おっさんヒーロー爆誕映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』感想文(悪口あり注意)

《推定睡眠時間:5分》

予告編を観た時に主人公の人シム・リウがアメリカンヒーロー感のカケラもないあえて言えば『新感染』のヨン・サンホが監督した風刺SF映画『サイコキネシス 念力』に出てきた超能力おっさんリュ・スンリョンに近いようなガチの市井のおっさんに見えたのでいやこれ大丈夫か!? このご時世でそういうことを言うとルッキズムだなんだと非難を浴びそうだがいやでもそれはさすがにヒーローとしてオッケーなのか!?ゆーて『サイコキネシス 念力』は「すげぇ超能力使ってるけどこいつ普通のおっさんじゃん!」っていうギャップの面白さで見せる映画というところがあったが(その普通のおっさんがヒーローに覚醒していく過程が泣けるのだ)予告編を観る限りでは『シャン・チー』そういう感じじゃなさそうだし…とか思ったので戦々恐々劇場へと足を運ぶことになったわけですがうん、おっさん! 予告編だと完璧に普通のおっさんだけど本編では超かっこいいのかもしれないしなとかちょっとは思ったりしたのですが本編でも結構強いだけの普通のおっさんでした!

このおっさんがトニー・レオンの息子として父の横に並ぶ場面の圧の強さですよ。劇中のトニー・レオンは本気を出せば世界をひっくり返せる武装秘密結社テン・リングスを率いるスーパー能力を持ったボスということで千年ぐらい生きてる設定があり、その永遠の若さをシム・リウのおっさん風貌との対比で演出しようとしている気配もあるのだが、とはいっても到底親子には見えずむしろ逆に童顔トニー・レオンの方がシム・リウをお父さんと呼んでいてもまったく違和感がないばかりかそっちの方がしっくりくるような気もする配役はこれどうなのよと思いつつ!

でも、普通のおっさん過ぎて面白いよな。これイジられるんだろうなーシム・リウのシャン・チーが新アベンジャーズに加入したら。知らないけどたぶんスパイダーマンの人とかも来るわけでしょ。絶対そしたらおっさん風貌をイジられてそういう風に人をイジるのは良くないだろっていう説教ツッコミ入るじゃん。職業も普通だしさ。実家はテン・リングスでも家出先のアメリカでやってるのはホテルのベルボーイだからそんなに金もないしね。通勤だってバスですよ。公共機関ですよ。そういう人がキャプテン・マーベルとかドクター・ストレンジみたいな特殊な世界に生きる人たちと一緒になんかやるわけでしょ。肩身狭いだろうなーシャン・チー。それは確かに面白いわ。その絡みは見たい確かに。予告編の段階では不安しかなかったシム・リウですけどそういう意味ではこの人で正解だなぁって本編観終わって思いましたよね。

それはいいんだがこの映画自体はそんなに面白くなかったしせっかくおっさんヒーローっていう新機軸を打ち出したんならもっとキャラで遊んで魅力を引き出してくれよとか思ってしまった。主人公のシム・リウだけじゃないんだよな。トニー・レオンとかミシェル・ヨーとかオークワフィナとかハリウッドのアジアン・スターが何人も出てるのにみんなとりあえず出してますみたいな感じで掘り下げが浅くて、とくにシム・リウの親友的ポジションで出てるオークワフィナはこれちょっとヒドくないですか?

だってさ、シャン・チーはスーパーパワーの持ち主ですけどオークワフィナが演じるケイティは職場の同僚だから戦闘とかは基本的にできないんですよ。最初の方に「俺が高校の同級生に殴られそうになった時にケイティが突然「ホテル・カリフォルニア」を歌い始めて救ってくれたんだよね」ってシャン・チーも言ってるぐらいだし。セクシーコマンドーだよねある意味で。だからそういう人がスーパーパワーを持ってる連中の戦闘に巻き込まれてどう振る舞うのかなーって観てたら一日だけ弓矢習ってその弓矢でめっちゃ強い敵倒すっていう。じゃあなんだったんだよセクシーコマンドーの使い手っていう設定は! その設定は俺の頭の中にしかないけど!

