晴れ乞い映画『天気の子』感想文(途中からネタバレあり)

《推定睡眠時間:0分》

どこだか知らないがワケあって離島(八丈島?)から単身東京に渡ってきた16歳の家出少年主人公が色々やらかすお話ですが彼の名はホダカくんと言い、逆に東京から離島に行ってやらかした例の問題代議士と漢字は違うがまさかの名前シンクロ。これは…なんだ? なんだじゃないよなにもないよなんとなく面白かっただけだよ。どうだっていいんだよそんなことは!

でもそんな既視感、見たことのある風景や聞いたことのある音、感じたことのある感覚や知っている物語、の映画だったように思う。もしや前前前世からの縁だろうか。そんなわけがあるか。
『天気の子』はみんなのための映画だ。みんなが知っているもの、知っているように感じられるものだけで構成された映画。だから安心してたのしめる。親しみも湧く。でもそれはたまらなく空虚な映画体験でもあった。

みんなに向けられたみんなが知っているようなものの映画はどんな観客にも(まぁ大抵は)個人的な記憶を想起させる。それが空虚なのは映画がそれ自体として何か独特なものを観客に語るのではなく観客自身の体験を引き出す装置になっているからだ。引き出された体験は共感を呼ぶし話のタネにもなる。
新海誠の前作『君の名は。』がデート映画と言われる所以だろう。俺は観てないので知りませんがあれもたぶん『天気の子』みたいにみんなの見たことのある風景がいっぱい出てくるんじゃないですか? 『天気の子』は東京在住者・通勤者なら大抵の人にヒットするあるある風景で溢れていた。新宿・池袋・渋谷を中心に代々木・大久保・田端・秋葉原・品川・芝公園・六本木ヒルズ…。

東京にやってきたホダカくんはとりあえず歌舞伎町のネカフェに投宿して朝コンビニ夜マックみたいなジャンク飯を食いながらネットで職を探すが、そこで映し出される雨の歌舞伎町の風景は歌舞伎町でラブホ清掃をやっていた俺にも懐かしく感じられるものだった。
ホダカくんがヤクザな風俗スカウトから逃げる時に通りかかる風林会館はコウメ太夫でもないのに昼からチクショーを連呼するフルスロットルおっさんがいたり一階の喫茶店でヤクザが会合していたりその見張りで店の前に立っているヤクザがここ美味しいよと教えてくれたりした思い出の場所である。思い出じゃない。

映画のもう一人の主人公、雨女ならぬ願うと雨を晴らすことのできる晴女のハルナさん18歳は代々木の廃ビルの屋上にある鳥居をくぐってその能力を得ていたが、屋上、屋上か。
ラブホの屋上から見える歌舞伎町のきったない風景はロクなものではなかったけれども、昼の全室清掃が終わって屋上でボーッと街を眺めるだけの時間はなかなか他では得ることのできない清掃員の役得、あの錆だらけの屋上が特別な場所のようにその時の俺には思えたのだった。

ホダカくんもどうせ年齢偽って仕事探してるんだしラブホバイトやってればよかったね。インディーズ系ラブホは求人広告出さない代わりに常時バイト募集の貼り紙を入り口に掲示してるじゃないですか。
でもそこは素通りしてヤフー知恵袋で良い仕事ないですかとか相談しているうちにM&AプランニングとかいうAVプロダクションとしか思えない怪しげ会社で月刊ムーに寄稿するほぼ無給オカルトライター兼雑用として使われるようになり歌舞伎町ラブホ街の雑居ビルのゴミ箱から拳銃を見つけてつい一発撃っちゃったから警察に追われるハメになるホダカくんなのでした。やはりヤフー知恵袋なんかには頼らない方がいい。

いや、それにしても意表を突く展開だ。拳銃来ちゃったよ。まるで豊田利晃の『ポルノスター』のようなというか塚本晋也の『バレット・バレエ』のようなというか。
悪徳スカウトに手を引かれるマック店員ハルナさんを拾った拳銃で救った(?)ホダカくんはハルナさんと一緒にひとまず雑居ビルの廃墟に逃走、壁の取っ払われたフロアで飲み屋の残骸と雨だれの音を背にしてハルナさんにキモイキモイとなじられるが、その光景はさながらヤングな村木と名美、石井隆の『ヌードの夜』か『天使のはらわた 赤い眩暈』かというところだ。

『赤い眩暈』だけギリ80年代の映画ですが他すべて90年代の作。その屈折しまくった血まみれ暴力まみれ諦念まみれの90年代青春&恋愛映画の世界から『天気の子』はハルナさんが飛翔したようにファンタジーにぶっ飛んで愛する人を求める衝動で世界を突き破ってしまうわけですが、こういう恋愛観や世界観をセカイ系と呼ぶならセカイ系はもともとエヴァンゲリオン周辺もしくはその影響下にある作品群を指すものと言うから、90年代映画やアニメのリバイバルのようなところがこの映画にはあるのかもしれない。

