はこうだった。リーアムの息子が働く空港はデンバーを拠点とする麻薬ギャングのお仕事場。ちょっとだけ麻薬くすねて売りさばけば超金持ちじゃんと劇的浅はかに思い付いてしまった同僚の企みに巻き込まれて息子ギャン殺。その下手人はリーアムが開始15分で殺してしまったのでもうお話おわりである。

大丈夫なのか、映画として。ちょっと心配になってしまったがしかしそんな心配は5分で払拭、必殺仕事人と化したリーアムが下手人に命令を下したヤツ、そいつに命令を下したヤツと芋づる式に殺して行くことになったので杞憂であった。
それはそれでまたいつものリーアム無双シリーズなのかと心配になりかけるがそこで思わぬ展開に。相次ぐ部下の失踪を麻薬協定を結んだはずの保留地ネイティブの仕業と思い込んだ麻薬ギャングのボスがとりあえず手近なネイティブ・ギャングをぶっ殺してしまったことからアウトレイジな抗争勃発。
もうこの時点で6人ぐらい死んでいるので後はもう何人死のうが同じだ、雪だるま式に死体の山は積み上がっていくんであった。

死体を量産する雪国ノワールといえば『ファーゴ』ですが日本的には『アウトレイジ2』でオマージュされていた『北陸代理戦争』、映画きっかけで劇中の襲撃シーンと同じようなヤクザ襲撃事件が起きてしまった呪われた実録やくざ映画として語られるが、映画を見たぐらいで殺しに向かうヤクザがいるんだからここは雪国の命の安さに注目すべきだろう。
どういう理由かわからないが雪が多いと現実と虚構の区別がつかなくなってちょっとぐらい殺してもいいやって気になってくるらしい(要出典)

そういえば『ファーゴ』の方もジョークで実録を謳っているが、それを真に受けて当地で(劇中の)雪原に埋められた大金を探して凍死した日本人女性がいるという。
そんなバカなと思いたいが事実は小説よりも奇なり、『ファーゴ』の金を探して死んだというのは誤報でこの日本人女性は色々悩んだ末に自ら命を絶ったのだったが、なぜそんな誤報が生まれたかといえば生前の彼女と話した当地の警官が、あまり英語が堪能でない彼女がファーゴファーゴと言うのでファーゴの金を探しに来たんだろうとありえない勘違いをしたせいらしい。

虚構も現実も生きるも死ぬも地続きで、広漠たる雪原を見ているうちにその区別なんてどうでもよくなってくる雪国ではこういうこともあるのかもなぁ、というあたり案外リアルだったかもしれない『スノー・ロワイヤル』なんである。
(ちなみにその可哀想な日本人女性の物語は菊地凛子主演で『トレジャーハンター・クミコ』として映画化された)

それにしても、何を言っているかはよくわからないのに例の日本人女性を『ファーゴ』の金目当てと断定した警官、なにか象徴的というか。
なにもかもが不確かな雪国で金は特別な重みを持つのか、『スノー・ロワイヤル』の大参事も基本的に金のせいであった。仁義で飯は食えないが金さえあればなんでも食える。チ○ポに20ドルを被せてモーテルの清掃係を食おうとするバカのエピソードは最高だった(その顛末が)

衝撃的なぶっ壊れ爆笑エンドもそう考えると意外と腑に落ちるものだったのかもしれない。いやマジなんなのって感じだったがあれはきっと、麻薬売買で得た金で諸々売り払ってしまったネイティブたちのイノセンスの喪失を象徴するシーンなのだ。
ポコポコと軽快に人が死んでいくさまが愉快な映画だったがその根底にある失意は結構深い。名誉とか誇りとか惚れた女とか金で手に入らないものを片手で追い求めながらもう片手で結局は金を掴んでしまうガッカリ人間たちの挽歌だ。笑えるけど後味、ほろ苦い。

リーアムはいつものリーアムだったが癖のあるキャラクターたちが面白い。信義を重んじるタイプに超なりたいタイプのデンバー麻薬王の空回りっぷりとか最高です。そのデンバー麻薬王が敵対するネイティブ・ギャングのボスは小林稔侍みたいな見た目で貫禄あり。しかし貫禄しかないのであった。
手に入らないものを手に入れようとして右往左往の男たちを冷ややかに眺める女たちも印象的でリーアムの妻がローラ・ダーン、でかでかとクレジットされてるわりには出番が相当少ないが、デンバー麻薬王の元妻ともどもお笑いアウトレイジを地に足のついたものにしていたように思う。あと妻といえば板尾の嫁的な…あの人、よかったな。

ちなみにデンバー麻薬王の息子はめっちゃ天使で死ぬ(見てる方が)

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和製『ファーゴ』ですが今となればこう、『スノー・ロワイヤル』味もあるというか、『アウトレイジ』感もあるというか、なにがというと言いにくいのですが複雑な色彩を帯びてしまう。

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ジェイムス
ジェイムス
2019年6月13日 10:48 AM

「アウトレイジ」の価値が全く理解できない私としては、この映画は無理でした。
「ファーゴ」は興味深く楽しめたのですが・・・。
いつものリーアム・ニーソンかと思って観始めたら、私の苦手なお笑いもの。
名誉市民賞まで貰った善良な主人公は、怒りに任せて、ろくに確認もせずに手下たちを殺していく。
長年連れ添った奥さんは、突然出て行きそれっきり。

リーアム・ニーソンの息子は、父親似なのか確認するまもなく消えて、残念でした。
女警察官が「ファーゴ」を思い出させますね。

さわださんが書いてみえるような深いメッセージは、私にはよく分りませんでした。
私が抽象画より具象画が好きなのも、そのあたりなのだなと思いました。

またこれからもここを鑑賞の参考にさせてもらいます。