まがいもの万歳映画『イン・ザ・ハイツ』感想文

《推定睡眠時間:25分》

『ラ・ラ・ランド』を観た時にはこれは移民の眼で撮られた映画だなぁと思ったものだったがカリブ版『ラ・ラ・ランド』(meets『ドゥ・ザ・ライト・シング』)と言うべきこの『イン・ザ・ハイツ』はまさしく移民の映画ということでカリブ移民二世の諦観を軸に物語が展開する。両親は働いて働いて働けばそのうちアメリカで立派な家を持てるんじゃい自由で平和に暮らせるんじゃいとたとえ貧乏でもまだ理想を抱けていたが祖国を知らず子供の頃からアメリカの底辺で生きてきた移民二世にはもはやそんな熱はない。なにが自由アメリカよ、カネもねぇ職もねぇ大学行っても学費払えねぇけど人種差別だけはちゃんとある!

あぁ、帰りたいなぁ。まだ見ぬ祖国はきっとブルックリンの掃き溜めに比べれば楽園のようなところに違いない。空気は澄んで海は透ける、遮るもののない太陽を全身に浴びて愉快な仲間たちと歌って踊って…まぁ、そんなものは大抵幻想でしかないのだが! でも幻想に縋るしかない状況というのもあります。わりとフルミュージカルに近い歌って踊ってばっか映画ですが最初にオッと思うのは主人公のプエルト・リコ移民ウスナビさん(『ファイナル・プラン』で可哀想な捜査官役だったアンソニー・ラモス)が経営してる雑貨屋に歌いながら出勤する時にマンホールに張り付いてたガムを踏んでしまい、それを苛立たしげに蹴飛ばすとマンホールがグルグルーっと現実にはあり得ないカートゥーン的回転をかますところ。

ミュージカルだからなにやら楽しい感じだが現実に起こってることはマンホールのガム踏んだっていう日常のプチ悲劇でしかないよな。これはそういうプチ悲劇とかプチ哀しみとかプチ諦観とかを無理矢理カリビア~ンなミュージカルにしていく反語法の映画で、陰のないカリブ音楽の旋律がかえってカリブ移民二世の淡い絶望を感じさせるという仕組み。表面的には明るいが結構かなしい映画なのだ、というのも『ラ・ラ・ランド』と同じであった。

舞台となる架空の町ワシントンハイツはブルックリンのカリブ移民街クラウンハイツをモデルにしているようで、なんでもこのクラウンハイツは元々アメリカ白人も住んでいたがカリブ系移民が続々流入してくるとそれを嫌ったアメリカ白人は立ち退いていつの間にかカリブ移民だらけの街区になったのだとか。映画の中では白人の再流入によるジェントリフィケーションの問題も少し出てきていたと思うが(寝ていたので定かではない)、クラウンハイツの成り立ちを踏まえればこれはなかなか辛辣な皮肉です。

ラップとカリブ音楽のハイブリットな楽曲も温度低めに足が動くがギラギラした色使いの衣装・美術も(あの床屋とか)目に毒な感じでまた楽し、カートゥーン的なアニメの合成とかアパートの壁面で重力無視のダンスとか緑色のカニとかの視覚的トリックも面白いところ。カリブ移民も十人十色ということでゴチャゴチャと入り乱れた人間模様のまとまらなさ、締まりのなさは起承転結が明確で主人公の立った欧米的な人間ドラマを期待するとなんじゃこりゃかもしれないが、人間の生をそのまま肯定するカーニバル的な物語の形式はこういう映画には相応しいというか、それこそを見せたい映画だったんだろう。

生粋のアメリカ人でもなければ生粋のプエルト・リコ人でもない移民二世が空想上のプエルト・リコを夢見ながらまがいものの街ワシントンハイツで生きていく。アメリカは全てがまがいもので本物なんか一つもないからどんな人間も文化もあっさり受け入れることができるのだ、という逆説的なアメリカ賛歌。おもしろうてやがて悲しき、そしてまがいものの希望に溢れたよく出来た映画でしたね。

【ママー!これ買ってー!】


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そんな傑作傑作言われるほど面白い映画とも思わないがよくできているとは思います。

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