異常気象で厳戒態勢の東京の風景は『機動警察パトレイバー the Movie』で見たような気がする。池袋の大歩道橋から眺める8月に降る雪はなんだか『機動警察パトレイバー2 the Movie』じゃあないか。
面白いが、面白いがどうしてもこう見えてしまう。リア充には行ったことがあったりデートで行きたくなる東京の風景を、オタクにはお馴染みのアニメ・映画オマージュの餌をばらまいて食わせてんである。

池袋のシーンではつい先日池袋グランドシネマサンシャインに生まれ変わったばかりの在りし日の池袋シネマサンシャインが出てくる。そのシーンが池袋である物語上の必要はとくに無いが、池袋はアニメの街だしこのタイミングで池袋シネマサンシャインとか出されたら無条件でわーいってなるじゃないですか映画民。
ようするにコマーシャリズムが強すぎるんだ。映画は客集めてナンボというのも分かりますが、90年代趣味はこの監督の作家性だとしても、その嗜好を共感や親近感の餌に組み替えて全方位に振ることに特化した映画なんだこれは。

はいはい以下ネタバレ絡んで来ますよー自衛してくださーい危ないですよー。

他の作品は観たことがないから知らないんですが新海誠、そういう映画的なトリックがすごい巧い人なんだと思ったな。セカイ的なものを世界的なものと錯覚させるトリック。錯覚というか実際『君の名は。』は海外でもヒットしてるんだから錯覚じゃないですよねこうなると。

代々木の廃墟ビルの屋上にある鳥居からすべてが始まる物語だ。ハイパー過密都市の中に今も残る信仰の形、だなんて広告屋が海外向けに打ち出すベタなTOKYOイメージそのものじゃないですか。これもきっとウケるに違いないよ。東京在住者が見知った風景は親近感の醸成に一役も二役も買うが、外に向けては観光宣伝にもなるわけだ。まったくよくできていると思う。

意外かもしれないし全然意外じゃないかもしれないのは俺がこの映画に感じた既視感の結構な部分は地方系キラキラ映画に属していたことで、この過剰な東京描写は地方系キラキラ映画に必ず入ってるPR全開の名所名跡&デートスポット巡りと一脈相通ずるものがある。

月川翔先生のキラキラ映画群なんかとは構成のみならず感性もよく似ているんじゃないだろうか。『天気の子』のようなドラスティックな展開こそ用意されていないものの、難病に冒されたヒロインが文字通りキラキラ光輝いてしまう(いや本当なんだってば)先生作の『君は月夜に光り輝く』は設定的にも主人公の男子高校生の心情的にも『天気の子』のアナザーのような映画だった。

地方系キラキラ映画といえばラストの主人公ダッシュがお約束。様々な理由で愛する人と離ればなれになってしまった主人公が再び彼や彼女と繋がるべくロケ地の景色の良いところ(橋が多い)を叫びながら激走するが、まったく同じようなシチュエーションが『天気の子』のラスト近くにも出てくる。

超超巧いなぁと思ってしまうのはそのキラキラダッシュでこの映画は『映画クレヨンしんちゃん モーレツ! オトナ帝国の逆襲』の例の名場面を彷彿とさせたりするのだった(ゴール地点で廃墟の非常階段を駆け上がるので)
キラキラ文脈とオタク文脈のまさかの接続。結局同じところに帰ってきてきてしまうが、『天気の子』のなにがすごいってやっぱそのへんなんである。オタクとキラキラは必ず一定の集客が見込める邦画の安パイジャンル、あらゆる層とまでは言わなくても相当広範囲の層の客を本気で獲りにきている映画なのだ。その技巧がすごい、という『天気の子』なんである。

さて色々あった末に物語は東京沈没に辿り着く。天気の子たるハルナさんが雨よ止め止めと1回5000円の晴れ乞いをして生計を立てていたら天気の神様が怒ったのか雨は一段と激しく絶え間なく続くようになってしまった。これはもう人柱だ。人柱しかない。
人柱として龍神とスカイフィッシュの飛び交う天空の草原(ラピュタみたいなところ)にアブダクションされてしまったハルナさんのおかげで荒れ狂う天気は治まった。東京を世界と呼ぶには世界が狭すぎるがとりあえず映画的には世界が救われた。よかったね。

いやよくないよくない。全然よくない。確かに世界は平和になったかもしれないが、ハルナさんのいない世界にどんな価値があるというのか。というわけでホダカくんはあの鳥居に向かって走り出す。あの鳥居をくぐればきっとハルナさんが一人で待ってるラピュタ草原にワープできるに違いない!(そうなのか?)

