その現実って本当に現実なんですか映画『レミニセンス』感想文

《推定睡眠時間:15分》

不確かな記憶やその記憶が形作る偽の現実をSFの分野で描き続けた作家といえばフィリップ・K・ディックが不動の地位を占めているが古いディック本を読むと今とのズレを感じるのがたとえば『まだ人間じゃない』や『パーキー・パットの日々』のような短編が代表作レベルで扱われていて、どちらも決してつまらない作品ではないしむしろよく出来ていると思うが、『ブレードランナー』以降のディック観からすればそれそんなに持ち上げる? みたいなところはやはりある。

たぶんその違和感の正体は現実肯定で『まだ人間じゃない』も『パーキー・パットの日々』も大人はダメだが子供たちには現実があるというような終わり方をする。とくに『パーキー・パットの日々』のそれは痛切なものがあり、SFといっても舞台設定がSFっぽいだけでストーリー的にはSF的な飛躍のないディックの主流小説に近く、戦争前の平和な日々を懐かしむ大人たちがバービー人形みたいのを使った郊外生活シミュレーションゲームに没頭して目の前の過酷な現実から目を背け続ける…というのがその内容だが、子供たちに縋るように現実を託す結末には一応なっているとしても、ディックの筆に力が入るのはやはりパーキー・パット遊びの描写であり、現実逃避と懐古の志向である。

ディック作品において現実逃避と懐古は必ず破綻する運命にある。それにも関わらずディックはとにかく毎回毎回それはもう飽きるほどというかいやそれ自分で書いてて飽きないのと呆れるほど中年男の現実逃避と懐古を描き続けたわけで、どこに読書の力点を置くかという話なのだが、少なくともこの日本ではある時期までディック作品の現実逃避と懐古はその破綻を通した「逃げちゃダメだ!」的な逆説的現実肯定として読まれることはあったようである。

そうしたテーマ読みがある程度一般的だった時代と比べれば、現代はやはり道具立てや展開の妙といった作品の表面が好んで読まれる時代ということになるだろうと思うが、そのことでディック作品における現実逃避と懐古がより一層生々しくそして切実に、解決不能な問いかけとして迫ってくるのだとすれば、作品の表面を読む今の読者の方が「逃げちゃダメだ!」をあえて読み取らないことで逃げたい現実と真剣に向き合っているというような逆説もあり得るだろう…と『レミニセンス』と全然関係ない話を長々としているわけだが!

これはほら現実逃避と懐古の映画ですから。観ててディックはやっぱ思い出したし他にも色々思い出す映画ですけど、浸らせるよね。記憶の海にポコって浮かび上がってきたものに浸らせてこんな風に全然映画と関係ないことを書かせてしまう映画なのです。記憶への耽溺を『レミニセンス』は否定しないし、何度も繰り返し思い出すことでそこに別の記憶を「発見」できるんだみたいな感じで現実逃避と懐古の持つ可能性を後ろ向きに肯定してさえいるように見える。そんな映画は今どき流行らないので今どき流行らない映画を堂々と作り上げた作り手への敬意の表れが先のディック語りであったということで…そうはならない? うーんまぁ俺もぶっちゃけそう思う!

製作にジョナサン・ノーランが入っていることもあり予告編は兄クリストファー・ノーランの『インセプション』風味であったが実際に観てみると印象はだいぶ違う。舞台は海面上昇で水没したカリフォルニアということでこれ俺は主人公が入り込んだ誰かの夢の中の世界かと思ってたんですがそういう近未来という設定で、いずれ全てが水没してしまうに違いないという厭世観が世界を覆う中、そんな見たくない現実から目を背けてデータ化された過去の記憶に浸っていたい人々をサポートしているのが主人公のヒュー・ジャックマン。なんか記憶潜入的な感じではあんまりなくてカウンセラーっぽい感じですね。「あなたは今とてもリラックスしている…光が見えてきた…」とか現実逃避者を言葉で誘導するし。

でそんな彼の下に電撃がビビビっと来ちゃう現実逃避志望者の女の人(レベッカ・ファーガソン)がやってきます。この人は昨日の記憶を再生してどこで家の鍵を無くしたか知りたいんですけどみたいな超ライト層だったので施術はすぐに終わってしまうがジャックマンめっちゃこの人が気になって職場に行ってみたところ意気投合、アメリカ人なのですぐにイチャイチャするのであったがそこで謎にファーガソンが行方をくらましてしまい、ジャックマンは彼女を求めて水に沈んだカリフォルニアの大冒険に漕ぎ出すのであった。

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連想するもの。ヒッチコックの『めまい』、ポランスキーの『チャイナタウン』、リドスコの『ブレードランナー』、ニコラス・ローグの『赤い影』、あとディックのSF色々。…一応『ウォーターワールド』も(別に悪い意味ではない)。うーんシミュラークル。どこかで見たことがあるような場面ばかりで構成されているのにどこで見たこともない奇妙な映画であるが、こういう既視感がまったく確信犯的に導入されたものであろうことはこの記憶耽溺術の設定、何度も潜っていると同じ記憶でも違う「過去」が見えてきたりして、そのうち自分の見たい偽の過去を作り出してしまったりする…みたいなことから察することができる。