そこはキャラをもっと大事にしてほしかったし、それにオークワフィナといったら本業はラッパーですしリズミカルな台詞回しとかコロコロ変わる変顔とかチョコマカした身のこなしとかファッショニスタ的なオモシロ衣装が魅力的な人なのに、そういうオークワフィナの個性はほぼほぼ封印、途中からはただシャン・チーの旅に理由もなく同行するだけの準モブに成り下がってそれだったらオークワフィナじゃなくていいじゃんってなる。っていうかオークワフィナじゃなくてもそのキャラの薄さはダメだろう普通に。

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なんか全体的にそういう「とりあえず」の感じがある。とりあえずマーベル映画っぽいアクションやりました、とりあえずマーベル映画っぽい人間ドラマ入れました、とりあえずマーベル映画っぽいかどうかはわからないけど入れたらみんな喜ぶでしょ的な幻獣の里を舞台にしてみました、って感じ。節操がないし撮るものに対する愛着とか追求がない。トニー・レオンが『グリーン・デスティニー』とかのネオ武侠映画(※たった今命名)っぽい対人演舞を披露するところとかワイヤーアクションにしても木の葉が宙を舞うCGにしてもクリシェもクリシェでパロディかと思いましたよ。今の映画でそれやるのっていう。別にやってもいいけどどうせやるなら自分なりの解釈とか拘りはあった方がいいんじゃないのっていうさ。でもそういうのは本当にこの映画全然なかったな。ウェルメイドで面白いといえばそれもそうなのだが。そういえば音楽も『イップ・マン』シリーズの川井憲次っぽくて中華アクションならこういうのでしょみたいなとりあえず感が強かった(曲自体は良かったが…)

序盤のバス車内バトルは盛り上がるもその勢いはどんどん失速して終盤の幻獣バトルなんかもう、ショボイ。映像は派手ですけどアクションの振り付けがショボイのでかなりガッカリしたし、あと片腕ブレードの刺客とかひっつき爆弾を使うカブキニンジャの刺客とか、日夜殺人ファイトが繰り広げられているマカオの地下闘技場とかっていうせっかく面白いアクション道具立てはしてるのに、それをほとんど活かさないで雰囲気を作るだけで済ませちゃうっていうのがさ…そこはちゃんと戦ってほしかったよなー。なにもガチの殺し合いじゃなくて練習試合とかでもいいからカブキニンジャともちゃんと戦って欲しかったしミシェル・ヨーともちゃんと戦って欲しかったしマカオ最強の殺し屋と呼ばれる妹のMeng’er Zhang(なんと発音するのだろう)ともちゃんと戦って欲しかったですよ、シャン・チーには。

なんかそんな感じだな。面白かったですけどこれが絶賛ムードというのは俺にはなんだかよくわからん。

※その平凡極まるおっさん風貌のおかげで(?)少なくとも日本のインターネットではほぼほぼ無名の人だったシム・リウがある日突然マーベルスタアにフックアップされたとかいうアメリカン・ドリームがまことしやかに囁かれているようだが、IMDbのフィルモグラフィーを見れば一発で分かるようにこの人は俳優、スタント、脚本、監督、プロデューサーと実に様々な分野で10年近く業界キャリアを積んできた才人であり、そりゃこれほど予算規模の大きな映画に主要メンバーとして関わるのは初めてだろうがいくつかのTVシリーズではちゃんと役名のある役で複数エピソードに渡って出ていたりするので、無名の人でもただのエキストラでもなくコネも実力もそれなりの実績も既にあったのである。

ここにはネットで絶賛の理由が垣間見える気がする。つまり、マーベル映画初の中国人(しかも冴えないおっさん風)ヒーローということでみんな色眼鏡をかけてこの映画を観ているんじゃないだろうか。レイシストだと思われたくないという恐れがこの映画を意識的にか無意識的にかは知らんが特別なフレームに入れてしまっていて、それを無条件的に褒めちぎることで自分は「正しい」人間なのだと世間にアピールしているんじゃないだろうか。そんなものは意地の悪い穿った見方だし、仮にそういう人がいてもはいそうですと認めるわけはないんだが、こんな程度の映画をゼロ批判で絶賛する連中は俺以上に寝ていたかポップコーンを食べるので忙しくて画面を見ていなかったとしか思えないし、心から絶賛しているのなら映画を観る目がないので、それは逆にこの映画に関わっている全ての人間に対して失礼なのである。ましてや自分を「正しい」人間と見せたいから絶賛しているところが少しでもあるのなら、そんな人はその自分本位な態度を恥じるべきだろう。反差別は自分を飾り立てるためのアクセサリーではない。

【ママー!これ買ってー!】


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オークワフィナの魅力の引き出し度合いではもっと小さな役で出演した『クレイジー・リッチ』の方がどれほど上かわかったものではないので『クレイジー・リッチ』の監督にオークワフィナのヒーロー映画撮ってほしい。

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