【ネッフリ】『ケイト』感想文

《推定ながら見時間:70分》

それが全てではないにしてもオープニングでどれだけ観客の心を掴めるかというのは娯楽映画の面白さを決める重要なポイントには違いなく、その点この映画は例の夜職求人トラックがバ~ニラバニラと洗脳ソングを垂れ流しながら大坂の街を走る光景を空撮で追っていくという前代未聞のオープニングで日本在住者の観客ほぼ全員に「えぇっ!?」って思わせるので、もう勝ったも同然である。

バニラのアドトラックはもちろん偽装でありその中身はベテラン暗殺者ケイト(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)とその親代わりの暗殺上司(ウディ・ハレルソン)を運ぶ輸送車両、大物ヤクザの暗殺依頼を引き受けた暗殺組織はバ~ニラバニラ高収入と鳴らしながら暗殺者を敵地へと送り込むわけだがなにその無意味さ。灯台もと暗し作戦にしても限度ってものがあるだろ普通に超目立つよバニラのアドトラック。でもそこがグっとくるよね。たとえ無意味でも冒頭は面白い映像を出した方が良いに決まってるだろというこの間違った正しさ、それに対する見事なまでの疑念のなさ。娯楽映画かくあるべしとか思ってしまう。

でも単に面白いから(そして日本の視聴者は無条件的に喜ぶから)オープニングにバニラを持ってきたではないのかもしれないと観ているうちにちょっとだけ思えてくるのがこの映画の中々侮れないところで、バニラのアドトラが周遊するのは外国人観光客とかも多い都市部なわけじゃないですか。外国人観光客の人とかバニラのアドトラ見てあれなんだよ!? ってなると思うんですよね。歌にしては抑揚がないし側面の絵もなんか謎の女が可愛らしいともいかがわしいとも言える背景の上に描かれてるだけでよくわかんないし。夜の店の宣伝っぽいけど…でもそんなの大音量でこんな堂々とやる? みたいな。

そこには日本在住者とそうじゃない人で見え方のズレっていうのがあって、そのズレによって外から見たときの日本の異国性と、逆に日本在住者にとっては日常風景でしかないバニラのアドトラを奇妙なものとして捉える外国人の存在が同時に浮かび上がる…かどうかはともかくとして! ついついそんな風に考えたくなってしまうのはこの映画がアホっぽく見えて案外真面目に日本人と外国人(アメリカ人)の屈折した関係性をテーマに据えていたからで、映画の後半は暗殺者とヤクザとそのハーフの娘(姪)の絡み合いを通してテーマを掘り下げていく形になるのでバッキバキのアクションの連続を期待するとトーンダウンに感じられるかもしれないが、俺はそのドラマを眺めながらバ~ニラバニラでアホみたいに始まったのにそんなちゃんとしたところに辿り着くのか~って感心したわけです。だってこんな珍妙な組み合わせ見たことないもんね! そもそも思いつかないから!

珍妙な組み合わせといえば忘れられないのが現地調達の方針なのか(ゴタゴタがあって着の身着のまま逃げてきたのだが)主人公の持ってる拳銃にサイレンサーが付いてなくてこれじゃあ殺しに支障が出るからってコンビニでスポンジとかの日用品集めてバックヤードで簡易サイレンサー組み立てるとか、あと講習では絶対に教えてくれないしそういう使い方もできますかって聞いたら確実に講師の人に怒られるここで使うんかいなAEDの使用法ね。六本木あたりで強奪したLEDピカピカスポーツカーでパトカーに追われながら公道をぶっ飛ばすとどうせ日本の公道じゃあカーチェイスの撮影許可なんか取れねぇからと開き直ったのか急にCGアシッドな倍速チェイスになるとかお話はわりあいシリアス路線なのに描写がいちいち変で面白い。

そういう変を随所に仕込んでくる映画なので嘘日本描写も確信犯的にやっているようで、思い出横丁と新橋ガード下と池袋北口繁華街をAIに学習させて粗い解像度で出力したような全部どこかで見たことがあるけど絶対に行ったことはない横丁とか『ブレードランナー』みたいで笑ってしまう。そこで主人公が建物から建物へと移動しながら迫り来るヤクザ軍団と戦闘していると客がヤクザしかいない銭湯の男湯に入っちゃって追ってきたヤクザがズルっとスベって脳しんとうで死ぬとか完全に分かった上でやってるギャグだよな。あそこ良かったわー。