ある資産家の女は夫と出会ったばかりの頃の記憶に耽溺しているがその記憶がどうもおかしい。夫はさながら戦前の映画スタアのような出で立ちでその記憶の舞台はクラシカルなソーダ・ファウンテンのような場所だが、近未来設定なのでそれはいったいいつの時代の記憶なんだということになる。そんな過去は本当にあったのだろうか? フィルムノワールの定番手法として用いられるモノローグがここでも用いられるがその使い方が見事である。回想シーンにモノローグを被せればその映像は確かな過去であろうと観客としては一応思う。でもその映像が確かな過去である保証なんて本当はないわけで、モノローグがそう言ってるから本物の過去の回想らしく見えているだけなのだ。そうしたモノローグの危うさがここでは過去耽溺者に対するヒュー・ジャックマンの「あなたは今とてもリラックスしている…光が見えてきた…」的な誘導行為として表現されている。

ところで、そもそもの話として海面上昇で半水没したカリフォルニアってなんなんですか? なんで水没してるのに普通な感じでビル建ってたりみんな日常生活を送ってたりするんですかね。インフラとかどうなってるの。もっと内陸の方に移転したりしないの。これ本当に現実なんですか? ある意味ネタバレのようになってしまうがその疑問の答えをこの映画は出さないしそもそも疑問として提示しない。感情や思い込みに引きずられて記憶が半ば無意識的に改ざんされてしまうのなら今見えている現実の現実性を保証するものは何もない。その不確かな現実の中で本物のように見える幸せな記憶に縋り耽溺する人々を描くばかりである。

探偵役のヒュー・ジャックマンもまた例外ではなくハードボイルド/フィルムノワールのスタイルにすっぽりと身を包んだ彼はハードボイルド探偵がそうであるように不確かな現実の中でただ一人確かな現実が見えている超越者のようでいて、実はその超越者のポジション自体幻想であり幻覚であり男性の幸せな空想的コスプレに過ぎない。正義のハードボイルド探偵と探偵が追うノワール悪人が夢の中で重なる瞬間に全ての垣根は溶けてしまう。正しさを決定するものは何もないし確かさを決定するものもなにもない。自分が本当に自分で自分の考えていることが本当に自分の考えていることなのかもわからなくなってしまう(その点ですぐれてジェンダー論的な映画である)

けれどもそのことにこの映画は絶望しない。たとえ今見えている光景が全部自分の脳みそが作り出したニセモノでしかないとしてもそこに何らかの幸せを見つけることはできるのだし、どうせ人間そんな風にしか生きられないじゃんと後ろ向きに覚悟を決める。腐った現実を変えるためには変えるべき腐った現実をとりあえず現実と認めなければならないので闘争を促す映画は多かれ少なかれ現実に対する疑義には否定的である。『マトリックス』でネオが直面する青いピルか赤いピルかの選択は現実を見るか見ないかの選択ではなくどちらの現実を現実と認定するかの選択でしかない。

でも、一つにして絶対に正しい現実があるという想定の上では救えないものもあるし変えられないものだってやはりあるんじゃないだろうか。現実は現実だと断定することが無条件的に正しいこととされがちな世の中で(新型コロナは風邪なんだ派にとってそれは紛うことなき現実なのだ)こういう映画はきっと売れないだろうし、その問いかけの価値が認められることもあまりないかもしれないが、極めて私的で無責任な現実逃避という行為の中に、われわれが普段縋っている排他的な常識や差別的な先入観を打ち破る可能性が、私的であることによって様々な現実の分断を乗り越えるようなネガティブなポジティブさというものが、確かにあるのだとはまぁ断言できないわけだが…しかしそのような希望を感じさせてくれる、そんな映画が俺にとっての『レミニセンス』だったのである。

※ずっと舞台をカリフォルニアって書いてますがなんか他の人の感想見てたらマイアミっぽいです。人間の記憶なんてそんなもんよ。

【ママー!これ買ってー!】


変数人間 (ハヤカワ文庫SF)

『パーキー・パットの日々』が収録されたハヤカワの新ディック短編集シリーズ。表紙もすっかりモダンかつオシャレになりましてあのディックの小説なのに女の人のなまめかしい姿態(!)が表紙に描かれていたりした時代があったことなど今や信じられません。

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匿名さん
匿名さん
2021年9月19日 12:28 PM

キャスリンビグローの「ストレンジデイズ」を思い出しませんでした?
記憶を巡るお話とか、過去の記憶にすがるダメ男な主人公と、呆れながらも世話を焼いてしまう腕っぷしの強いパートナーの存在とか。

匿名さん
匿名さん
2021年9月21日 5:58 AM

映画に関係ないんですけどレイアウト変わってからYouTubeの予告が勝手に再生されるようになったので可能なら変更して欲しいです…₍ᐢ •̥ ̫ •̥ ᐢ₎

匿名さん
匿名さん
Reply to  さわだ
2021年9月23日 2:53 PM

さっき開いたら勝手に再生されることはなかったのでそのときの再生状況に何か問題があったのかもしれません…
ご迷惑をおかけしました。
ちなみにiPhone11のios12です。

匿名さん
匿名さん
2021年9月23日 9:56 PM

この映画超面白かったです! 『過去を逃れて』とか『LAコンフィデンシャル』みたいなの好きなんで・・・。にしても、ノワールが今風に適切にアップデートされてて、製作者の頭の良さと言うのを見せつけられた感じです。従来のノワール主人公像(シニカルだが青臭さを残したオッサン)を踏襲したジャックマン、役割は昔風だがオチが今風なファーガソン、全部今風なニュートンなどなど・・・。あと、今やレトロなウィリアム・ギブスンのサイバーパンク感ありました。オルフェウスの神話って、ジャックマンのことなんですかね。後ろを振り返ったために妻を失ったオルフェウスと、肝心な時に記憶再生してて出遅れたジャックマンが重なってるのでしょーか。
あと、関係ないけど、題名をルミネッセンスと勘違いしてて、窓口でなぜかルネッサンスって言っちまったYo!