【ネッフリ】『愛なき森で叫べ』感想文(ネタバレなし)

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《推定ながら見時間:60分》

これはぼくが『愛なき森で叫べ』を観ながらポストしたツイートで最初の20分ぐらいが全然モデルになった北九州監禁殺人事件と関係ない上にキャラクターは上滑りしてギャグは寒くてと超つまらなかったのでその不満が文面から滲み出てますが最後まで観たら「ようするに性の開放が被虐と服従からの脱出の鍵なのだ」というお話ではなかったので鑑賞途中にわかったようなことをツイートして園子温さんすいませんでした。

だがでもしかし、これに関しては園子温にも責任があるだろ多少は、かなり多少は。だって北九州監禁殺人事件の映画化という触れ込みでしたがガワだけ借りて中身なんかほとんど北九州監禁殺人事件関係ないじゃないですかこれ。そもそも北九州行かねぇし。関東甲信越だし。人死にすぎ+組織(と言えるのだろうか)ぐるみで証拠隠滅しすぎ案件のため全容解明は永久に不可能でしょうが、こういう特異な事件は地理を含む環境因が大きな役割を果たしているのが常なので、舞台を北九州から関東甲信越に変えてしまったら結構大事な部分が抜け落ちてしまうんじゃないかと思うんですが。

おそらく園子温、北九州監禁殺人事件そのものにはあんまり関心がなかったんだろう。着想を得ているのは確かだとしても着想源はそれだけではない。たとえば椎名桔平率いるチーム監禁殺人が警察から逃れて長野の山荘に逃げ込むシーンがある。なぜ長野か。たぶんこれはあさま山荘事件のイメージなんである。北九州監禁殺人事件の推移に山岳ベース以降の連合赤軍の酸鼻を極める道程を重ねているのだ。

なんだか長野の地名に引っ張られた思いつきのようですがかなり確信を持ってそうだろうと言えるのはこの映画が北九州監禁殺人事件とは無関係の連続射殺事件で幕を開けたから。日本で連続射殺事件などというものはヤ絡みでもない限り早々ないので、すぐさま想起するのはやはり“略称・連続射殺魔”永山則夫の連続ピストル射殺事件になる。永山が事件を起こした場がいずれも都市部だったことを思えば北九州からあえて舞台を東京-長野に移したことも腑に落ちる。

後年自らのキャリアの集大成として『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を撮ったのは連赤の時代の同走者・若松孝二ですが、連続ピストル射殺事件を題材にした『略称・連続射殺魔』を事件直後に撮り上げた若松の盟友・足立正生はその後日本赤軍の一員として活動を始めることになる。
ようするにここには北九州監禁事件よりも新左翼関連事件の記憶と変革を求める心情が強く焼き付けられているわけで、その結末からいっても北九州監禁殺人事件の映画化ではなかったんである。

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加えてそこに園子温のセルフパロディも入ってくるのだから一層、北九州監禁殺人事件から遠くなる。ある意味、園子温まつりというか、園子温による園子温の総括のような映画であった。閉鎖的な人間関係の中での絶対的な支配と服従、殺人と死体の解体&遺棄は埼玉愛犬家連続殺人事件ネタの『冷たい熱帯魚』、映画のもうひとりの主人公である(『愛のむきだし』の満島ひかりの弟にして若松孝二『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』が映画デビューの)満島真之介が東京で知り合った映画バカたちと「ぴあフィルムフェスティバルでグランプリ」を獲るためにドキュメンタリーともフィクションともつかない無謀な映画撮影を敢行するのは『地獄でなぜ悪い』、詩人だった園子温に映画監督の道を開いたのはぴあフィルムフェスティバルでのグランプリ受賞であった。