違いなかったのでホダカくんはラピュタに到着、再びハルナさんの手を取ると今度は離さないようにしっかり握りしめて下界にダイブする。なにが人柱だ。世界がどうなろうが知ったことか。俺は世界よりもハルナが大事だ。ハルナさんを取り戻すにはもう戦争しかないじゃないの! だからそれは違うホダカだっていうの。
かくしてハルナさん無事地上に帰還。でも人柱を奪われた龍神様が超マジでやばいぐらい怒ってしまったので以来東京の雨が止むことはなくなった。そして数年後、埋め立て地や海抜の低い地域はすっかり水没してしまったのだった。東京沈没。

なんだか『崖の上のポニョ』みたいであるが、まさか見慣れた風景と等身大メンタルであるある的に進行していくキラキラ映画的物語がそんなスケールのでかいところに着地するとは。素直に超びっくりしてしまった。
その超びっくりを作り出すための心理的な伏線があの過剰な東京描写だとすればいやはやまったく、何度目かわからないが巧い映画としか言いようがない。

でもそこで映画、終わってればよかったのにな。漫画版『ドラゴンヘッド』の最終回みたいに。水没した東京の鳥瞰ショットで。
映画はまだ続いて高校を卒業したホダカくんが以前ハルナさんと一緒に晴れを売りに行った老婆を訪ねる展開に。
老婆は言う。これもさだめだ。もともと東京は埋め立て地だから元の姿に戻っただけだ。

地域PRを兼ねる都合、キラキラ映画はその場所がキャラクターよりも上位に置かれる。キャラクターの行動を左右するのは個人の意志ではなく常に場の意志で、祭りに行けば盛り上がってキスしてしまうし、激しい葛藤のドラマが演じられているその背景には豊かな自然が置かれて、彼ら彼女らを見守っているような印象を与える。

都会に出て行くという選択肢はない。出て行かなくてもそこは完璧な場所なんだから出て行く理由だって別にない。地方系キラキラ映画には真新しいアウトレットモールでのロケも多いが、それは都会に出なくてもこの場所に都会で手に入るものはすべてあるという暗黙のメッセージなんである(要出典)

このキラキラ映画の受動性や内向き志向は東京沈没のびっくり展開でキラキラを突破したかに思えた『天気の子』でも結局最後まで生き延びていたのだった。
たとえ世界が終わるとしても君と一緒に居ることを僕は選ぶんだ的なセカイ系パッションは赤面と嘲笑待ったなしだとしてもそれはそれで美しいものだと俺は思う。愛がどうのとかではなくてその個としての覚悟や無責任な意志の発露が美しい。

けれどもその美しさを、『天気の子』はホダカくんの決断を自然の定めと結びつけることでギッタギッタに弱めてしまう。
世界よりもセカイを取ることを選んだからにはその代償だってあるはずだ。大雨と沈没でさんざん人も死んだでしょうからその被害、ちゃんと見せてくれたら良かったのに。あの老婆だって死んでいればよかった。

ぼくのせいでこんなに多くの犠牲者が出た。でもぼくはぼくの意志で彼女を選んだ。ホダカくんがその痛みを噛み締めることができないのであれば彼の決断の感動だって台無しじゃないですか。なんで定めだなんて言い訳を付けるんですか、映画的に。
といえば、そんなセカイ的な価値観は世界的には通用しないと新海誠を含むこの映画の作り手たちがよく知っていたからじゃないかと思うのだ。日本は八百神の国だ、ずっとこうやって生きてきたんだ。そうとでも言っておけばセカイ系の臭みも取れて万人に受け入れられることだろう。

どこまでもコマーシャリズムに浸かった映画だ。保守思想がセカイ系やコマーシャリズムのATフィールドになることの好例として、たいへんきょうみぶかいものはありましたが。

2019/7/21追記:ヒロインの名前をずっとハルナさんと書いてますがハナさんでした。ハルナさんはたぶん通ってた歌舞伎町ヘルスの人です。

【ママー!これ買ってー!】


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『天気の子』と二本立てで観たい沈没映画『雲の王国』です。武田鉄矢の主題歌も名曲。

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よーく
よーく
2019年7月27日 1:47 AM

まぁほとんど似たような感想ですけど、
>世界よりもセカイを取ることを選んだからにはその代償だってあるはずだ。大雨と沈没でさんざん人も死んだでしょうからその被害、ちゃんと見せてくれたら良かったのに。あの老婆だって死んでいればよかった。
ここは本当にそう思いました。俺は何を犠牲にしてでもあの子とセックスしたいんだと、別にそのままセリフにする必要はないけれど、そう感じさせてくれるものが観たかったですね。
来いよ新海!共感なんか捨ててかかってこい!!と思いました。

ああああ
ああああ
2019年9月6日 6:30 PM

こんにちは。『天気の子』観ました。
いろんな場面で「これタイアップかなー」という感じのカメラ目線すぎる商品アピールがあって、『トゥルーマンショー』を少し思い出したりしたのですが、
このブログの感想を読んで、改めて「天気の子って宣伝映画、PR映画なんだな」と思いました。
セカイ系はフィクションですが、広告代理店は現実的に世界を動かす力を持ってるわけで、それを誇示するためにこの映画は作られたのかも……とすら思ってしまいました笑

匿名さん
匿名さん
2019年11月14日 6:05 PM

ヒナさんです…