でもこんなアホなシーンにもそれなりに真理はあって、今暴力団排除の一環でサウナとかスーパー銭湯系はヤクザお断りを明確にしてるからめっちゃ銭湯に行きたい(どうしてそんなに行きたがるのかは謎)ヤクザは町の銭湯使うじゃないですか。だからあれはめちゃくちゃ誇張してますけど町の銭湯に行くと基本はヤクザっているのであながち嘘でもないっていう。で、それはヤクザ組織の描写も同じで、「血」の繋がりと体面を重視してゼノフォビアに塗れた封建的なオッサン社会としてヤクザ組織が描かれるんですけど、行動とかキャラクターとしてはいやそんな漫画的ヤクザいねぇだろではあってもヤクザの本質はそこそこ突いてる観がある。

ちゃんとしてるなーと思ったのが訳あって主人公と行動を共にするヤクザの娘っていうのがアニ(アニーではなくANI。スチャダラパーか)って名前の日米ハーフで、この人は片言の日本語しか喋れないんですけどそれにも一般社会から外れたところで育ったハーフだからっていう理由がある。そこがまた練られててそういう人だから身内のはずのヤクザからも邪魔者扱いされてるんですけど、Netflix映画らしい多様性尊重メッセージかと思えばもう一捻りあって、國村隼が演じるヤクザの親分は自分たちのゼノフォビアの根底に敗戦の記憶が喚起する反米感情があるとを語る。単純な善悪二元論じゃなくて重層的な差別と搾取の構造がそこにはあるわけで、これなんか今の邦画メジャーが作るヤクザ映画よりよっぽどヤクザという概念(概念でしかないとも言えるが)を真面目に分析しようとしてるんじゃないですかね。そもそも今の邦画メジャーは暴対法に怯んでヤクザ映画なんかろくに作らないわけですけど(あぁ情けない)

暗殺に失敗するばかりか逆にポロニウム210を盛られて余命半日の急性放射線症状態で夢と現の間に浮かぶ夜の東京を駆けずり回る女暗殺者メアリー・エリザベス・ウィンステッドは『ストリート・オブ・ファイヤー』のダイアン・レインみたいな飾り気のないやさぐれ暗殺者でカッコイイ。半死半生で定期的に血を吐きながらアンプル打って戦ってるからキレのある達人アクションって感じじゃなくて鈍重で乱暴な破れかぶれ気味アクションになってるのも逆にイイっすよね、ハードボイルド感あって。

その行く手に立ちはだかるのはMIYAVIに國村隼に浅野忠信(役名は蓮司!)にとまぁ英語圏でもそこそこ認知されてるヤクザ顔の俳優を並べただけとも言えるが浅野忠信のナチュラルにガラの悪いヤクザっぷりは久々にこの人の本領発揮という感じで結構怖かったのでこちらも良し。田邊和也の武闘派ヤクザも迫力があったし内山信二のゲスト出演もちょっとだけ嬉しい。Netflixのヤクザ映画といえばジャレッド・レト主演の『アウトサイダー』では安田大サーカスのHIROが意外やガチ感のあるヤクザ演技を披露していたがNetflixにはヤクザ映画にはデブタレを出すべしの不文律でもあるのだろうか。あと内山くんはメアリー・エリザベス・ウィンステッドより日本語台詞が下手でした。

度々挿入されるどこか『ブレードランナー』的な招き猫のネオンサインはなんじゃこりゃ感もあるが終盤の派手なカチコミアクションが終わった後に降臨する招き猫はその「招き」の斬新な解釈でちょっとだけ沁みる。センスがよくわからない日本語ポップスとかラップでゴテゴテ塗りたくられた若干アホめのサントラも虚実のあわいのサイバー嘘東京風景に乗ればなにやら酩酊感がある。なんかそういう変なものとか笑えるものと深刻で真面目なものが、あるいは東京を表現する際の定型句のようだが古いものと新しいものとか土着のものと舶来のものが渾然一体となった、そういう意味で単に絵的に面白いから東京をネタにしてみましたって感じじゃなくてちゃんと東京を描いた映画だしヤクザを描いた映画だし、面白い映画でしたね。

※孤独な暗殺者がたった半日の余命の中で探し求めるのはブンブンオレンジ。ありふれたものは肝心な時にコンビニに置いてない。泣けるね。絶対ファンタオレンジが元ネタだろうから日本コカ・コーラ協力してやればよかったのに。

【ママー!これ買ってー!】


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日本ネタで女暗殺者の話でタイトルが『KATE』って梅津泰臣のOVA『A KITE』を意識しているとしか思えないのだが、全然話題にはならなかったが『A KITE』は海外で実写映画にもなってるので、きっとオマージュだったりするんだろう。

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