女子高生集団自殺のシーンは『自殺サークル』か。ぼくは園映画ほとんど観ないので(嫌いなので)知りませんが知っている限りでもこれなのだから園ファンが観ればもっと出てくるに違いない。つまりそういう映画である。
とにかく、この人は題材に歩み寄るということをしない。題材を自分の世界観の中に取り込んでその世界観に合わない夾雑物をスポイルして俺色に染め上げて、予定調和的に吐き出すというのは園映画を高く評価し親交もある宮台真司と同じである。

その意味で北九州監禁殺人事件の主犯をモデルにした椎名桔平の暴力詐欺師は園子温の凶悪なアナザーなんだろう。椎名桔平が彼をモデルにした映画内映画を撮影する満島真之介らと結託して自分で自分を演じる人物を撮る、という奇妙な入れ子構造はそのことに園子温自身が意識的であったことを示唆しているのかもしれない。北九州監禁殺人事件とまではいかなくとも、切羽詰まった撮影現場での暴力とかパワハラとか人格否定とか…というのはよく聞く話ではある。

だから『地獄でなぜ悪い』と同じく映画を撮る映画ではあってもここには『地獄でなぜ悪い』みたいな楽天性はない。新左翼が(そして園子温が)見た変革の夢の残滓は満島真之介の空虚な「ぴあフィルムフェスティバルのグランプリ」と椎名桔平の理念なき金集めに姿を変える。その行き着く先はただ死体が量産されてお互いに憎み合って誰もが自分の命にすら関心が持てなくなる人間性の荒野であった。

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北九州監禁殺人事件の特異性がクローズアップされず、むしろ取るに足らない事件としてドライに扱われるのは90年代を跨いだこの事件が93年の埼玉愛犬家連続殺人事件と本質的にはさして変わるところのない、退屈な時代が生んだ退屈な事件の一つとして園子温が捉えているからではないか。

宮台真司はそんな時代に「終わりなき日常を生きよ」と言ったが、対して園子温が『愛なき森で叫べ』で提示するのは「終わりなき日常を生きるな」というべきものであった。人間性を殺して退屈な日常を生きるくらいなら狂った愛に殉じてしまえ。それは新左翼が自壊してオウム真理教が爆発した後に残された唯一の私的な変革の可能性である。か、どうかは知らないが、劇中で主人公の鎌滝えり(北九州監禁殺人事件でいえば主犯の内縁の妻にあたる)が望んだのはそんなことだったんだろうと思う。ただそこに安易な希望を含ませないのが園子温による園子温の総括の所以である。

変に北九州監禁殺人事件の映画と言わず園子温の新作とだけ言ってくれればよかったのに。その思想を首肯することは全然できないけれど、それならもう少し素直に観れてたよ。もう少し、良い映画だなって思いながら

追記:
死体をバラバラに切り刻む場面のブラックユーモアとか『XYZマーダーズ』みたいな通電棒とか鎌滝えりさんのオナニーとか日南響子さんのゴスパンクファッションとかよかったです。興奮しました。こち亀みたいなベッタベタのギャグには劇的に冷めましたが。それにしても、被害者もまだバリバリ生きてるのにデリカシーのない映画よね。この感想のデリカシーのなさも相当なものだと自覚してはおりますが。

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北九州は野蛮な事件の宝庫。というわけでヤクザ一家がヤミ金一家を殺した大牟田4人殺害事件の実録もの。こちらはポエティックな『愛なき』とは逆にジャーナリスティックなというか、ギャグ混じりの作風ですが事件の特異性であるとか事件が起った背景・空気を丁寧に掬い取った真面目な実録映画です。どちらが好きかと言われればこっちのアプローチを好く。モラリストなので。

500
さくら

検索からきました。本当に思ってたこと書いてくれてありがとうございます。北九州事件、後半しか絡んでなくて宣伝に使うべきではないと思いました。園子温作品のネタを散りばめられているだけの映画。好きだったし、期待しすぎだったのでとてもガッカリしました。これのためにNetflix入会したので残念というか怒りがこみあげてきました。
北九州事件と園子温のコラボ、詐欺の誇大広告に騙された気持ちです。